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最強の魔法少女でした

 飯田は真っ直ぐにはゴスロリ少女に向かわない。

 右へ、左へ、あるいは飛び跳ねたりスライディングしたり。何もないように見える彼女までの距離を迂回しながら少しずつ埋めていく。

 動きを読ませないため、というのもあるのだろうがどちらかといえばなんらかの攻撃を回避しているのだろう。先程より少し強くなった雪のおかげで俺にも何となく視認できるようになった。

 それは透明な立方体、もしくは直方体の何かで大きさはまちまちだ。重力に従って舞っていた雪がその内部に侵入すると乱気流にでも巻き込まれたかのような不自然な軌道を取り、次の瞬間には消滅する。ただあの中で起こっているのはただの乱気流ではないのだろう。きっともっと触れれば危険な何かだ。

 それが飯田の進行を阻むように次々と現れる。


「相変わらず正太郎はこざかしいねえ。雑魚のくせに」


 そうゴスロリの少女が言った時には飯田と彼女が超至近距離で顔を付き合わせていた。


「雑魚に倒される気持ちはどうだ。最強様よお」


 飯田はほとんど予備動作もなく右の拳を少女の顔面ど真ん中に振るう。


「ダメだ!」


 思わず声が出てしまう。

 さっき俺が彼女に触れようとした時、それは叶わずむしろカウンターを喰らうことになった。彼女に触れようとすればそれだけで大ダメージを受けるのだ。

 しかしそんな俺の心配をよそに、次の瞬間には少女の身体は宙を舞っていた。


「何がダメだって? 陽ノ下」

「いえ……」


 飯田の攻撃が通ったのか……?

 少女は空中でくるりと身を捻り、何も植わっていない花壇の土に足跡を付けた。飯田との距離は三メートルと言ったところだろうか。

 見た感じ外傷はなさそうだ。それどころか心底嬉しそうに頬を綻ばせている。


「あはっ、歪みも使えないくせにこんなことできるんだあ。どうやったのお?」

「教えるわけねえだろ」

「んー、それは残念。でもそんなんじゃくすぐったくもないよ」


 直後、少女が消えた――


「知ってた? 最強って最も強いって意味なんだよお」


 そして次の瞬間には飯田の背後に立っていた。素早い移動とはそういうレベルの話じゃない。あれはワープだ。


「馬鹿にしてるのか?」

「してないよ。そんなんで勝った気になってる愚かな後輩に指導してあげてるの」

「それはありがたいことだ。それじゃあ俺からも一つ教えてやる。ショートレンジは俺の間合いだ」


 瞬間移動したことに驚きもしない飯田は、振り返りがてら上段回し蹴りを放つ。狙いは頭部……だったのだが突如現れた無機質な白い板によって阻まれる。これは歪みによって作られた盾だったのだろう。ガードの役目を終えた板は靄になって霧散する。

 霧散する間にも飯田の動きは止まらない。今度は右のストレート。


「何年の付き合いだと思ってるのお。知ってるよ、君の得意な間合いくらい。その上でこの間合いで戦ってあげようって優しさが分からないかなあ」


 飯田の攻撃はあっさり阻まれる。そしてカウンター。飯田に向かうのは掌底。それをサイドステップで回避。

 いつも飯田は俺と打ち合いをする際、最低限の動作で回避行動を行うが今回は違う。不自然なほど大きな動作で彼女の攻撃を回避した。それはなぜか、その答えはすぐに分かった。靡いた白衣の裾が、彼女の攻撃には触れていないにも関わらず捻じ切れたのだ。

 歪みのせいで彼女の攻撃の当たり判定は見た目通りじゃないというわけか。

 それでも飯田の猛攻は止まらない。拳をメインに蹴りを織り交ぜるラッシュ。飯田の攻撃にほとんど予備動作が存在しない。だから攻撃と攻撃のスパンが極端に短い。

 普通人がパンチを放つ際には、腕を引き、身体を捻り勢いをつけて行う。そうしなければ速度や威力が拳に乗らないからだ。しかし飯田の場合はそれがない。それなしでいきなり高速で高威力の一撃を放てるのだ。少なくとも少女の身体を浮かせて吹き飛ばすだけの威力が全ての攻撃に乗っているはずだ。どうやっているのかは知らないが、普通の人間にはできない芸当だろう。

 応戦する少女はというと、歪みによるノーモーションのガードができるとはいえ、自動で防御できるわけではない。だから防御にリソースを割いている分、攻撃の頻度はかなり低い。


