第百二十二話 聞き込み篇
朝日に瞼をくすぐられて、ジャクソンは目を覚ました。予定よりも長く眠っていたようだ。昨夜は車の後部座席にミカと並んで腰かけて寝たはずだが、今やミカが座っていたはずの場所に頭を転がして、横になっている。
ジャクソンはゆっくりと半身を起こした。頭はやけにすっきりしている。昨日は車を長時間運転して、正直無理をしたと自覚しているが、そのわりには疲労感がない。むしろ、いつもより元気なくらいだ。
ミカは一足先に起きて、散歩でもしていたらしい。窓の外を見ると、ミカがこちらに駆けてくるのが見えた。焦げ茶色の髪がぴょんぴょんと跳ねている。ミカには朝日が似合うと思った。ジャクソンはヴァンパイアだから太陽が文字通り天敵だ。それでも、ミカを見ていると、ちょっと手を伸ばして直射日光に素肌を晒してみたくなった。
しかし、危うい思いつきを実行してしまう前に、ミカが車のドアをすり抜けて車内に入ってきた。
何か焦っている様子のミカは、息を切らしてジャクソンにこう訴える。
「ジャクソンやばい! 警察が来てる!」
「警察……」
無断駐車。無免許運転。未成年。
ジャクソンは火事場の瞬発力を発揮して運転席に飛び移った。
「出すよ。座ってッ」
§
時刻はもうすぐ午前十時になる。しばらく車を走らせたジャクソンは、ここが案外小さな町であることを悟った。町の起床は遅く、やっとぼちぼち店が営業を始める頃だ。
ロンドンよりも建物の背が低い。そんな街並みは静かで牧歌的に感じられる。それでも、鉄道の駅がある町なのだから、周囲の村々よりは大きい町である。
ジャクソンは適当なカフェの前に車を停め、「一人旅です」という面持ちで入店した。実際には、ジャクソンの後ろからミカがついてきているのだが、昨日の老婆とのやり取りを繰り返すまいと決めている。ミカはゴースト、周囲には見えないのだ。
店内は、フロアに丸テーブルと椅子が雑然と置かれており、カジュアルな雰囲気だった。ジャクソンは真っ直ぐにカウンターへやって来て、ひげ面のマスターに言った。
「サンドウィッチ一つ、紅茶一つ、待って、朝食があるな。こっちで」
「オーケー。もう一人は?」
ジャクソンは、無言で後ろを振り返り、ミカと顔を見合わせた。ちなみに、ミカの後ろには誰も並んでいない。ジャクソンは、もう一度ゆっくりと首を戻してマスターを見つめる。
「誰かが見える?」
「顔色の悪いちんちくりんの兄ちゃんが見える」
「誰がちんちくりんだ」
ミカが思いっきり言い返してしまった。やらかした当人も「しまった」と口を両手で押さえているが、今更しょうがない。もう言い逃れできないかとジャクソンが冷や汗をかいたとき、突然、ガハハハと、マスターを冷やかす笑い声が上がった。
そちらを見ると、カウンターにほど近い場所に四人掛けのテーブルセットが設置してあって、そこに六人の若者がぎゅうぎゅう詰めで座っている。さっきの下品な笑いは、彼らのものだった。
年齢はジャクソンと同じか、少し年上だろうか。タバコを吸っている者もいる。カフェの前に停まっているバイクの群れは、彼らが乗ってきたものに違いない。
若者たちのうち、一人が言った。
「マスター、いい加減にしてくれよ。何かが見える~なんて脅してちゃ、また客が減るぜ」
「そうよ、まあ、わたしたちは店が空いてる方が嬉しいけど」
「バカ言え、ここが潰れちゃ困るよ。ここ以外のどこにあるんだ? 昼から夜まで居座って、呼べば飯が出てくる場所がだよ」
しつこく冷やかされたマスターは顔を顰めて、若者たちには見向きもせず、ジャクソンに向けてボソッと言った。
「地元の高校生たちだ。暇を持て余して、ここに入り浸ってる」
「ええっ、高校生かよ!? 柄悪すぎねえ? ジャクソン、あれが同い年に見える?」
ミカは、うげっと下顎を歪めて、遠慮もなくそう言う。しかし、ジャクソンはミカの言葉が聞こえないふりを続けることにした。騒がしい高校生たちを一瞥し、マスターに向かって、あえてニコリと微笑んで見せる。
「マスター、気にしないで。僕は研究上、いろんな廃墟を回ってる。だから、僕に何かが憑いていても不思議じゃないよ。むしろ、教えてくれてありがとう」
「研究?」
「そう。僕、民俗学の学生なんだ」
マスターは眉を顰めて、ミカをチラリと見た。
「高校生じゃないのか?」
「誰かそんなこと言った? 表の車が僕のだ。あれで各地を回って資料を集めてる。そうだ、マスター、オカルトとか詳しいなら、この辺りの廃村についても、心当たりある? 探してるんだけど」
マスターは小さくため息をついて、首を振った。
「こんな田舎に来る奴といえば何だってもの好きばかりなんだ。俺は少し見えるだけで、そういうのに詳しいわけじゃない。肝試しならそこのガキどもに聞きな」
マスターはそう言って、顎で高校生たちを示した。マスターとジャクソンの会話をずっと聞いていた彼らは、身内ノリでニヤニヤした微妙な笑顔を浮かべて互いに顔を見合わせた後、ようやく一人がジャクソンに答えた。
「廃村なら知ってるぜ。山に囲まれてるんだ。ここから行くなら、一旦山を登らなきゃなんないけど、車があるなら全然行けるだろうね」
「へえ、知ってるんだ」
こんなにすぐに手がかりが見つかるなんて、運がいい。ジャクソンはにこやかに頷いて言う。
「詳しく教えてくれる?」
高校生たちは、口々に関係あることないこと喋り始めた。
「一年前にちょうど弟のグループが行ったらしくて」
「わたしたちも三年前に行ったことあるよ」
「ジジババの世代は絶対行くなって言うよな。散々脅してくるけど、実際は何もない場所だぜ」
「でも、弟の彼女は黒い人影を見たって……」




