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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十六話 悪魔の礼拝堂篇

 普通の教会だった建物を、自分たちのアジトに改造したのか。


 ジャクソンは壁面や天井をぐるりと見回して事情を察すると、ゲッと、顔を歪めて舌を出した。

 見る限り、三角屋根をそのまま反映したようなアーチ状の天井や、石壁に空いたアーチ窓など、昔の礼拝堂に見られる特徴的な建築構造はそのまま残されている。だが、その他の内装は、何かを崇拝するといった様相を全く成していない。まず、祭壇に向けて整然と並ぶべき木製のベンチたちは、一部は壁際に寄せられて、黒ローブの者たちの休憩スペースとなり、一部は広間にポツポツと残され、物置きがわりに使われている。床一面には、ベンチに置ききれなかった本や何かの実験記録を書いた紙が散らばっていて、全く清潔感がない。挙句、壁や柱には血しぶきが飛んで、古くて黒くなったものからまだ赤いものまで、スプラッターホラーのようにこびりついている。ここで何を行っているというのか、想像したくもない。


 礼拝堂の中は薄暗いが、初めにジャクソンが放り込まれていた部屋ほどではない。小さな窓から夕陽が差し込み、燭台型の蛍光灯もあるため、周囲を十分に見渡せる。向こう正面には、今し方ジャクソンたちが入ってきた扉とは別に、礼拝堂の大きな玄関が見えた。つまり、ジャクソンたちは、礼拝にくる信者が使う出入口とは別に、教会内部の人が出入りする、祭壇の左側にある扉から入って来たのだ。

 祭壇は奥まったところにあるため、扉を入ってすぐに立ち止まってしまったジャクソンには、まだ、祭壇の全貌が見えていなかった。黒ローブが、早く歩くようにとジャクソンを促していたが、ジャクソンはこの空間にこれ以上足を踏み入れると、自分の何かが穢れる気がして無視していた。アルバートはジャクソンを置いてさっさと祭壇へ向かったし、ジャクソンがわざわざ地下学会の信者のごとく祭壇に近づく必要なんかないはずだ。しかし、祭壇の最前に踊り出たアルバートへ、瞬時に「あッ! 戻ってきた!」などという言葉が、威勢のいい青年の声で投げかけられたのを聞いたとき、ジャクソンはさすがに無視できなくなって、壁に身を隠しながら、こっそりと祭壇の方を覗き込んだ。


「あッ! 戻ってきた! お前、さっきの話はどうなったんだよ!」


 アルバートに噛み付いた声は、確かにミカのものだった。しかし、ジャクソンが覗き込んだ先にミカの姿はなく、それどころか、当然あるものと思っていた祭壇さえなかった。そこにあったのは、理化学の研究所にあるような、実験台が一台と、金属製やガラス製のそれっぽい用品たちだけだった。

 いや、もしかしたら、その実験台こそが、祭壇なのかもしれない。そう気づけたのは、実験台の向こう側の壁に、悪魔の絵が掲げられていたからだ。髪の長い悪魔だから、女の悪魔かな、とジャクソンは予想する。よく見れば、実験台の上には、フラスコや試験管に交じって逆十時が置かれていた。地下学会の奴らは、仮にも自分たちの信奉する悪魔を祀る祭壇に、実験用の備品を並べて使っているらしい。そんな行為は、もはや悪魔を崇拝しているのかどうかすら怪しくなるもので、正気を疑う他にない。

 アルバートは、ミカの声に反応してやれやれと手を振った。


「あーん、坊主、ちょっと黙んなさいな。あんたの声って、耳が痛くなるのよ」


 アルバートが話しかけたのは、なんと、祭壇の真ん中に置かれた、試験管立てに整列された試験管だった。そういえば、黒ローブの一人が、ミカは試験管の中に居るとか言っていた気がする。試験管立てには、五本ほど試験管が入っており、どれも同じように栓をされているが、一番端っこの中身だけは淡くクリーム色に光っていた。その光は、ミカの声が喋るのに合わせてチカチカと点滅した。


「訊かれたことに答えたら、ジャクソンをここに連れてきてくれるって言ったじゃんか!」

「だから、連れてきてあげたでしょうが。あら? ちょっ、あんた何で隠れてるのよ。早くこっちに来なさい」


 アルバートが、ジャクソンを振り返って手招きしてくる。ジャクソンは、しぶしぶと祭壇の前に出てきて、試験管の中の光を見つめながら言った。


「この光がミカなの?」

「そうだよ!」


 アルバートが答える前に、ミカが自らそう答えた。


「ジャクソン、ごめん、俺捕まっちゃった! あの研究者の人たちが、ジャクソンも捕まえたって言うから、心配で、ここに連れて来いって暴れたんだけど……」

「心配でっていうか、一人で何にもできなかっただけじゃないの?」

「ええ!? 違うよ、ホントに心配だったんだよ! 何で急にそんな意地悪いこと言うんだよ?」


 ジャクソンとミカの遣り取りを聞いていたアルバートが、ウフフフと可笑しそうに笑う。


「坊やが大事な情報を全部喋っちゃったからじゃないの? あんたたちがここに来た目的は知らないけど、少なくとも、名前とどこから来たのかは、あたしに知られない方がよかったわけだし」

「は? 何その言い方?」


 ジャクソンは、アルバートの言葉に違和感を覚える。確かに、名前と出身地は安全のために隠しておきたかったが、「少なくとも」それだけは、とはどういうことだ? まさか、名前を儀式か何かに使うとでもいうのか?

 警戒を強めるジャクソンに、アルバートは「ウフ」と意味深に目くばせをしてから、祭壇の上に後ろ向きに置かれていた写真立てを手に取る。そして、身をかがめ、ジャクソンの目の前にそれを突き付けた。

 その瞬間、ジャクソンは息を飲んでその写真を見つめた。

 陶器製の縁取りが施された写真立ては、それだけで、中の白黒写真がとても大切にされていることが分かった。ただし、その写真がなぜそんなにも大切にされているのか、ジャクソンには理解できない。

 写真に写っていたのは、狂気を感じるほど丸く目を見開いた、一人の若い男だった。髪や肌の艶からして、年齢は三十歳前後ほどに見えるのに、その無理やり笑ったピエロのような表情は、顔の表面に皺を多く作り、不釣り合いに老けた印象を見た者に与える。とはいえ、白黒写真でもわかるほどに色素の薄い綺麗な金髪や、顔の真ん中を通る尖った鼻からは、彼が、もともとはかなり美しい男性であったことがうかがえた。

 ジャクソンは、吐息とも声ともつかない、掠れた音でポツリとつぶやく。


「ジャック……」


 あまりに突然、この写真を見せられ、ジャクソンはリアクションを誤魔化すことができなかった。ハッとした時にはもう遅い。最悪なことに、ジャクソンが写真の中の男と関係があるのだと、アルバートによって一瞬で暴かれてしまったのだ。


「やっぱり」


 アルバートのその一言と共に写真がサッとジャクソンの目の前から遠のき、写真の代わりに、ファンデーションが油浮きしたアルバートの肌が迫ってきた。

 ギトギトしたいやらしい目に睨まれて、ジャクソンの全身がすくむ。

 アルバートは執拗なほどジャクソンを見下ろしたまま、ついに、こう言った。


「ねえあんた、カリスの息子じゃなぁい!」


 瞬間、ジャクソンは困惑して言葉を失った。

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