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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
ずっとこの館で過ごすために
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第百十一話 彼の宝ものタチ篇

 枝切り鋏を吸血鬼が持ち、シャベルをミカが持ってから、二人は大浴場を出て廊下を歩き、玄関から館の外に出た。朝の伐採作業の甲斐あって、館の周囲一メートルの範囲については、茨の枝が取り除かれている。しかし、切り落とされた断面はすぐそこで館の壁に狙いを定めているし、また一晩明ける頃には、茨の枝たちはすっかり伸びきって、またミカたちの命を狙ってくるはずだ。


「さて、ミカ。私たちはこれから、茨の森で宝探しをしなければならない。宝の在処はわかっているが、そこに辿りつくまでに、この枝切り鋏で切り落とすべき枝がいくつもある。ミカも狼の姿になって、手伝ってくれないかい?」


 そんな吸血鬼の呼びかけは変に芝居がかっていたが、ミカは大人しく狼に変身して、どこから伐採するのだろうと、首を左右に巡らせた。


「進むのは、ここから十一時の方向だ。あまり広い範囲を探さなくていいはずだが、毎日茨の木が移動しているせいで、はっきりした場所を特定できない。二人横並びで、できるだけ見通しが利くように伐採していこう」


 吸血鬼が指し示した方向は、茨の枝が入り組んで絡まり合っており、完全に前方の景色がふさがれている場所だ。ミカが森の中をランニングしているときは、館の玄関から出てまっすぐに進むから、そこは、ミカも行ったことがない方向なのだ。

 まあ、そんなことを言ったところで、吸血鬼の言う「宝の在処」が変わるわけでもない。二人は精力的に作業へ取り掛かった。


二分ほど茨を切ったところで、館の中からエリザベスが出てきた。


「館の間取り図を探すどが言ってゴゾゴゾやっていたど思っだら、今度は庭掃除でずの?」

「やあ、レディ。やかましかったかい?」

「ぞんなごとはありまぜんげれど……二人を探しておりまじだのよ。先ほど、間取り図と聞いて、わだぐじの部屋にも何かなかったかじらと探しておりまじだら、こんなものを見つけたましだので」

「ほう」

「え~、なんすかそれ?」


 エリザベスが差し出す両手には、木製の小箱が一つ乗っている。宝石箱のように華やかに装飾されたそれにミカは狼の姿のまま近づいて、しげしげと見つめた。


「無駄に綺麗っすね」

「もう、ミカったら、無駄と言わなくてもいいじゃありまぜんが。この中にあったものの話をじだがっだのですげれど、二人とも忙しそうでずから、後で構いませんわ。ぞの切った茨の枝、いらないのならわだぐじに預けてくだざいまぜ。太いのは壁を修復する木材に加工じて、それ以外は薪にいたしまず」

「構わないが、それほど量は出ないはずだよ」

「あら、ぞうですの? でしたら、全て薪にいたじまずわ」

「それがいい。心配しなくても、この作業が終われば、木材はいくらでも手に入れられるからね」

「なんでずって?」


 エリザベスは、吸血鬼の言葉の解説を求めようと、ミカの顔を見てきたが、ミカもまた、何もわからないまま手伝っているだけなので、プルプルと顔を震わせて、鼻の頭に皺を寄せるだけだ。


「今は、この人の言うことを聞いていれば、また食べ物とか色々が手に入るらしいっす」

「また隠し事しでるんでずのね」

「仕方ないだろう。例の幽霊がどこで盗み聞いているかわからないんだ……計画がバレたら先回られてしまうだろう?」

「ふうん……」

「理解じであげまずわ」


 かくして、茨の森の中で吸血鬼とミカが伐採し、落とされた枝をエリザベスが拾って棘を抜き、薪に加工していくという、三人の連携作業が始まった。この一体感に、ミカが嬉しくなっていたのも束の間、最初の説明通り、吸血鬼は茨の森の入り口から三メートルも進まない時点で、手を止めた。


