表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
134/144

第百十九話 うごく秘密基地篇――その一

 ジャクソンは、青年ゴーストを連れて住宅街を進んでいった。石畳を叩く靴の音が、バラバラと二人分、夜の路地に響いている。目的地はこの先の路上で、すぐに辿りつく距離だが、その短い間に、二人は自己紹介を済ませる。


「俺はミカ。あんたは、えっと、ジャック?」

「違う。僕はジャクソンだよ。……周りがからかって、親の名前で呼んでくるだけ」

「そっか。……やっぱり、吸血鬼さんの名前と同じだ。……ね、さっきのスーツの人も吸血鬼なんだろ?」

「そうだよ」

「悪い吸血鬼なの?」

「あはは。悪いと思う? でも彼は、まっとうに種族の生き方をしているだけだよ。それが悪って言うなら、僕も悪い――食事をしたい同族に場所を貸して金を稼いでる。君は食事をしているだけの人に、僕たちがどうこう言う権利あると思う?」

「……ジャクソンはやっぱ大人だな」

「うわ、はは、そんなこと言われたの初めてだな。――僕、発育悪いでしょ」

「え、いや、別に……」

「いいよ。それで、他のヴァンパイアから馬鹿にされてるんだ。――着いた。これだよ」


 ジャクソンの第二の隠れ家は、住宅街の路肩に放置された小さな車の中だった。目立つ赤い車だが、今は明確なオーナーがいない。


「乗って。外よりはマシでしょ」


 そう言いながら、ジャクソンはガチャッと車のドアを開けて、後部座席を占領して寝転がった。ミカは、助手席にソロソロと乗り込んでくる。


「これ、ジャクソンの車なの?」

「たまに、こうして時間を潰すのに使ってる。普段はクラブにでも行くことが多いけど、金がない時とか、人付き合いが面倒な時とかに。意外と居心地がいいよ。ちなみに僕の所有じゃない」

「違うのかよ。え、盗んだってこと?」

「知り合いのだけど……もう死んだから、もらったことになるのかも。ほら」


 ジャクソンは上体を起こして車窓に近づき、目の前のアパートを指さした。


「あそこに住んでたじいさんの車なんだ。僕の面倒見てくれてた、育ての親みたいなひとだった。人間なのにね」

「へえ……」


 ミカもまた、窓にへばりついてアパートを見上げている。ジャクソンは、再び寝転がって、閉じた瞼に片腕を乗せた。

 腕の重さが、心を落ち着かせる。


「じいさんには家族がいなかったから、僕も気軽に家に上がり込んでいたし、アパートの管理人や、他の住人とも顔見知りだった。じいさんが死んだ後、遺品整理をしたのは僕で、車を置く場所がないって言うと、ここに置き続けることを管理人が許してくれた。本当の孫だと思われてたから、相続したとか勘違いしてるかもね。本当は、廃棄していないだけ」

