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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十三話 山登り篇

 カフェで高校生たちから聞いた話を手掛かりに、ジャクソンとミカは車を走らせ、廃村があるという山を登り始めた。山の裏側に回り込むまでは、道路のままに進めばいいらしい。道は舗装されているが、何度も曲がりくねっている上、緩やかに起伏があり、小さな古い車はブウウウウンと唸りながら進んでいる。

 ミカは、息苦しそうなエンジン音に耳を塞ぎながら言った。


「ジャクソン、車……大丈夫かな」

「……。さあ?」

「えー……?」

「あ、見て。湖」

「ん」


 ジャクソンは、背中に浮かぶ冷や汗をごまかすように、窓の外を指した。ミカは素直に

そちらを振り返り、キラキラと目を輝かせる。ちょうど、広大な湖の表面を映したように。


§


 二十数分ほど走ったところで、ここからは、脇道に逸れる必要がある。脇道は当然、舗装などされておらず、車一台がやっと通れるほどの幅しかなかった。カフェで出会った高校生たちはバイクで来たらしいが、確かに、それが正解だろう。

 登り坂の勾配はより急になり、手入れされていない針葉樹林の森が風景に増えていく。小さな車が、ネバーギブアップと唸った。

 それから五分後。


「ジャクソン」

「はい」

「車、大丈夫じゃなかったじゃん!」

「そうだね!」


 ジャクソンが老人から譲り受けた大切な赤い車は、狭い登り坂の途中で息絶えた。アクセルを踏んでも、車体を蹴りつけても、ウンともスンとも言わない。


「ガス欠かなあ……? いや、寿命か?」


 顎に手を当てて唸るジャクソンに、ミカが気まずそうにもじもじとして言った。


「ご、ごめん、ジャクソン。車が壊れたのは……こんなとこまで連れてきてもらったせいだから」

「ん、違うよ。僕が君についてきたんでしょ。子供じゃないんだから、自分で選んだことを他人のせいにはしないよ。でも、ここからどうしようか。さすがに徒歩で登るのはねえ?」

「うん……でも」


 ミカとジャクソンは、そろって登り坂の向こうを見上げる。この先は、より木々が鬱蒼としてきて、先が見えなくなっている。いよいよ、人に忘れられた場所に踏み込むということだ。

 ジャクソンが口角をぴくぴくとさせた。


「ま、まあ、どっちみち車じゃ、これより奥には行けなさそうだけど」

「ってことは、歩くしかないんだよな!」


 フン、と鼻息荒く、ミカが拳を握った。ジャクソンは嫌そうな顔を隠さず「え~?」と言ったが、ミカの方を振り返れば、ミカの周囲には吸血コウモリたちが集って決起集会を行っている。ジャクソンは額に手を当てて、諦めたように坂の上を見た。


「君たちは家に帰らなきゃいけないんだもんね。僕はしょせん暇つぶし……だったのになあ」

「ジャクソン」


 ミカに呼ばれて、ジャクソンは再び、そちらを振り返る。心配そうにこちらを見詰める焦げ茶色の瞳は、表面上はジャクソンの心配をしていても、心の中は既にこの先にあるはずの「家」に期待を抑えられない様子だ。彼の腕に抱かれた吸血コウモリたちが鼻につく。吸血コウモリのくせに、彼の「家族」のように振舞っていることが少しだけ癪に障る。


「ジャクソンはどうする? 登る?」


ミカとジャクソンの間に、一本線が引かれているように感じる。ミカは、ジャクソンが「行かない」と言えば、一人で颯爽と行ってしまうのだろう。それで、「極夜の館」とやらに帰ってしまったが最後、二度と会うことはできないのだ。

 ジャクソンは腕組して、登り坂を睨みつけた。


「登る。乗りかかった船だもん」


 ミカが嬉しそうに大きく息を吸い、パッと明るい笑顔を浮かべた。

 ジャクソンとミカが置いて行った赤い車の傍、針葉樹林の幹の影から、黒い何かが二人の背中をうかがっていた。


§


 しばらくして、登り坂が下り坂になった。道端に腰の高さほどの草むらが増えてきたと思ったら、長く道沿いに続く雑草の群れを見ているうちに、その草むらがもとは生垣だった成れの果てであると気づいた。


「つまり、ここは、街道、と、いうわけかな……はあ、はあ、君、体力あるよね。狼だから?」

「狼っていうか、羊農家だからかも。結構、肉体労働なんだよ? 羊って結構暴れるんだから。……あ」


 カープした道に沿って下った先、針葉樹林に隠れていた風景が、突然、ジャクソンとミカの前に姿を現した。

 この先の道は、二手に分かれている。左の道はさらに下へ、右の道は再び上へ続いている。二股に分かれた真ん中には、灰色の壁の小さな家があった。家の傍には荒廃した畑がある。農家の家だろうか。

 左の道の先に視線を向ければ、下に行くほど建物が多くなっていくことがわかる。道が増え、左右に分かれ、整備され、道と道の間を灰色の建物群が埋めていく。山に囲まれた閉鎖された村のようだ。しかし、建物をよく見ると、壁が欠けていたり、窓が割れていたり、そこに蜘蛛の巣が張られていたりと、典型的なゴーストハウスのようだ。周囲はシンとして物音もせず、村に人が住む気配はもちろんない。


「ああ! これが言ってた廃村か!」


 ミカが喜んで、左側の道を駆け下りていく。

隣にいる人が元気になりすぎると、そのギャップに心打たれて、こちらの足は動かなくなってしまう。ジャクソンは膝に手をつき、とうとう立ち止まってしまった。


「ええ嘘、走るの? やめてよ、置いてかないで~!」


と、情けなくも叫ぶと、ミカは最初に見えた農家の家の隣でくるりと振り返り、早く早くと手招きしてきた。


「ジャクソン、こ~い! 待ってるから~!」


 体力のないシティボーイがそんなに面白いか、ケラケラと笑うミカを恨めしい気持ちで見下ろした。ミカの両腕から、吸血コウモリたちが待ちきれないという様子で飛び立ち、先に廃村に向かっていく。

 しかしまあ、ゴールが見えればこちらのものだ。ジャクソンはラストスパートを切るつもりで一歩を踏み出す。

その時、突然、ミカから笑顔が消えた。


「後ろ!」

「え?」


 ミカが何を叫んだのかわからなかった。けれど、ジャクソンは、自分が大切なことを失念していたことに不意に気づくこととなった。

 ――この廃村は、「地下の者たち」によって滅ぼされたのだ。無防備に近づいてはいけなかった。

 ジャクソンは、背後から頭に強い衝撃を受け、その場に膝を折り、前のめりに倒れ込んだ。意識が遠のく中、ぼんやりと霞む視界で、ミカが細い煙のように姿を変えるのを見た。煙となったミカはグルグルと縦に長く回転して、どこかに吸い込まれるようにして消えていったが、その行き先はわからないまま、ジャクソンの視界は真っ黒になった。

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