「お得意の歪み中心のスタイルでもいいんだぞ」

「それじゃあ一瞬で終わっちゃって面白くないでしょ」

「昔からの悪い癖だな。そうやって人を下に見てるといつか足元をすくわれるぞ」

「んふふ、少なくともそれは正太郎にじゃないよお。安心して良い」


 飯田は姿勢を大きく下げて下段に回し蹴りを放つ。それはまたも歪みによって阻まれた。そして大きく下がった飯田の側頭部に、ここぞとばかりの膝蹴りが放たれる。よくロリータのスカートであんなに動けるな……。

 飯田は地面に手を着き、大きく身をよじって膝を回避すると、そのまま腕と足を大きく伸ばし逆立ちのような姿勢になりながら少女を蹴り上げる。

 歪みによるガードがない。

 攻撃直後で反応が間に合わなかったんだ。

 ロリータの腹部にめり込んだ靴底。少女は勢いよく吹き飛ばされ、花壇の上で受け身をとるとゆっくり立ち上がる。


「あー、今のはちょっと効いたよお」


 どうやらダメージが通ったらしい。ただ言葉の割にピンピンしているし、表情も柔らかい。


「やるじゃん、正太郎」

「格闘だけなら勝って当然なんだよ」

「あーあ、それでも負けないと思ってたんだよお、私はあ」


 少女はふう、と気の抜けた息を吐いた。


「あーあ、でもお気に入りの服が土で汚れちゃったよお、残念。こんなことなら変身しとけばよかったなあ。もう帰ろっかなあ……」


 確かに泥だらけになってしまっているゴスロリ衣装を、少女はぱんぱんと払っているが湿った泥はそれくらいじゃ綺麗にならない。

 戦意はまるで感じられない。マイペース極めすぎか?


「……逃げる気か?」

「逃げるってえ? 誰があ? 誰からあ?」

「あんたが俺からだよ。俺をぶっ殺すんじゃなかったのか?」

「あはは、あれは冗談。こう見えても私は君の先輩だよお、あんな安い挑発に乗ったりしないって。それにかわいい後輩を殺したりも今はしないってばあ」


 いや、さっきのは絶対挑発に乗ってマジでキレてただろ。という言葉が喉まで出かかったがなんとか飲み込む。俺は彼女の後輩じゃないし、余計なことを言えば殺されかねない。

 ていうか先輩なの? あの子が飯田の?


「それに私が興味あるのは正太郎じゃなくてそっちの陽ノ下ひかりちゃんだから。そもそも君のことなんてアウトオブ眼中なのお」

「あっそ。帰るならとっとと帰れ」

「あらあ、いいのお? そんなあっさり帰しちゃってえ」


 飯田は白衣のポケットに手を突っ込んでいつものように背を丸める。


「俺は寒いから帰る。行くぞ、陽ノ下」

「は、はあ……」


 開けっ放しだった扉からだらだら校舎へ戻っていく飯田の背中を追う。さすがに一人で彼女の前に残るのは嫌なので飯田が戻るというのならば俺も戻るしかない。


「そうだ、正太郎が服弁償してよお! せっかくだし桃花たちも誘ってさあ、久しぶりにみんなでお買い物行こうよお!」

「次会うときは俺たちがあんたを殺すときだ」

「……そっかあ、それは楽しみだね! ひかりちゃんは? 女の子のお洋服とか好きでしょ?」

「あ、服はプレゼントで間に合ってるんで」


 事ある毎にファンの方々から頼んでもいない服やら何やらが送られてくるので、着られていないかわいい服が押し入れいっぱいに詰まってるのだ。これ以上はいらない。

 それにこの子と買い物とか地獄か。命がいくつあれば足りるのか分かったもんじゃない。


「……プレゼント? まあいいや。それじゃあ次の機会にねえ!」


 俺はもう二度と会いたくないけどな。

 鉄の扉が閉じる。彼女が追撃してくるような気配はない。


「よかったんですか、見逃して」

「ああ、不本意ながら俺と今の陽ノ下ではあの人には勝てない」

「でも飯田先生の攻撃は俺のと違って当たってたじゃないですか」

「攻撃が当たるのと倒せるのとでは全く別の話だ。それに今の準備じゃあ稿以上戦うのは無理だ。本当は最初の一撃で深手を負わせてやるつもりだったんだがな」


 飯田は左手に着けていたブレスレットを外して見せてくる。純白の石が一周、文字通りの数珠繋ぎになっている。

 この石には見覚えがある。俺が初めて桃花と出会った日、熊の歪物との戦闘で彼女が使っていた石と同じもののようだ。確か歪みを発生させられるレアアイテムだったか。桃花が持っていたものはこんな風に球状に整えられたりはしていなかったが。

