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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十一話 次の目的地篇

 老婆がその場を離れた後、ミカがこう切り出した。


「ジャクソン。おばあちゃんが言ってた、悪い奴らが沢山居て潰れてしまった村っていうの……」

「そこがアドラー領地だって言うんだろ。君の反応を見てればわかった」


 ジャクソンは、つっけんどんにそう言った。ミカが、顔に似合わぬ難しい表情をして俯く。


「うん。エリザベスの姉さんがまだ人間だったとき、『そういう人』と関わりがあったんだ。極夜の館は、姉さんが住んでたお屋敷を、『そういう人』が改造して呪ったから、今の変な状態になったんだよ」

「黒魔術で家がタイムマシンになるかよ。どんな実験したんだ、ったく。これだから奴らは」


 悪態を吐くジャクソンを、ミカが何を思ってかジッと見つめてくる。その目が丸く透き通っているせいで、ジャクソンはギクリと後ろめたくなった――怪物のくせに純粋な目をするなんて。僕と地下学会の関わりを無邪気に訊かれでもしたら不味いな――ジャクソンは咳払いで仕切り直して、話を先に進めた。


「彼女のチケットの行先を見た。ここから汽車で北に五時間の駅だ」

「おばあちゃん、今から家に帰るって言ってたよな。じゃあ、行先の駅が、おばあちゃんの『故郷』かな」

「いや、故郷と今の家が同じだとは限らない。だけど心配いらない、君の目的地はおばあちゃんの故郷じゃないだろ。とにかく、ここへ行って調べてみるんだ。この近くに、失われた村がないか」


 ジャクソンは、地図上の田舎町を指先でトントンと叩いた。老婆の目的地であるその田舎町の周辺には、他にもいくつか町や村がある。車で一時間もしないところに高い山があるし、極夜の館があるという「寒い山地」という条件に合う。

 目的地が決まったところで、さっそくジャクソンは地図を畳んで、フィッシュアンドチップスとドリンクの空き柄も全部ひっつかみ、車を停めた公園に向けて歩き始めた。すると、ミカがぎょっとして、慌てて階段を降り、ついてくる。


「待って、今から行くんじゃねえよな? そこまで五時間だろ? 今日はジャクソン、もう散々運転したんだから」

「何だよ。目的地が決まったのに、ここへ留まって、無暗に駐車代を取られるよりマシじゃないか。腹ごしらえもしたし、十分休んだ。そもそもヴァンパイアなんだ、休息は必要ない」

「寝なくていいのは知ってるけど、疲れはするだろ? 吸血鬼さんは洗濯物干した後、いっつもどっこいしょーって言いながらサロンのソファーで寝てるぜ」

「君の知ってるおっさんと一緒にしないでってば」


 ジャクソンがそう言うと、ミカはなぜか「え~、えへへ……」と気まずげに笑った。そのまま会話はうやむやになるかと思ったが、意外にもミカはまだ引き下がらず、上目遣いにジャクソンを見て言った。


「ジャクソン、無理しなくていいんだよ。行きたくないなら、俺一人で行くよ」


 そんな気遣いがひどく的外れに思えて、ジャクソンは呆れて言った。


「まさか。別に嫌なことなんてないさ」


 しかし、今のジャクソンの無表情、大きい歩幅と腕の振りなどは――不機嫌がはっきり透けて見え、周囲の者は気を遣わずにはいられないことに、本人だけが気づいていない。


§


 結局、気のみ気のまま、赤い車は再び市街を飛び出した。完成間近の高速道路を傍目に、まっすぐなだけの下道をぐんぐん北上していく。景色は相変わらずの麦畑と、住宅地、工業地帯と、ガソリンスタンドが交互に現れる。

 車内でジャクソンが全く口を利かないものだから、ミカにしてみれば息を潜めるほど居心地が悪いようだ。ジャクソンはただ、人前で愚痴を言うのは品が無いと思って黙っているだけだ。すなわち、口を開けば愚痴が飛び出て来そうだということだ。