「よし。おそらく、このあたりだろう」

「ここが宝の在処っすか? 意外と近かったっすね」

「ああ。タキシードの裾が棘に引っ掛かりそうだったから、あまり遠くには進まなかったんだ」

「え、タキシード?」


 ミカには、吸血鬼の言葉がすぐには理解できなかった。今の吸血鬼はスウェットを着ているのだから、彼が話しているのは、今日じゃない何時かのことだ。混乱するミカの代わりに、二人の背後から、エリザベスが問いかける。


「それっで、あなたが以前に、ここへ宝を埋めたというごどでずの?」

「正解だよ。時間が経ってから掘り出すものなんだが、茨の木が毎日動くせいで、埋めた場所が隠されてしまってね。だから、枝切り鋏を持ってきた。それから、土を掘るシャベルもだ」


 そう言いながら、吸血鬼は後ろを振り返り、ちょうどエリザベスが立っている真横の茨の木に立てかけておいたシャベルを指さした。ミカがそれを咥えて持ってくると、吸血鬼はシャベルと交換に枝切り鋏をミカに渡してきた。そして、ミカが吸血鬼に促されるまま少し後ろに下がると、シャベルを手にした吸血鬼は、茨の枝が取り除かれて露わになった足元の地面に向け、体重をかけてシャベルを差し込んだ。


「実は、宝を埋めていた時も、シャベルがあった方がいいと気づいて、倉庫へ探しに行ったんだ。レディがいつも使っている、工具箱や木材を入れている倉庫へだよ。だが、不思議なことに、そこにシャベルはなかった。というか、貴族の館には必ず庭師がいるはずなのに、庭の手入れに必要な道具が、倉庫には一切なかったんだ。だから、私の知らない別の倉庫か用具庫が館のどこかにあると思って、今日調べてみたわけさ。無事にシャベルが見つかってよかった。埋める時はそうでもないが、掘るときはどうしても必要だからね」


 吸血鬼は、掘り出されて山の形に溜められた土の表面を、シャベルでしばらく撫でる。そして、「おや、もう少し左だったかな」と言って、さっきとは少しずれた場所を掘り返した。


「ねえ、吸血鬼さん。一人じゃ大変でしょ? 手伝いますよ」

「いや、構わない。君は番犬だから、近くにいてくれればそれでいいんだ」

「え……番犬!? ワンワンッ! じゃないんすよ、失礼じゃないっすかそれ? しかもいるだけでいいって?」

「雰囲気作りだよ。墓場の番犬だ、番犬界隈でも格好いい方だぞ」


 墓場、と聞いて、ミカは狼の瞳をぱちくりとさせ、次の瞬間、ハッとなって口を閉ざした。吸血鬼が以前「埋めた」という行為と、彼の言う「宝」の正体が、ここが「墓場」であるというヒント一つで、突然明らかになったのだ。

 その答え合わせとでもいうように、吸血鬼が掘り出した土の中から、ミカの知っている匂いが漂ってきた。シャベルで土を払った吸血鬼は、ここでようやく、安堵のため息を吐く。


「よかった。上手く治っているようだ。確か、もう一か所、墓を作ったんだったな。こっちの方か……もう一度言うが、手伝いは不要だからね。シャベルで掘り返さないと、伝統的な墓荒らしにならないから」


 ミカは興奮して体温がカッと熱くなって、吸血鬼の「手伝うな」という声かけに何度もウンウンと頷いた。気になって森の中に入ってきたエリザベスのことも、ミカは慌てて足止めする。これは、単なる庭掃除ではないのだ。これは、吸血鬼の大事な儀式の一つなのだと、ミカにはようやくわかったのだ。

 もう一つ穴を掘り終えた吸血鬼が、土の中から「宝物たち」を探し出して、満足気に頷いた。


「これでよし。二人にはもう、私の企みがバレてしまっているだろうから言うが、こんなことをできるのは一部の吸血鬼だけなんだ。だから、館を牛耳るあの幽霊が、これを予想できなかったのも無理はない。今からお披露目するのは、それだけ、貴重な体験だからね」


 宝の在処まで通路を作るための伐採作業は、通り道の確保のみを目的にしていたため、通るのに邪魔にならない頭上の枝はそのままになっている。吸血鬼が立つ場所は、茨の枝でドーム状の天井ができていて、まるで、秘密の儀式を守るカプセルのようだ。また、おとぎ話の見せ場のように、絵になる光景でもある。