 そして当時は分からなかったが今なら分かる。あの石からは微量だが歪みを感じる。

 そんな数珠は飯田の手の上で……サァァと砂のように崩れてしまった。


「曲涙珠って石だ。これで無理やりあの人の装甲をぶち抜いた」


 その石が消耗品だからこれ以上は戦えなかったわけか。その割に挑発してたけどな。


「俺もそれを使えばあの子にダメージを与えられるようになりますかね?」

「理論上は可能だろうな。ただこいつはあくまで歪みを発生させるものでしかない」

「つまり自分でやるのとそう変わらないということですか……」


 アイテムを使って歪みを発生させてもそれを操作するのは自分自身だ。ならば発生させるところから自分でやった方が簡単だと。


「ああそうだ。しかも曲涙珠の歪みを歪みとして出力するのは通常とは別のコツがいるらしい。難易度の割に効率も出力もイマイチだから陽ノ下が使うことはないだろうな」

「そうですか……」


 まあまずは自分の歪みを使いこなすところからだな。近道はないか。それでも次に目指すべき強さは見えた。


「正直もっと強くなった気でいたんですけどね……」

「馬鹿言え。まずは稽古で俺に勝ってから言え」

「それはちょっと、できる気がしないんすけど……」


 ふらつく足取りで階段を踏み外すが、手すりを掴んでなんとか踏ん張る。さすがに連戦は体力的にキツいな。


「おいおい、大丈夫か?」


 飯田は一瞬俺に伸ばしかけた手を再びポケットに収めた。


「俺は大丈夫です」

「そうか。悪いな、本当は歪みの使い方についてもっと教えられりゃあいいんだが……」

「いえ、基礎はしっかり教わりましたし、歪み以前の戦い方についてはたくさん勉強させてもらってますから。おかけでいままではしっかり歪物を修正してこられたわけですし」


 ともあれ今日の戦いで歪みの使い方についてヒントは得た。今後はもっと強くなれるはずだ。

そうして次に彼女と会った時には一発殴ってやらないと気が済まない。葉子を歪物に変えた犯人は彼女でほぼ間違いないのだから。


「そういえば訊きそびれていたんですが、あの子は何者なんですか?」

「あー、そうだな。あの人についてはこの後保健室でしっかり話そう。必ずまた会うだろうからな」

「了解です。じゃあ話は変わりますが葉子さんと安藤先生がどうなったか知ってます?」

「安藤君は病院へ、上山は飯櫃神社が保護したと連絡があった。上山の方は外傷はなかったしすぐに家に帰れるだろうとのことだ」

「そうですか。とりあえず無事なら良かったです」

 ほっと息をつく。同時に力が抜けてまた階段から転げ落ちそうになるもなんとか踏ん張る。凄まじい疲労の中で階段を降りる。もう死にそう。保健室に着いたらベッドにダイブしよ。

 この身体になってから階段の一段一段が高く感じて辛いんだ。平時でさえ。




「先輩は!?」


 飯田が保健室の扉を開けた瞬間だった。彼が押され海老のように仰け反ったのは。その肩をがっちり鷲掴んでいるのは巫女服女。普段の様子からは想像もできない興奮を隠そうともしない大声が廊下に反響した。


「人見……」

「飯田君、先輩はどこ!?」

「もうとっくにどっか行ったよ。冷静になれ」

「桃花さんが取り乱してるなんて珍しいっすね」

「ひかりさん……無事だったのですね。すみません、取り乱しました」


 え、なにその意外そうな顔。俺無事だと思われてなかったの?

 それなのに俺より先輩とやらの行方を気にしてたの?

 ひとつ屋根の下で半年も暮らしてる身からするとちょっと複雑な気持ちなんですけど……。

 桃花にとってそれほど縁の深い人物ということか。

 ていうかそんなことより今の一瞬でめっちゃ空気が重くなったんだけど。なんでこの人たち無言で見つめ合ってんの? 目と目で通じ合ってるの?

 それにしてはお互い顔を顰めてるけど。


「……とりあえず中に入って座りません? 廊下は寒いですし」

「あ、ああそうだな」


 ベッドにダイブは諦めよう。

 二人がムッとしたまま席に着くのを後目に俺はポットのお湯でインスタントコーヒーを作る。三杯。

 それらをだらだらとトレーに載せて振り返る。

 なんでこの人たち一言も喋らないの?

