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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
ずっとこの館で過ごすために
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第百二話 案外とあっさりした後味篇

 ミカが自分の過去について話し終えた時、吸血鬼は二杯目の紅茶を半分まで飲み終えたところだった。ミカの話を落ち着いてゆっくり聞こうと、たっぷり用意した食後の紅茶だったのに、たった一杯のおかわりだけで済んでしまったのだ。ミカとエリザベスは一杯目からミルクティーにしたので、吸血鬼も二杯目はミルクティーにしていた。


 家族や村人まで巻き込んだ事件の顛末を説明するには、博士のこと、姉のこと、母のことなど、様々なシーンを語る必要があった。その内容は非常に重厚であったが、ミカが要所要所で端折りながら語るので、後味はあまりにあっさりとしていた。

 正直、これが罪の告白を聞いた後の心境だとは思えなかった。しかし、ミカの前に注がれたミルクティーが一杯目すら空になっていないのを見れば、さっきまでの話が、確かに、自白であり懺悔であったのだとわかる。


 本来なら紅茶五杯分の時間を使ってもよかっただろうに、と思いながら、吸血鬼はミルクティーの最後の一口を飲み干した。彼の視線はずっと、何もない机の上に向けられている。ミカにかけるべき言葉の最適解を考えているからだ。


 悩んだ挙句、吸血鬼の言葉は、ミカの語り口調に合わせたあっけらかんとしたものになった。


「そうか。まあ、お茶の残りを飲めばいい。冷めてるぞ」


 吸血鬼がそう言った途端、エリザベスが「コイツ、信じられない!」という目を向けてきたが、第一発言権を他人(吸血鬼)に丸投げしておいて、いざコチラが発言した内容に文句をつけるとはいただけない。彼女ったら、ミカの隣に座っておきながら、語り口調が進むにつれてその青年らしいまろい顔から血の気が引いていく様子に掛ける言葉が見つからず、黙ってこちらをチラ見してきていたことに、吸血鬼はちゃんと気づいているのだ。


 そっけなくお茶を勧められた当人はといえば、特に気分を害した様子でもなく、ただ吸血鬼の言葉に従順にお茶を啜っていた。食後の甘味にと出していたプリンにも、まるで使命感に駆られたかのように口をつけ始めている。プルンとやわらかい真っ白な塊をスプーンで割れば、中からイチゴソースがドバドバとあふれてきた。吸血鬼特製、いちごミルクプリンである。


 これを見て思い出すことには――ソフィアの腹も、このプリンのように真っ白で、割られた傷口からは、まさしくこのソースと同様に、新鮮で芳しい血が流れ出てきていたという――。


 ミカは、ガラス皿の上にスプーンをカチャーンと落として、怖いものを寄せ付けないかのように、ズズズと前に押し出した。絶対に食べないぞという意思表示をしてから、ミカは後悔するかのように頭を抱えた。


「いや! プリンめっちゃ食べたいんすけど……! 食べたいんすけど……! 今はちょっとタイミング悪すぎないっすか! あ~、悔しい~! プリン食べてぇ~!!」


 その悶え方といえば真に迫っている。作ってくれたお母さん(吸血鬼)に気を遣ってというわけではなく、どうやら本気でプリンを惜しんでいるようだ。

 若者らしい複雑な心情を慮り、吸血鬼はミカのプリンが乗った皿を優しく取り上げた。


「まあ、心配いらない。またいつでも作れる。これは冷蔵庫にしまっておくから、食べたかったらいつでも食べればいいよ」


 吸血鬼がプリンを冷蔵庫(吸血鬼は館に来て早々に発電機を備えた。必需性の高い家電は大抵揃っている!)に入れて戻ってくると、他の二人ときたら、たいそう仲のよろしいことで、エリザベスが自分のプリンを一口分掬い、ミカの口に運んでやっていた。ミカは瞳を固く瞑って口だけ開けており、まるで雛鳥の餌やりだ。


「ミカ、平気ならちょっと、さっきの話で思ったことがあるんだが」

「ん? なんすか?」


 施されたミカはもぐもぐとしながらパチリと目を開ける。吸血鬼は再びミカの向かい側に座り、ミカが語った過去の出来事を思い出すように人差し指をクルクルと回しながら喋る。


「君は最初に、天井のアレが『記憶を戻してくれた』と言ったが、さっき話してくれたものは、君の記憶とはいえない。話の中には、君の姉しか知りえないやり取りや、博士とやらが一人で行った実験など、君が不在の現場で起こった出来事が含まれていた。まるで、レディやセレーンさんの過去を記録した例の『日記』のようじゃないか。つまり、アレは、君に記憶を戻したのではなくて、『君の記録』を、その頭に詰め込んできたんだ」


 天井のアレというのは、もちろん、ミカの言うところの「ウィジャボードの幽霊」のことだ。ミカたちを館に招き入れ、ここに閉じ込めている犯人……と、予想されている存在である。あの幽霊に似た「黒い人影」が大食堂の天井画に描かれていることから、吸血鬼は天井画の人影を「ウィジャボードの幽霊」であると断定して、「天井のアレ」と呼んでいる。

 ミカは後頭部に両手を当てて、天井画に描かれた黒い人影を仰ぎ見た。


「あー、言われてみれば、姉さん目線の記憶もなんとなく頭の中にあるしー、そういうことっすね。でもまあ、言い方の問題でしょ?」

「言葉の綾で済ませてはいけない。何が起こっているかを把握するのは、とても大事なことだ。例えば、さっきの話の内容と、君の名前が書かれた日記の内容が一致しているとすると、アレは今、何故(なにゆえ)か焦りを感じているのだと考えられる。つまり、日記を開けるには何か条件が設定されているはずだが、アレは、君がそれをクリアするのを待てなかったのだろう」

「なんでそんなに焦ってんの?」

「それがわかればイージーだが」


 吸血鬼は、顎に手を当てて思考している。エリザベスが、「あっ」と笑顔になって、ポンと手を打った。


「ウィジャボードの幽霊は、日記の内容をずっかり丸ごとミカに教えでぐれだのでしょう? それなら、今や日記の鍵も、開けでぐれでいるのではないがじら?」

「そっか、内容は全部知っちゃったから、もう鍵かけとく意味ないっすもんね。吸血鬼さん、日記取ってきてくださいよ。ほら、ここでいろいろ想像してるより、確かめた方が早いでしょ?」

「君たち。私は、さっきの話がミカの記憶ではなく、日記に書かれた記録だと思われると言っただけで、それが日記の内容全てとは言ってないよ」

「それなら、余計に確かめた方がよくないすか?」

「ぞうでずわ。何が起こっでいるのがを把握するのは、大事なごどでずわよ」

「姉さん、その台詞、吸血鬼さんのやつじゃないすか」

「彼の喋り方は鼻につくんでずもの」


 吸血鬼は眉と目と鼻と口をキュッと顔面の中央に寄せた。ミカとエリザベスはしばしば意見がよく合うので、何かを話し合っていると、こうやって二対一になることが多い。ついでに、二人とも吸血鬼ほど慎重派ではないので、吸血鬼が一所懸命考えている間にさっさと次の行動に移ろうとする。そのわりに、実働はお母さん(吸血鬼)であったりするのだ。はっきり言って、ちょっとむかつくものである。


 もう一つ言うと、吸血鬼とエリザベスは考え方の折が合わないため、エリザベスから吸血鬼に対する物言いは常に嫌味っぽかったりする(吸血鬼は、彼女をちゃんと淑女として扱っているのに)。こればっかりは、ミカに対しての男親と女親の差みたいなものだと思っている。

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