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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
ずっとこの館で過ごすために
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第百十二話 労いの時篇

 吸血鬼の眷属であるコウモリたちは、土の中から全員飛び出すと、吸血鬼の周囲をぐるぐると嬉しそうに飛び回ってから、タキシードの黒に溶け込むようにして姿を消した。


 それから、吸血鬼、ミカ、エリザベスの三人は、休憩のためサロンへ移動した。吸血鬼がタキシードを脱いでソファーの肘掛けに垂らすと、そのタキシードから、コウモリたちがサンゴの産卵のように分裂して、館のあらゆる場所へ飛んで行った。

 ある子は、エリザベスのために膝掛けを用意し、また、ある子は、ミカのために汗を拭うためのタオルと、水分補給のための水を素早く持ってきた。さらに、ある子は吸血鬼の好きなローズヒップティーを淹れてきたし、それとは別にエリザベスにはミルクティーを淹れ直し、ミカには、冷蔵庫に残っていたパウンドケーキをわざわざリベイクしてから持ってきてくれた。

 この至れり尽せりっぷりに、吸血鬼が若干慄いたような表情で言う。


「一ヶ月ぶりに外を飛べるから、張り切って仕事しているようだ。私が何か言う前に動いてくれているよ」


 決して、吸血鬼の方から指示を出して、病み上がり(蘇生直後)にキビキビ働かせているわけではない……と、まるで言い訳するような口ぶりで。

 

 こうして、すっかり寛ぎモードにされてしまってからしばらく後、茨の森の外へ買い物に行っていた調達隊が帰ってきた。彼らは、追加の食料や日用品を、食糧庫や倉庫など各所に片付けてから、サロンに居る吸血鬼の元に帰ってくる。


 コウモリたちがみんな帰ってきたのを確認した吸血鬼は、磁器のティーカップを徐にソーサーから下ろす。それは疑いようのない日常の動作だっただけに、次の行動には彼以外の誰もが度肝を抜かれた。

 なんと、パウンドケーキを食べるためにと用意されていたフォークで、自分の左手のひらを戸惑いなく突き刺したのだ。

 途端に、彼の手からは赤い血が流れたが、彼は痛みに耐える声のひとつも上げなかった。表情すら変わらず、淡々とした作業そのものだ。

 その代わりに、突然痛々しい所業を見せつけられたミカとエリザベスが、「ヒィッ」と言って仰け反って顔を歪めた。二人は吸血鬼の向かい側のソファーに座っていたので、フォークが手に開けた穴やら血の色やらを丸ごと直視できてしまう。

 また、コウモリたちも気の毒に、混乱に陥れられた。彼らは、蘇生して早々、館の物資不足を瞬時に察知し調達に向かい、一部は館に残して、蘇生に協力してくれた住民の皆様を労った。この完璧な仕事ぶりを褒めてもらおうと、主人の元へ集まってきたというのに、まさか食事用のフォークで手のひらを刺すなんて! 精神錯乱か? 何か気に触ったか? 慌てすぎて自分の頬を翼で抑えたせいで、床に落下してしまうコウモリさえもいた。

 そうして驚いている間に、コウモリたちは吸血鬼が発する指示によってテーブル上の端っこへ集められる。吸血鬼はそこに、血がたっぷりと溜まったソーサーを差し出した。


「さあ、捕まえたぞ、忠実なワーカーホリックたち。君たちの働きが以前に勝り優秀なことはよくわかった。もう本当によくわかったから、ご褒美に、これを飲んで精をつけたまえ」


 主人の意図がわかると、コウモリたちは歓喜に震え、ソーサーを取り囲んで血を飲み始めた。列を作って順番待ちしている秩序正しさに、コウモリたちの優秀さが表れている。


 「フォークで刺すなんて、痛そう痛そう!」「急に何考えてんのこの人?」と、目と口をへの字にしていたミカとエリザベスの表情も、その光景を見守るにつれて、柔らかくほぐれていく。


「あはは、かわいいっすね。お疲れ様っす、コウモリさんたち。年上から先に飲む決まりとかあるんすかねぇ?」

「いい着眼点だね。吸血鬼が年功序列なのは確かだ。だがそれは、年嵩の方が基本的に純血度が高いからであって、私の眷属であるこの子たちは、吸血鬼としての血の濃さは同じだから、皆、立場は平等なんだよ」

「へえ〜。じゃあ、みんな同僚ってことっすね。ご飯の順番守って、仕事も分担して、偉いっすね〜」

「ちなみに、ミカよりはみんな年上だよ」

「え、長生き!」

「どおりで落ち着いでらっじゃいまずわ。主人の方は、どうもガサツでございまずげれど」

「ガサツとはなんだい」

「反論はおよしになっで。カトラリーで血を流すなんで」

「仕方がなかったんだ。私の部屋にはこの子たち用の食器も、専用のピックもあるが、それを準備していると、この子たち、遠慮して寄ってこないから」

「でも、軽々じぐ血を見ぜないでぐださいまぜ。ミカの前なんでずわよ!」

「……それは、確かに配慮が足りなかった」


 言い負かされた吸血鬼が、しゅんと顔を下向け、気まずげにミカから目を逸らす。ミカは特に気にした風もなく、「いいっすよ」と手を振った。


「姉さんの拷問具も同じくらい痛々しいっすけど、最近は普通に見れるようになって、大広間の掃除もできるようになってるっしょ?」

「ぞれなら結構ですげれど、大広間のアレらを例に挙げられるど立場がないでずわっ……」


 エリザベスはサッと顔を青くして額を抑えた。全く、若い子というのは、さらっと痛いところを突いてくる。自分は大丈夫だと主張したいのだろうが、拷問具の話を待ち出すことは遠慮願いたい。大広間にある拷問具は、どちらかというとエリザベスの母のものであるが、母の気持ちを利用して拷問を実行させていたのは自分であり、本物の罪人は自分である自覚もある。

 それに、いざエリザベスの罪について語ると、たちまち吸血鬼がミカの保護者面を拡大させて、ニヤつき始めるのも嫌なのだ。ほら、今だって正に、何がそんなに優勢だと思うのか、勝ち誇った顔をして……。


 ただ、一ヶ月前のミカは苺ソースを見るだけでも、姉の死を思い出していたのを考えると、こんな風に軽口を叩けるようになったのは良い傾向である気がする。

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