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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十五話 大男の話篇

 ――地下学会に所属していたヴァンパイア。

 そのヴァンパイアこそが、ジャクソンと地下学会の因縁そのものだった。ジャクソンは、アルバートの話を黙って聞くしかなかったが、大男の気だるげな思い出話が進むほど、ジャクソンの網膜に焼き付いた「金髪の老人」の姿が、ジャクソンの頭の中で色を増していった。両手が自由ならアルバートの胸倉を掴みたかったし、両足が自由ならやたら厚い胸板を蹴り飛ばしたかった。


「昔、地下学会にはあんたと同じヴァンパイアが居てね、あたしはロンドンでそいつと仕事をしていた時期があるのよ。そいつは、おかしくなってどっか行っちゃったんだけど、あたしに沢山のことを教えてくれた。だから知ってる。あんたたちヴァンパイアは、ちょっと死ににくくて、変な力持ってるけど、中身は人間と変わらない。偉大でも何でもないってね。残念。あたしはあんたを大切にしない」


 アルバートは、最後、吐き捨てるようにそう言うと、部屋の隅で固まっている女性二人に、「この坊ちゃん連れ出すから、手伝って」と指示を出した。

 ジャクソンはそこへ、鋭く問いを投げかける。


「そのヴァンパイアって、ジャックのことか」


 ジャクソンがそう言った瞬間、アルバートの動きがピタリと止まった。時が止まったかと思われたのも束の間、次には、アルバートはまるで化け物が獲物を見つけた時のような恐ろしげな動きで、背中を曲げてジャクソンの顔を正面から覗き込んできた。

 マスカラを塗りすぎたまつ毛が、ジャクソンの前髪をこすりながら、こう言う。


「あいつを知ってるの?」


 ジャクソンは、努めて落ち着いて言った。


「ロンドンの連続切り裂き魔事件は映画にもなってる。世界中で誰もが知ってるだろ」


 アルバートはゆっくりと上半身を起こす。ズリズリとローブが床をこする音が聞こえる。

 姿勢を正した二メートルの大男は、ジャクソンを目だけで見下ろして、


「それもそうね」


とだけ言った。


 二人の女性たちが、ジャクソンを歩ける形に縛り直した後、アルバートは、ジャクソンに右手を差し出してきた。


「挨拶が遅れたわね。あたしはアルバート。地下学会の祭司よ」

「……祭司か。光栄だね。縛られてなかったら、是非握手したかったよ」


 ジャクソンが口元にひくりと一瞬笑顔を浮かべると、アルバートもまた、ひくりと一瞬満面の笑みを浮かべた。ところで、ジャクソンの両手首を縛った縄の片端は犬のリードのように長くされている。下っ端の女性が、アルバートが差し出している右手に、その縄の片端をそろりと乗せた。


§


 アルバートに連れられて部屋を出ると、廊下には彼の部下らしき黒ローブの者たちが三人待機していた。ジャクソンを連行するのは、この三人の仕事のようだ。ジャクソンの手綱をアルバートが引き、ジャクソンの背後には、黒ローブが二人ついた。

 一人余った黒ローブを見て、アルバートが「あんたは?」と声をかける。


「はい、アルバート様。礼拝堂に行かれる前に、情報の共有をと思いまして。あの、ヴァンパイア様と一緒にいたゴーストのことなのですが」


 それを聞いて、ジャクソンはやっとミカのことを思い出した。村の入り口で、ジャクソンは背後から殴られて気絶してしまったが、その後ミカがどうなったのかはわからない。ジャクソンと同じように捕まってしまったのだろうか。