 吸血鬼は、土のついた手を払い、スウェットの袖をまくり上げながら言う。


「吸血鬼の生まれ方には、いくつか道がある。一つは、吸血鬼に血を吸われた人間が変化する道。もう一つは、埋葬された人間の死体が起き上がってアンデッドになり、人の血を吸うことで吸血鬼と呼ばれる道。レディが生きていた時代なら、二つ目の吸血鬼が有名だよね」


 エリザベスが頷く。

 ミカは宙を見上げて、うーんと首を傾げた。ミカは「吸血鬼」という怪物の存在は知っていても、「吸血鬼の生まれ方」については、あまり聞いたことがない。そりゃあ、吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、というのは、すごくベーシックな吸血鬼のイメージ像だが……。


「あはは、ミカにはピンとこないかもしれないね。近現代では、より怪物としての吸血鬼のイメージが強くなるから、中世のように元人間ということもなければ、もっと突拍子もない能力を持っていたりもする。……ちょっと行儀の悪いことをするから、二人とも後ろを向いていてくれ」


 吸血鬼はスウェットからむき出した左腕を、しばらく迷うように見つめた後、ミカとエリザベスに、後ろを向くようにと、ジェスチャーとともに指示した。ミカとエリザベスは、吸血鬼がしようとしていることに対して、ホラーチックなドキドキを感じながら、彼の指の動きに合わせて館の方を向いて立ち、肩を寄せ合った。


「しまったな、ナイフでも持ってくればよかった」


 そう呟きながらも、同居人の視線から許された吸血鬼は、やっと戸惑いなく、自分の左腕に噛み付いた。

 途端に、彼の腕から、赤い血が流れ出る。

 指先を下に向けると、血は肌を伝って、爪から土の中の「宝物たち」へ向かって滴り落ちた。

 しばらく後、土の中から元気な鳴き声と羽ばたきが聞こえ――。


 突然、視界の端っこを、何か黒くて素早いものが通り抜けたのに気づいて、ミカは「わっと」声を上げた。それも一匹だけじゃない。黒くて小さいものは、どんどん増えて、次々にミカとエリザベスを追い越して、茨の森から四方八方、外に出ていく。その中には、館の方に向かう子たちだけでなく、茨の枝の隙間をくぐって、本当の外に飛び出していく子たちもいる。

 ふいに、背後から冷たい霧が迫ってきて、ミカとエリザベスの頭を越していった。それに追い越される瞬間、聞きなれた男の高笑いが耳に届く。


「あははははッ! やっと会えたね、私の可愛い妖精たち! 生き返って本当に良かった!」


 茨の中を抜けていった霧を追っていけば、その霧は、館の玄関の前で徐々に形を整え、凝固しているようだった。そして、ついに、ミカとエリザべスの目の前で、装飾過多なタキシードを着たいつもの吸血鬼へと変化する。彼の周りには、なんと、ウィジャボードの幽霊に殺されたはずのコウモリたちが、彼を慕うように飛び回っている!


「生き返ったんすか、吸血鬼さんのコウモリ!」


 ミカは驚きと喜びで声を上げ、思わず後ろ足で立ち上がってしまい、そのまま人間の姿に戻る。たちまち、顔に明るい笑みを浮かべた全裸の青年がエリザベスの隣に現れ、目を覆ったエリザベスが大慌てで、「服!!」と館に駆けこもうとする。

 しかし、その前に、有能なコウモリが四匹、玄関口に脱ぎ捨てられていたミカの服を持ってきて、頭から慌て者の青年に被せた。

 この気の利きよう、間違いなく吸血鬼さんのコウモリだ!


「昔の幽霊にはわからないだろうから、教えてあげよう。私の妖精たちは皆、私の血を分けた眷属であり、吸血コウモリだ。彼らは、彼ら単体でも、十分にやっていけるほどの吸血鬼なんだよ。だから、一度死んだとしても、私の血を飲めばまた復活する。彼らは、不死身の吸血鬼集団なんだ。知らなくても恥じる必要はない。こんなものを操れるのは、一部の吸血鬼にすぎない。私のような生まれながらの吸血鬼、近現代の吸血鬼だけだからね!」

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