 授業参観の時も喧嘩してたよな、そういえば。あの時も先輩がどうとか言ってた気がする……。

 マジで何者なの、先輩。


「あの人は人見と一緒に歪み使いをやっていた人だ。俺たちよりひとつ上で名前を吉田(よしだ)月姫(かぐや)という」

「え、一つ上って年齢の話ですか!?」

「ツッコムところはそこですか……」

「まあ無理もない、陽ノ下は歪み使いになって間もないからな。歪みは一定以上の成長を阻むんだ。だから彼女の容姿は中学一年生の頃のまま。まあ髪は染めたのかなんなのか知らんが真っ白になっていたが」

「え、でも桃花さんはちゃんと大人になってますよね?」


 桃花に目をやる。

 彼女もかつては魔法少女だったはずだが、子供にはありえない非常にグラマラスなプロポーションをしている。これで成長を阻まれてるとか無理があるだろう。


「私は大人になることを選びましたから。条件がおおまかに三つあるんですよ。まず歪みを扱うにふさわしい心を失わないこと」


 何かが好きなこととそれに対する自己否定。その葛藤が歪みを生み出す条件だ。つまりふさわしい心というのはこれのことを指しているのだろう。


「次に大人にならないことを望むこと、またそれを可能にするだけ歪みの操作に長けていること。そして最後に歪みの力が衰えないこと。そもそも通常歪みというのは個人差はあれど遅くとも十八歳になる頃には消えていってしまうものなんです。でもたまに例外がいる。自身がその例外であることが最後の条件というわけです」

「なるほど。ちなみに俺ってどうなるんですかね。このまままた大人になるんですかね?」

「いや、それはないな。どういうわけか陽ノ下の身体は会った時から少しも成長していない。身長も体重も、こんなに動いてるのに筋肉もついていない。つまり例外中の例外だな。と、話を戻すぞ」


 俺って成長しないのか。いや、まあその方がいいけど。いまのままで可愛いし。理想を言えばもう少しだけ大きくなりたい気もするけど。


「さて、話は戻るが、吉田月姫は最強だ。それに正義感や使命感も人一倍強かった。どんな歪物も被害者を出すことなく一瞬で修正する。飯櫃神社にも重宝されていて、要請があればこれを快く引き受け、全国どこにでも駆けつけて歪物を修正していた」


 正義感や使命感なんて今の彼女からは想像もできない言葉が出てきたな。ぶっ殺すとか言ってたし。


「当時の彼女は本当に素晴らしい人だったんですよ。歪み使いとしてはもちろんですが、普段も困ってる人を見過ごせない人なんです。人格者という言葉が彼女のためにあるような、そんな人。そうそう、そんな性格のせいでいつも学校に遅刻していましたね。ふふっ、転んだ子供の手当をしていたーとか、おばあさんの重たい荷物を持って家まで送ったーとか、毎日そんな理由で遅刻してくるものだからみんなに呆れられてたんですよ」


 桃花が口に手を寄せて上品に笑った。いつもにこにこにやにやしている彼女だが、こんな顔は始めてみる。嬉しそうで楽しそうで、それでいてどこか照れるような笑み。思い出の中の少女を思って思わず漏れたそんな表情。

 ああ、そうか。人見桃花は――


「彼女の口癖はいい子でいるとパパが喜ぶ、だったな」


 飯田は不機嫌を隠そうともせず桃花を睨みつける。


「な、なんだか今の話だと全然悪いことする人には思えませんが……」


 そもそも完全な悪役と決まったわけではないしな。飯田と反りが合わないだけなのかもしれない。だとしたら俺は飯田の味方をしたいと思うが。


「あの人は変わったんだ。十五年前やつと戦ってからな」

「やつ?」

「最強の歪み使い吉田月姫が唯一修正できなかった歪物だ。俺や人見、他にも十人以上もの歪み使いが救援に来たが全員が瞬く間に戦闘不能に陥った。そんな中遅れて駆けつけたあの人が満身創痍で撃退してその場は何とかなったんだ……」

「じゅ、十人でも歯が立たなかった歪物をたったひとりでですか。めっちゃヒーローみたいっすね」


 俺、そんな人と戦ってたの?

 勝てるわけなくない?


