第百十三話 色々なアンデッド篇
エリザベスは吸血鬼の方へ向き直り、そして、手のひらを上にして指先を彼に向け、イライラと訴えた。
「いい加減にぞの顔をおやめになっで。あなたは、別に何にも勝ってはいませんごどよ?」
全く、吸血鬼のミカへの保護者気取りにも、呆れたものである。
「みっともない」「ふん、勝手に言うがいいさ」と、睨み合う二人の横で居心地悪そうなミカが、パッと話題を変える。
「ところでっすね、俺、まだよくわかってないんすけど、どうしてコウモリたちは復活できたんすか? この子らが吸血鬼だから、ってのは聞きましたけど、それなら、どうしてすぐに治してあげずに、一か月以上も土に埋めてたんです?」
吸血鬼は、そんなミカの問いに、事も無げに答えた。
「すぐに蘇生しなかったのには、大きく二つの理由があるが、まず一つは、単純に、蘇生には十分な休息が必要だからさ。いくら生き返るとはいえ、一度は死ぬんだからね。死の苦しみは味わうし、痛みも、悲しみも本物だ。土の中で死者として眠り、そして起き上がるのが不死身というものさ」
「ふうん、そういう仕様ってことすか。姉さんも?」
「わだぐじは、蘇生ずるどいうより、ぞもぞも死にまぜん。死なない「レディ・不死身」なのでず」
「へー、不死身にも色々あるんすね……って、他人事に言っちゃいましたけど、そういえば俺も、何回か死んで生き返ってるんでした。どういう仕組みかわかんねえけど、なんか、狼の力で?」
顎に手を当てて考えるミカの言葉に、吸血鬼が冷静に口を挟む。
「君の蘇生も見たところ、吸血鬼と同じ仕組みだろう。話を戻すが、この子たちの蘇生に時間がかかった理由のもう一つは、館の主の出方がわからなかったからだ。今は既に、館の主イコールウィジャボードの幽霊と断定しているが、当時はそれも曖昧だったし、この子たちの死因に関しては、未だによくわかっていないくらいだしね。私たちの生活はこの子たちの働きに懸かっているから、慎重に行動しなければならないと思ったんだ。コウモリたちは不死身だというのを、これまで黙っていたのも同じ理由だ」
「そっか。もし、あの幽霊に聞かれちゃったら、生き返る邪魔をされちゃうかもしれないっすもんね」
納得したミカが、ポンと手を打つ。吸血鬼は頷いた。
「ああ。だが、そのせいで今朝の君たちには、物資不足やら何やらと不安にさせたし、ミカには、何も説明せずに手伝わせることになったね」
「いや、俺たち、この一か月、普通に普段通りの生活送らせてもらったおかげで、もう、どうにかして買い物行かなきゃーとか、考えてたことすら忘れてましたから……。全部吸血鬼さんにまかせっきりで、こっちこそすいません」
「ええ。今だから白状いたしまずが、あまりにあなたが食料や消耗品の節約の話をじないので、何か考えがあるど思っで任ぜぎったままでじだの。恥ずかしながら生前より、家事の管理の習慣も無ぐ……今朝は、無責任に批判じで申し訳ながっだでずわ。二人ども、枝切り鋏などを探じ歩いている最中、何か危険な目には合わなぐで?」
「いやあ、それが、何にも! 最後まで狙いがバレなかったみたいで、ホントよかったっすよねえ」
「思い返してみれば、普段のように戸棚が倒れて来るなどの妨害もなく、幸運だったな。なぜだ?」
「今も特に何も起きないし、あの幽霊も予想外なことすぎて動けないんじゃないっすか?」
「ぞれにじでも、この館には、わだぐじの知らない仕掛けや隠し部屋が多すぎまずわ。ぞうだ、先ほど見せたあの箱も、どうやらその類のものらじぐで……あら?」
エリザベスは話の流れでドレスのポケットに手を突っ込んだが、その後すぐに眉をひそめた。彼女が出そうとしたのは、先ほど、ミカと吸血鬼が茨の枝をひたすら切っていた時に、途中で見せた宝石箱だ。ずっと持ち運んでいたはずだが、ポケットの中にも、腰のリボンの中にも、見当たらない。
「ああ、さっきの綺麗な箱っすか?」
「ええ……。一度部屋に帰っだ時に、置いてきだのだったがじら? そんなつもりは無がっだのだけど」
エリザベスは、サロンの戸口を振り返る。サロンを出た廊下を進めば、エリザベスが使用している寝室に辿りつくのだ。
「わだぐじが使用じでいる部屋は、わだぐじが若い頃、衣裳部屋として使っでいだ部屋でずの。居室として十分使えるように設計ざれでおりまじで、実際に、わが家系の先代当主はこの館を、政治に関らない女性方の居住空間に使っておりまじだわ。その当時の娘が……わだぐじの伯母でずげれど……使っでいだ部屋でずのよ」
「伯母さんがいたんすか」
「幼くじで遠方の貴族の家に嫁がれまじだので、ほとんどお会いするごどもないような方でずわ。だからごぞ、この館の住んでしか知りえないような情報が引き継がれず、思っていだ以上に秘密が多いようでずの……」
エリザベスはそこで言葉を切り、ふう、とため息を吐いた。
「我々も、懸命に探索じで館に詳じぐならなげれば、あの幽霊に勝でまぜんわ。ちょっと、さっきの宝石箱を探してきまず。あれの中身は、絶対に何かの手がかりになりまずがら」
そう言って、エリザベスはソファーから立ち上がった。それを見て、これは良きブレイクタイムと、吸血鬼も立ち上がる。
「それじゃあ、私は少々手洗いに行ってくる。トイレットペーパーが切れそうだったろう? どんなものを買ってきてくれたか確かめて来よう」
「ああじゃあ、俺、姉さんを手伝いますよ」
何もすることがないのは居心地悪く、ミカもまた立ち上がろうとすると、腰を上げるより先にエリザベスの手で制された。
「構いまぜんわ。きっと、部屋にあると思いまずがら、すぐに取って戻ってきまず」
「そうすか」
こうして、サロンには、一時的にミカだけが残されることになった。血のごちそうを堪能していた吸血鬼のコウモリたちも、ほとんどが食事を終えて、館の警備に散っていった。今は、食事の順番が遅くなったコウモリたちが、吸血鬼から「ミカと一緒に居るように」と言付けられて、最後の一滴まで舐めとるついでに、その場に残っている。