 アルバートは、黒ローブの話に軽く頷いてみせる。


「ああ、あのうるさい少年ゴーストね」

「はい。今もまだ、試験管内で騒いでおりまして、ジャクソン、ジャクソンと繰り返しております。おそらく、ヴァンパイア様のことかと思われますが」

「ふうん。ジャクソン。あんたの友達って親切ね」


 アルバートが、嫌味ったらしく目を細めて、ジャクソンを振り返る。一応、名前や身分を隠そうとしていたジャクソンは、ぐっとこらえて、眉間に皺を寄せた。

 アルバートとジャクソン、黒ローブたちはぞろぞろと歩き始めたが、移動中も黒ローブの一人が、アルバートに報告を続ける。


「それから、ゴーストの名前はミカといい、ロンドンナンバーの赤い車は自分のものかと問うと、ヴァンパイア様のものだと。警備班が見つけた車両や侵入の痕跡は、全てヴァンパイア様たちが残したもののようですから、他に侵入者がいる心配はなさそうです」


 話を聞きながら、ジャクソンは思わず呆れてため息が出そうだった。自分を攫った怪しい組織に、自分の情報をペラペラと喋る奴がどこにいる。狼のくせに、警戒心というものがないのか? いや、ミカと初めて会った時の印象では、結構ビビりで、慎重に動くタイプのように見えた。大方、誘導尋問や鎌かけに引っ掛かって、あらゆる情報を暴かれてしまったのだろう。

 その点、吸血コウモリたちが居ればサポートしてくれそうだが、と思ったところで、ジャクソンはハッとした。ジャクソンとミカが地下学会に捕まった時、吸血コウモリたちはどこに居ただろうか? ミカと一緒にいたか? それとも、散り散りになって周囲を観察していたか? もし、吸血コウモリたちが捕まっていないのなら、脱出の糸口になるかもしれない。

 黒ローブは、さらに続ける。


「それから、廃村に来た目的についてですが……」

「そんなことまで教えてくれたの? あのゴースト、ちょっとお間抜けちゃんなのかしら……」


 アルバートの呟きに同意しながら、それでも、下手に誤魔化すよりはいいかもしれないとジャクソンは考える。ミカは、嘘が下手そうだし、逆に怪しまれてはやりにくい。


「その、目的が問題なのですが、屋敷を探しに来たと言っているのです」


 その時、一行はひと際大きな扉の前に到着した。アルバートは立ち止まり、報告を述べる黒ローブの部下を、ギロリと見下ろす。


「屋敷?」

「はい。もし、その屋敷が本殿のことだとすれば、まさに、悪魔様のお導きとしか考えられません」


 本殿? その単語が空恐ろしくて、ジャクソンは思わず、黒ローブの方を見た。彼はフードを目深に被っていたが、アルバートと話すためにかなり見上げていて、ちょうど顔が見える角度になっていた。だが、すぐにジャクソンは、そちらを見たことを後悔した。なぜなら、黒ローブもまたジャクソンの方を見ていて、さらには、頬を紅潮させて、まさに恍惚と言うべき表情を浮かべていたのだ。こちらを見てそんな顔をするな。悪魔の導きって何だ、地下学会はここで一体何をしているんだ、「ヴァンパイア様」が何だっていうんだ? こんな気持ち悪い顔を向けられて、平気な人間がいるなら、その精神力の秘訣を教えてほしい。ジャクソンはぞわりと背中を寒気を感じて、すぐさまサッと視線を下に向けた。


「あらあ」


 黒ローブの報告を聞き終えたアルバートは、甘いお菓子を味わうように頬に手を当てて、ジャクソンを振り返った。


「我々の本殿に用があるなんて、単なる肝試しや観光じゃ、ありえないじゃない。やっぱり、悪魔様にも思うところがあるのね。一般信徒のおばちゃんたちの騒ぎようも、あながち間違いじゃなかったみたい」


 ジャクソンに向けて言ったのか、そもそも独り言だったのか、とにかく、アルバートはジャクソンの返事や反応を待たずに、悪魔のレリーフが施された木製の扉をバーンと行儀悪く開け放した。

 アルバートに手綱を引かれて、扉の内側に入ったジャクソンは、そので見た内装の壮大さと醜悪さに、あっけにとられるしかなかった。

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