「それで、秘密基地化ってわけか」

「ん……」


 チラと、目を横に動かすと、助手席からミカが顔をのぞかせているのが見えた。座面に膝立ちになって、背もたれに両肘をかけた姿勢で、こっちを見ている。


「ちゃんと座りなよ」

「え~、顔が見えねえと話しにくいよ」

「こっち見たって話の内容は変わんないよ」


 グッと、抗議するように目を細めたミカは、それでも素直に座席に座り直した。ジャクソンはホッとため息をついて、いよいよ本題に入ろうと口を開く。


「僕のことより、君のことを聞かせてよ。家に帰りたいって言ってたけど、どこから来たの? 見た感じ北欧系の顔立ちだよね。墓はこの辺?」

「墓? あ、違う違う! えっとさ~――」


 ミカの顔は見えないが、少し言い淀む様子が、声の調子から感じ取れる。ゴーストの身で何を慎重になっているのかと思えば、ミカは意外なことを口にした。


「俺……、ほんとは幽霊(ゴースト)じゃないんだ。そりゃ、身体は透けてるし、家の壁も貫通できちゃったけど、まだ死んでない。多分。俺、狼男だから不死身なんだ」


 ジャクソンは納得して頷いた。両手を頭の後ろに回し、車の天井を見つめる。


「ふうん。やっぱ種族は狼男(ウェアウルフ)か。じゃ、どういう理屈か知らないけど、ゴーストじゃないってのも本当だね。僕たち人外は死んでもゴーストにならないから」

「えっ、そうなの?」

「当たり前でしょ。その吸血コウモリたちは、君の使い魔?」

「こいつらは、その、同居人が飼ってる(?)コウモリだよ」

「『吸血鬼さん』って人?」

「えっ? 俺話した?」

「何度も言ってたでしょ」


 ミカは、度々「吸血鬼さん」とやらを口に出していた。その人とジャクソンを重ねている様子だったので、嫌でも耳に残っている。大方、今までミカの身の回りにいたヴァンパイアは、その「吸血鬼さん」だけだったのだろう。種族が同じというだけで、ジャクソンのことを「吸血鬼さん」とかいう親切な同居人の仲間だと思っている。だから、こうして無防備についてきて、面倒を見てくれと縋ってきたわけだ。

 まあ、こんな暇つぶしの機会は滅多にない。ただでさえ、何もない生活だ。ミステリーなら歓迎である。


「なんとなく見えて来た。そのコウモリがヴァンパイアの眷属だって言うなら、ますます君らは死人じゃない。予想するなら、幽体離脱かな」

「幽体離脱?」


 ついに、ミカが我慢できずに再び顔を覗かせた。まるでネズミのようである。


「うん。わかる? スピリチュアル系の知識だけど。生きたまま、魂が肉体から離脱するって話だよ。君たちの肉体は今、空っぽの入れ物になって、気絶状態にあるのかも」


ミカの頭の上には、四匹のコウモリが乗っている。コウモリたちはコウモリたちで、自分たちの状況について議論を交わしているようだ。議論内容に耳をそばだててみれば、なるほど、なかなかに興味深い。


「へえ。一番右のコウモリくん、それ本当?」

「えっ、何々!? こいつらの言ってることわかるの!? さっすがきゅ……ジャクソン!」

「君たち会話不能だったの? それは気の毒に」


 ジャクソンは、座席に座り直し、思案する時の癖で腕を組む。


「そこのコウモリくんたちが言うには、彼らが記憶している街の景色と、今いる街の景色が違うらしい。具体的には、彼らはもっと古い時代のロンドンで買い物をしてきたそうだけど……つまり、君たちは幽体離脱したうえに、タイムスリップまでしてきたってことなの?」


 ミカは一瞬目を丸くして、それから、何かに思い至った様子でシートをバンと叩いた。コウモリたちは、何度もうなずいて見せており、ミカは彼らと顔を見合わせ、驚きを共有している。


「っ、あ~! そういえば、極夜の館って、場所だけじゃなくて、時代まで移動してるんだったよな!? じゃあ今何年だろ!?」

「1962年だよ」

「あっ、まじか。俺が生まれるちょっと前だ」

「まじか。タイムスリッパーの本物ってこと? じゃあ、その極夜の館っていうのが、タイムマシンかな」

「タイムマシンってわけじゃねーけどー、あー、あれ何なんだろうな?」


 ミカとコウモリたちが、ジャクソンの質問を受けて揃って首をひねった。ジャクソンは、頭に正体不明の「極夜の館」を思い浮かべる。「館」という建物のような名前だが、移動するからには「車」のようなものだろう。

 しかし、ジャクソンの予想に反して、ミカが口にした答えはこうだった。


「とにかく、極夜の館は、俺らが帰りたい『家』だよ。もし幽体離脱? してるってんなら、俺の体も、コウモリたちの体も、そこにあると思う!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=209549578&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