「そうです。月姫先輩はまさにヒーローだったんですよ……。当時お父様が亡くなったばかりで気を落としていたのに私たちを助けてくれたんです」

「だがその戦闘後彼女はめっきり姿を現さなくなった。時々姿を見せたと思ったら人を歪物にする方法を見つけたとか、その歪物で歪み使いを殺したとかそんな報告を嬉々としてしてくるようになった。変わったというより彼女の中で何かが壊れてしまったのかもしれない。そしてここ数年はめっきり姿をみせていなかったんだ……」

「うーん、分からないですね。どうしてその最強の歪物との戦いで変わってしまったんですか? 何かあったんですか?」


 彼女が変わったこと自体は分かった。だがその理由がまるで見えてこない。


「すまないがそれが分からないんだ。きっと戦闘中になにかあったんだと思うんだが、歪み使いもほとんど気を失っていたし周辺に目撃者がほとんどいなかったからな。初めて犠牲者を出してしまったことへのショックかもしれないし、歪物を追い詰めながら修正できなかったことへのショックかもしれない。さっき人見がちらっと言ったように直近で父親を亡くしていることも関係ないとは言えないかもな。だが客観的事実として彼女が壊れたのはその戦闘からだ。理由がどうあれあの人の行動は看過できない。ここ数年で彼女が関与していると思われる歪物とその被害は全国で数十件にも及んでいる」


 桃花に目をやるがその顔に表情はない。いつも以上に何を考えているのかが分からない。だが口を挟まない辺り、飯田がデタラメを言っているわけでもないらしい。もっとも最初から疑ってはいないが。


「なるほど。彼女が危険人物で倒さなきゃいけない対象であることは理解しました」

「それは違います!」


 桃花がばっと身を乗り出してくる。その様子を見た飯田は何か言いたげに俺の方を見たが、何も言わず視線を桃花に戻した。


「月姫先輩が関わらなくたって歪物になる子は絶えないですし犠牲者だって出ます。それにどちらにしても彼女は誰にも倒せません。それは実際に戦ったのならひかりさんにも分かるでしょう?」

「それは、まあ……」


 彼女が本当に俺を殺す気だったなら戦闘にすらなっていなかっただろう。


「なので彼女は放っておくべきなのです。いたずらに犠牲者を増やす必要はありませんから。それにきっと彼女には彼女なりの考えがあって行動してるんです。それを確かめずに倒そうなんてダメに決まってます。どんなに倫理観に欠けることでも社会的に悪とされることでも彼女の行動には必ず正義があるはずです」


 恋は盲目……っていうのとは似ているようで少し違うかもしれないな。桃花は吉田月姫の悪性を理解している。しかしその上でも彼女を信じたい、また戦いたくないという気持ちがあるのだと思う。

 そしていたずらに犠牲者を増やしたくないのもきっと本心だ。歪み使いが死ぬことを良く思っていないのはそうだろうが、それ以上に月姫に余計な罪を重ねさせたくないのだろう。


「人見、いい加減あの人のことは諦めろよ……。どんなにそれっぽい理屈を並べたってあの人が許されることはもうない。もう昔の先輩はいないんだよ」


 睨み合った桃花と飯田の間に静かな火花が散った。まずい、このままじゃ喧嘩になりかねないぞ。前も喧嘩してたし……。


「ま、まあ、まずは本人に話を訊いてみるのがいいんじゃないですかね。どうしてそんなことをするのか。話はそれからじゃないですか? 俺も個人的に訊きたいことがありますし」


 さっきまでは必死でそこまで思い至らなかったが、飯田たちの話を聞いていて確信した。きっと彼女が俺をこの姿にした張本人だ。ならば訊く必要がある。俺は元の姿に戻れるのかどうか。いや、戻らなければならないのかどうかを。


「……私は最初からそのつもりです。まずは会って話さないと」

「俺はその必要はないと思うけどな。話そうとしたことならこれまでにもあったが、どうせ適当にごまかされるだけだ」


 飯田が月姫のことを嫌っているのはよく分かった。まあ少なく見積もっても十年以上の付き合いだろうしいろいろあるのだろう。


「どの道たまにしか顔を出さないレアキャラなんだったらそんなに考えてもしかたないですよね」

「そうですね……。まあ言っても分からないなら飯田君の好きにすればいいよ。でも貴重な歪み使いを無駄に使い捨てるのはやめてくださいね」


 うわあ、トゲのある言い方だな。もしかしてこの二人も仲悪いのか?

 ていうか桃花は万が一にも俺が勝つとは思ってくれないわけね。期待されないというのは少し寂しいな。まあ、勝てないのは事実だからしょうがないけど。


「……そんなことしねえよ」


 そうですか、と冷たく言った桃花は席を立ち上がる。コーヒーには一切口をつけていない。


「ひかりさん、そろそろ帰りましょうか。立てますかあ?」


 桃花はにこっと笑った。いつもの調子で。


「そうですね。今日はもう疲れました……」

月姫でかぐやと読みます。

キャラクターはずっと前から決まっていたのですが前話辺りまで名前を考えておらず、終始二つ名的な呼ばれ方をする子になる予定でした。でも名前があった方がいいので二つ名が没になりました。いつか出るかも。

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