第百六話 物資調達のお手伝い篇
「ちょっ、つ、尽きた? もう尽きたって、え? なん、なんで?」
ミカは狼狽えまくって吸血鬼の服の裾を引っ張り、もっとちゃんと説明してくれと求めたが、吸血鬼は徐に歩き出して、涼しい顔して答えてきた。
「何を驚くことがある? 食料は食べれば消えるんだ。いつかは無くなって当然だろう」
「いや、なんでもっと早く言わなかったって言ってんすよ!」
「早く言ったって無くなることには変わりないだろう? 食料だけじゃない。洗濯用洗剤に、スポンジにトイレットペーパー、消耗品は大体底をついている」
「嘘!!??」
「だが、心配ない。私に任せろ」
この状況でどうやって彼を信じればいいと言うのか。
ついに言葉も出なくなったミカを置き、吸血鬼は玄関ホールを出て廊下を進んでいく。彼の自室と化している図書室へ向かっているのかとミカが予想したところで、図書室のドアからエリザベスが出てきた。
「おや、レディ。壁の修復は終わったのかい?」
「サロンの壁を最後に直じで、図書室に繋がる階段から降りでぎだどころでずわ。今から、工具を仕舞いに戻るつもりでず」
「そうか。じゃあ先に朝食にしよう。すまない、ミカ。食後にまた私についてきてくれ」
「あっ、よかった。朝ごはんの分はまだ残ってたんすね」
「うん。これで最後だ」
「最後の宣告だった!」
三人揃って廊下を引き返すことになった中、ミカと吸血鬼の会話を聞いて、エリザベスが怪訝に顔を顰める。
「最後って何でずの?」
「食料が底尽きたんすよ!!」
ミカは、エリザベスをバッと振り返って叫ぶ。エリザベスは「まぁ!」と驚いて両手を振り上げ、工具箱やら余りの木材やらをガシャンバタンと鳴らす。
「なぜもっど早ぐ言わないんでずの!」
「ミカとおんなじことを言ってぇ」
「無ぐなりぞうだと分がっでいだら、わだぐじは食べずにおりまじだのに。ゾンビは食べずども問題ないのでずがら!」
「そうとは限らないぞ。レディも最近は人間化が進んでいるんだ。食べなかったら無事では済まないかもしれない」
「は……」
エリザベスは、はたと足を止めて、自分の手足を見下ろした。最近、彼女の体はどんどん人間らしい弾力を取り戻してきていて、水気にも強くなったのか、大工作業をした後手を洗うこともできるようになってきた。確かに、吸血鬼の言う通り、何か食べなければ活動に支障をきたしてもおかしくない。
感慨深さに浸りかけたエリザベスだったが、男二人の背中が遠のいているのに気づくと慌てて駆け出し、彼らに追いつくと、ツンと強がって言った。
「は、はぁ! ダメでずわミカ、この男の言うごどを信じては! ごいづ、自分は食べ物を食べなぐでもいいからって、危機感を感じてないんでずわ!」
「そうっすよ、言われてみれば、吸血鬼さんって食べなくても平気なんっすもんね! 吸血鬼だからー!」
ミカとエリザベスは、吸血鬼の前後からブーイングを浴びせかける。食料がなくなりきるまで何も言わなかった吸血鬼にも非はあるかもしれないが、さすがにここまで言いたい放題言われると、吸血鬼だってカチンときた。
「あのね。コウモリたちがいなくなって物資が手に入らないとわかっているのに、食料や消耗品のことを今まで何も気にかけてこなかったのは君たちの方だろう? 全部私に任せきって、自分たちが困った時すら私の責任か? 少しは打開策を考えたことがあるのか?」
「……」
吸血鬼の言い分は、目を背けたくなるほどの正論であると、ミカとエリザベスは素直に理解した。二人の頭の中には苦し紛れの言い訳が出てきたが……例えばミカは、「毎日茨の森を走って買い物に行ける出口を探してたっすよ」と、エリザベスは、「壁を直す木材がなくなりそうでしたから、茨の木を加工する方法を考えましたわ」と、心の中で反論したが、どちらも現状の打開策にはならないと分かりきっていたので、実際に口には出さなかった。
大食堂で大人しくテーブルにつくミカとエリザベスの前に、吸血鬼はいつもと変わらないクオリティの朝食をサーブした。スープは温かいし、パンはどうやって保存していたのか、ちゃんと柔らかいし、サラダまでみずみずしく、彩りまで考えてある。
「ありがとう吸血鬼さん」
「ありがどうございまずわ」
ミカとエリザベスは、揃って吸血鬼を見上げてお礼を口にした。吸血鬼が最後まで食料の残り問題を口にしなかったのは、ミカやエリザベスにひもじい思いをさせないためかもしれないと、二人は思い至ったのだ。
しょぼんとして見上げてくる二人は、まるで親に怒られた後の子犬のようで、吸血鬼は思わず噴き出してしまった。
全員が食卓についてからしばらくして、吸血鬼が言った。
「ああそうだ、レディ。館の間取り図って、主人の部屋にでも置いてあるかな?」
「館の間取り図? 図書室にございまぜんがじら?」
「あそこでは見当たらないよ。重要書類は主人が管理してるんじゃないのかい?」
「主人の部屋には書類などございまぜん。昔はあの母の部屋でございまじだじ、大切なものを置いておげる状態では、とても……あるとずれば、執事の部屋では?」
「執事室か……」
吸血鬼が顎に手を当て、天井を見上げる。執事室は、二階の主人部屋の隣にあるので、その部屋がある場所に思いを馳せているのだろう。
エリザベスとミカは顔を見合わせ、お互いに首をかしげる。
エリザベスが、不思議そうに言った。
「でも、また、どうじで間取り図など?」
「いや、ちょっと入り用でね。ミカ、この後一緒に探しに行ってくれないか?」
「あ、はい、わかりました」
パンを口に運ぶ手を一時的に下げて、ミカは素直に返事をした。もともと、「この後手伝ってくれ」と言われていたから文句はないが、ただ、吸血鬼の意図だけが気になるところだ。彼の考えることなら信じて手伝えばいいのだろうが、それにしても、間取り図など探して何になるのだろうか? それが、今後の物資調達にどう役立つというのだろう?




