第百八話 館の間取り図篇
その大判用紙は弱弱しく、少しだけ黄ばんでいたが、肝心の間取りは十分に判別できた。
横から紙をのぞき込んだミカが、軽く感嘆の声を上げる。
「すげえ。こんなものがあるなんて、金持ちの家っぽいっすねえ。それで、間取り図をわざわざ探し出して、吸血鬼さんは何をしようっていうんすか?」
「他でもない。おかしなところを探したいんだ」
「おかしなところ?」
長方形の紙を横に並べて、北側を上に、右に一階、左に二階の図が黒いインクで描かれている。極夜の館はどういう理屈か、モゾモゾと動く茨の根っこに乗って各地を移動しているので、北側かどうかなど関係ないが、玄関ホールの位置から、部屋の配置の正しさを確認することができる。一階には大食堂と大広間、使用人部屋、厨房、倉庫、図書室、大浴場などがある。二階には、大浴場がある側にサロンがあって、食堂がある側に主人の部屋と、シャワールーム、執事室がある。そして、サロンと主人の部屋の間に、エリザベスが使用している令嬢の部屋と、吸血鬼やミカがそれぞれ使用している客間が並んでいる。
見慣れた間取りを順繰りに眺めたミカは、二度目の観察でやっと「あっ」と声を出した。
「娯楽室がないんじゃないっすか? この前、大広間の横に隠し部屋を見つけましたよね。この間取り図だと全部食糧庫ってことになってる、このあたり……」
そう言うミカが一階の隅を指さすと、吸血鬼は正解だというように頷いた。
「つまり、これは新しく書き換えられた後の間取り図だ。この館を建てた主人から世代が変わり、遊戯室が閉鎖された後のものということだ。遊戯室を閉鎖したのは、レディ・エリザベスより前の主人だという話になっただろう? 元の間取り図は、もう残っていないのかもしれない。この状態から、目当ての部屋を見つけなければ」
「目当ての部屋って?」
「私は、遊戯室以外にも隠し部屋があるんじゃないかと睨んでいるのだよ」
吸血鬼の言葉に、ミカはびっくりして目をぱちくりとした。そして、間取り図を見下ろして、
「そんなの、この図からどうやって探し出すっていうんすか?」
「実際の部屋より、大きく描かれている部屋を探ろう」
「ええ? わっかんねえっすよ、部屋を測ってきたわけでもないのに。それに吸血鬼さん、食料を調達する案があるって話でしたよね? でも今は、全然関係ないことをしているみたいなんすけど」
「まあ別に探さなくてもいいんだが、定番に乗っとこうと思ってね。その次いでに、館の謎にも迫れるし」
「定番?」
まだミカは疑問符を浮かべたままだったが、吸血鬼は涼しい顔をして、それ以上説明しなかった。
間取り図を一通り眺めた吸血鬼は、一階の図を指さす。
「やはり、怪しいのは大浴場か。かなり広めに作られているし、ここは我々も普段使わないから、まだ気づいていない仕掛けがあってもおかしくない」
「今から行くんすか。あそこはまともに掃除してないっすよ。ヘドロっすよ。壁も直してないくらいっす」
「わかっているが、行くしかないだろう」
歩き出した吸血鬼を、ミカがテクテクと追いかける。二人はそろって執事室を出て、一階の図書室前――放置されきった大浴場へと向かった。




