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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百十九話 うごく秘密基地篇――そのニ

「それは良い知らせだね。目的地がはっきりしたじゃない。……へえ、うごく家か。聞いたことないけど」


 家、暖かい響きだ。ましてやタイプトラベルできる特別な家なんて、ジャクソンには無縁の存在だ。


「うん」

「君たちの家ね?」

「そうだよ。その家で、吸血鬼さんと、エリザベスっていうゾンビの姉さんと暮らしてて」


 ジャクソンは、話に聞く家庭を想像してプッと噴き出した。


「うわあ、モンスターばっかりだ。そんな家があったら、憚ることなく人を襲い放題だね」

「いや、いやいやいや誰もしねぇよそんなこと!」

「本当に? 絶対しないって言えるの?」


 ジャクソンは目を細めてミカを見つめる。


「同居人の『吸血鬼さん』って、大人の見た目をしてる?」

「え、うん。二、三十代に見えるよ。いや、三十代は言い過ぎかな……」

「やっぱり。あのね、ヴァンパイアは人間の血を飲まないと大人になれないんだよ? 大人の見た目をしてるってことは、その『吸血鬼さん』とかいうのは、人間を襲ったことがあるってことだぁ」


 ジャクソンのその言葉は、まるでミカを罠に陥れようとでもいうような口調だった。ジャクソン自身、同居人の加害性なんてわざわざ教えてやる必要もないことだとわかっていたが、ただ、見知らぬ「吸血鬼さん」がただの薄汚い吸血鬼であるにもかかわらず、子ども(ミカ)に慕われていると思うと、やたら愉快に思えたのだ。

 しかし、ミカは表情を変えずに言う。

 

「別にいいよ。吸血鬼さんが人をどうにかしてたって。館に居るみんなは、似たり寄ったりだから」

「……へえ?」


 それは、狼男のミカもまた、人間を襲ったことがあるということだろうか?

 吸血鬼は、自分のミカを見る目が少し変化したのを自覚した。

 ここで、ミカがふと宙を見上げて、「ん?」と唸った。


「エリザベスの姉さんで思い出したけど、確かあの人、イギリスの貴族だったような」

「ピィ!」


 吸血コウモリたちが、ミカの呟きに賛同する。


「じゃ、もしかしたらさ、姉さんの領地に行ってみたらいいんじゃね? 極夜の館があるかもしれないよな」

「ピィィ!」


 吸血コウモリたちが、ミカの言葉に盛り上がっている。

 ジャクソンにとっては未だ話が見えないでいると、ミカがジャクソンを振り返った。


「ジャクソン! エリザベスって貴族の領地わかる? 極夜の館は、もともとエリザベスの姉さんの家なんだよ。だから、そこに行ったら帰れるかも!」

「ああ……」


 「極夜の館」とやらは、家であって、タイムマシンであって、どこかの貴族のマナーハウスであったか。

 ジャクソンは首を横に振る。


「エリザベスなんて数え切れないほど居るよ」

「あ、えーえっと、フルネームは……」

「ピピピー」

「アドラー? エリザベス・アドラー? そのファミリーネームは領地名じゃないな。難しいけど、まあ珍しいから調べればわかるか……で、どうやって行くの? まずかなりの田舎だと思うけど」

「い、田舎! そっか、遠いのか……」


 ミカが、愕然と目を見開いた。

 薄々思ってたけど、このミカとか言うやつちょっと抜けたところあるな。足も宿もないことに今更気づいたのか。ミカは吸血コウモリたちと順繰りに顔を見合わせている。どの吸血コウモリにも案が無いとわかると、ミカはチラッとジャクソンを上目遣いで見てきて、小声で一言、


「……ジャクソン?」

「……他人にそういうのダメだと思うよ。さては君、末っ子でしょ」

「あはは、あたり。姉が一人います」

「甘やかしたがりのね? 僕にはちゃんと言葉で頼んで」


 ミカは真面目な顔を作って、改まってこう言った。


「ジャクソン。ジャクソンが連れて行ってくれたら、俺たち帰れるかもしれないんだ。重ねて頼んで申し訳ないけど、お願いします」

「……家に帰りたいなんて。怪物のくせに」

「え? 何?」


 ジャクソンが口の中で呟いた声は、ミカには聞こえなかったろう。

 ジャクソンは言った。


「いいよ。乗りかかった船だ……って言ったの」


 ジャクソンは一度車を出て、颯爽と運転席に移動した。運転席に座ってふうっと息を吐く。

 ハンドルを握ったとき、隣から今更後ろめたそうな声音で謝罪が聞こえた。


「ごめん、ほんと。もし一人にされても、何とかするから。朝には家に帰るはずだったんだろ?」

「……君一人じゃ大変だよ。僕のことは気にしないで。もともと暇つぶしの手段に困ってたんだ。手間と時間はかかるほどいい。君こそ十日は見といてよね」


 だいたい、帰る家なんかないし。

 ジャクソンはふふ、と口元にニヒルな笑みを浮かべてやった。

 すると不思議なことに、ミカはジャクソンの顔をじっと見てきた。その様子は、まるでゴーストを見つけた猫のようだ。まさか、ジャクソンが何か企んでいるだとか、疑っているのだろうか? あいにく、嘘を言ったつもりはないし、ジャクソンの中にも親切心くらいある。


「いいよ、疑うのはいいことだよ。僕以外の誰かがやたら親切にしてきたら、きっと新興宗教の勧誘だから」

「疑ってるんじゃなくて、同居人のことを思い出してたんだ」

「はあ」


 ……ほんと、どういう同居人なんだよ、「吸血鬼さん」っていうのは。


「まあいいや。ひとまずロンドンを出ないと。夜のうちに出なきゃ車が増えるからね」

「よし……お願いします!」

「はーい、珍客さん」


 ジャクソンはエンジンをかけた。車が乾いた駆動音を響かせる。

 この旅は、ミカにとっては帰路の旅かもしれないけれど、ジャクソンにとっては、一種の現実からの逃避行だった。

 年若い青年は前を向き、車は彼らを乗せて震える。

 ……そして、ピタリと止まった。

 ああ、車がその音や動きを、ピタリと突然止めたのだ。


 ミカが、周囲をキョロキョロと見た後、ジャクソンに確信的に言う。


「エンストした?」

「……久しぶりだからさ」

「……初めてじゃねぇよね」

「……久しぶりなのは車の方」


 大丈夫だよ、交通ルールは知ってるし。

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