 そのうち、ミカが神妙な顔で口を開いた。


「怪物は人を食うって言ってたろ。あのおばあちゃん」

「……」

「……ジャクソンも俺のこと、怪物って言ったろ」

「……言ったっけ」

「聞こえてたんだ。俺、狼だから、耳が良くて」

「そっか。残念だ」

「おんなじ意味?」


 ミカの質問は端的で、端的すぎてわかりにくい。ただ、察するに、「おばあちゃんが言った「怪物」と、ジャクソンが言った「怪物」は同じ「人喰い」という意味なのか」と訊いているのだろう。

 それは、ミカがロンドンで、ジャクソンに車を出してくれるよう頼んだ時の話だ。


 ――「ジャクソン。ジャクソンが連れて行ってくれたら、俺たち帰れるかもしれないんだ。重ねて頼んで申し訳ないけど、お願いします」

 ――「……家に帰りたいなんて。怪物のくせに」

 ――「え? 何?」

 ――「……いいよ。乗りかかった船だ……って言ったの」


 あのとき、ミカが聞き返してきたのは、聞こえなかったからではなくて、言葉の意味を尋ねたかったから、ということのようだ。

 ジャクソンは少し考える。しばらくして、ミカになら本当のことを言っても自分でどうにか折り合いをつけるだろうから大丈夫と思って、実際、本当のことを言った。


「怪物は人を食う、じゃなくて、正確には、人を食ったら真の怪物になる、って話があるんだ。言い伝えってほど高尚じゃないけど、まあ似たようなもので、じいさんばあさんがよく使う方便さ。昔、同胞から教育がわりに聞かされたんだよ。人間を喰わなきゃ一人前のヴァンパイアにはなれない。僕たちは人間と決して相容れないんだってね。僕はそうは思わない。思いたくない」


 今日、街で出会った老婆は人間で、怪物を恐れていた。まさか、目の前の坊やがその怪物の同胞だということも知らないまま、身を案じてくれていた。ジャクソンは自ら望んで人間社会で生きているが、今日のように、人間に人間として扱われると、後ろめたさに震えてしまう。自分がヴァンパイアであることが恥ずかしくなって、今すぐ、この体を捨てて魂だけになって逃げ出したいという気持ちに駆られてしまう。


「あ、でも、君を軽蔑するわけじゃない。僕の周りには人を喰った怪物ばかりなのに、そいつらを全員軽蔑してたらきりが無いでしょ」


 ジャクソンは、あっけらかんとそう言ったつもりだったが、ミカは、どうしても重く受け止めてしまうようで、しばらく返事をしなかった。五分は互いに沈黙していただろうか。まあ無理して喋る必要はないとジャクソンが感じていたところへ、ミカはやっと、ポツポツと話し始めた。


「考え、すぎだよ。ジャクソン、は、ヴァンパイアだけど、まだ『怪物』じゃあ、ない、んでしょ。他の怪物の分まで、背負わなくてもいいんだよ」


 ミカっていうのは、底抜けにいい奴で、バカだな。と、ジャクソンは思った。ジャクソンはミカに対して、人殺しの怪物だと言ったのだ。なのに、ミカから出てくる言葉は反論や罵倒ではなく、ジャクソンを気遣う言葉だった。ああ、むず痒い。何も知らないくせに、本当にガキだ。馬鹿なんだこいつは。

 ジャクソンはぷくっと膨れて言った。


「何にも背負ってねーし。怪物アレルギーなんだ、僕は」


 ミカが、子供っぽく膨れたジャクソンの頬を見て、びっくりして息を飲んだ後、へッヘッと、可笑しそうに声を上げて笑った。


§


 夜の十一時頃、例の老婆が住む街に辿り着いた。この時間、人通りはなく、店もことごとく閉まっていて、聞き込みをしようにも当然できない。

 何もやることがなくなって、ジャクソンたちは車を広い路上の片端に停めた。二人とも後部座席に移動して、二人並んで、毛布を分け合って眠った。

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