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迷路を攻略しました

 対峙するのは赤鬼の歪物。鬼退治だな。タイジだけに。

 なんて我ながらつまらないギャグが思い浮かぶのは余裕だから……というわけではなくむしろ逆である。攻めあぐねているからだ。

 鬼の歪物は大きな鉞を担いでいて、力もかなりある。しかしこの狭い場所でそれは大した脅威ではないのだ。本当に問題なのはあのぼさぼさの髪の毛である。それら一本一本が鬼の意思に従って蛇のようにうねうねと動いている。近づけば巻き付かれて簡単に拘束されてしまうだろう。斬れば斬れないことはないが、巻き付いてくる髪全てをいなすのは俺には無理だ。

 ならばと歪みで創り出した拳銃で弾を撃ち込んでみるも、布のように織り重なった髪で衝撃が吸収されあっさりいなされてしまう。そもそも現状俺が歪みで創った飛び道具は大した威力が出ないのだ。

 鬼の方も一度髪を斬られたせいで俺を警戒しているのだろう。おかげで攻めては来ないのでただただ睨み合っている状態だ。


「がんばえー!」


 数メートル後方、T字路の角からこちらを覗いている白髪の少女はわたあめをぶんぶん振っている。なんかもう映画館で魔法少女を応援するようなノリで。

 この光景を見て恐怖とかそういったものは感じないのか、この子は。


「もっとこう、どかんっ! と」


 勢いよくわたあめを振り下ろす。

 簡単に言うな……と言いたいところだが、


「どかんっ、か……」


 ふむ、ありかもしれないな。




「戦いにおいて歪みが使える強みはなんだと思う」


 体育の授業と称して飯田とやっている格闘練習。基本こちらが一方的に殴りかかって飯田はそれを躱すだけなわけだが、俺はいまだに一撃も攻撃を当てたことがない。

 そんな授業の後、飯田に訊かれたことがあった。


「……それは人間離れした動きができることでは?」

「間違いとまでは言わないが、人間離れした動きは強みにはなりづらい」

「それはどうしてですか」

「基本的に歪みを使って戦うような相手は人間離れした動きをするからだ」


 確かにそうだ。そもそも歪物は人型ですらない場合が多い。お互いに人間離れした動きをするのならそれによって有利になるわけはない。


「とすると……」

「そんなに難しいことじゃない。陽ノ下も自然にできていることだ――」




 俺はしゃがみ込むように膝を折り――それから折った膝をばねのように伸ばして大きく飛び跳ねる。ズドンという破裂音を置き去りにしながら。

 一瞬の上昇が終わり停止と浮遊感。その高さ二十メートル強。

 かなりのスピードだったはずなのだが、左右の壁も俺と一緒に伸びてきていて逃げることはできそうにない。もっとも逃げる気なんてさらさらないわけだが。

 ていうか天井も伸びてくれてよかった。ダメならそのまま突き破ってもいいかと思っていたのだが。

 黄金の瞳で睨んでくる鬼が随分小さく見える。

 高所恐怖症じゃなくてもさすがに命綱なしでこの高さは怖いな……。


「それでも、いくぞおおおおおおお!」


 俺は気合いを入れるために叫んで、両手を振りかぶる。

 その手に創るのはハンマー。いわゆる工具のハンマーではない。柄は一メートル程で頭がドラム缶のようにでかい。それはもうファンタジーの武器でしかないような形状である。

 俺の身体より大きな頭は天井のライトに照らされて橙色に輝く。

 ちょっと太陽っぽい気がするし技名をソルメテオと名付けよう。ダサいかな……?

 勢いをつけるためにハンマーごと空中で一回転。そして重さに任せ、一直線に鬼へ落下する。

 斬れないし貫けないならこうすればいい。どかんっ! とぶっ潰してしまえば万事解決っ!

 飯田が言っていた魔法少女の強み。それはこうして相手に合わせて戦い方を変化させられることだ。保健室で毎日ゲームをやっているのもこういった想像力を養うためだ。前からアニメやゲームの真似をして戦うことはよくあったが、意識することでずっと選択肢の幅は広がった気がする。

 鬼は髪と鉞を頭上に持ち上げ、ガードに徹するような構えをとる。

 意外と賢いな、こいつ。


「ただ、そんなの全部潰してしまえば関係ない!」


 ハンマーの頭が、鉞の柄に当たるがそのくらいでは止まらない。腕ごと潰すように押し込む。続いて髪の束。これには少し減速させられたが俺の勢いを止められるほどではない。続いて頭頂に触れる。


 押し込め、潰せっ!


 黒い靄を噴き出しながらも潰されまいと鬼が踏ん張っているのが分かるが、その足は徐々に膝から折れて鬼の身体はどんどん小さく折りたたまれていく。

 意外とえげつないな、これ。

 だが今は手を抜いている場合ではない。ごめんな。

 鬼の抵抗する力は思ったより大きい。髪も身体も全身を使ってハンマーを押し返そうとしてくるのだ。


 ……あと数十センチっ!


 ハンマーの下に赤い光が見えた。

 このまま――と、止まった。

 わずかに足りなかった。ハンマーの頭は確かに歪みの根源に触れているが、潰すにはわずかに勢いが足りない。そして空中で停止した俺の身体はハンマー諸共髪によって弾き飛ばされてしまう。

 力は弱い。三メートルほど飛ばされたところで着地した俺は、ハンマーを手放し、小太刀を創り出し、再び距離を詰める。

 根源が露出している今、再生する前なら攻撃を当てられる。頭がほとんど潰れているせいか歪物の髪の毛も先ほどまでのように器用には動いていない。

 潰れた鬼の根源に刃を振るう。

 靄のせいで視界は悪いが、根源は赤く光っているのでかろうじて見えている。


 やれるぞ……!


 ――と、思ったのも束の間。腹部にバスケットボールでも当てられたかのような衝撃。そのまま後方に吹き飛ばされ、T字路の壁に叩きつけられた。


「ま、まだ何か隠してたのか……?」


 ちかちかした視界を三回瞬きして復帰させる。

 と同時に、


「犬!?」


 そう、ただの犬だ。真っ黒なラブラドール・レトリーバー。足が六本生えていなくて、口が花のように四つに分かれて開いてさえいなければ。

 それが俺めがけて――いや、違う、俺のすぐ横にいる少女に向けて走ってきているのだ。


「ナチュラル!?」


 初めてだ。少女が驚いたような声を上げたのは。

 しかしこれは何に驚いている?

 自分の方へ歪物が走ってきていることではなさそうだが……。

 と、そんなことを気にしている場合ではない。

 少女に跳びつこうとした犬の首をガッと掴んで頭上を回して反対側の通路の床に叩きつける。


 ――ぎゃうん!


 と不気味な声を上げた犬だったがすぐに立ち上がる。

 グルル、と威嚇してくる犬は、少女との間に立つ俺を回り込むように少し横に移動するが、そうしたってこの狭い空間で俺を避けて少女を攻撃することはできないぞ……!

 T字路の真ん中に立つ俺、それを挟むように犬と少女、それからもう一本の通路、数メートル先にいる鬼は損傷が激しかったおかげかまだ再生できていない。

 さあ、どうしたものか……。

 再生されて囲まれると厄介だしまずは瀕死の鬼の歪物を確実に倒しておきたいところだ。しかし俺がここをどいてしまえば犬の歪物は少女を狙いかねない。なぜか歪物は一目散に彼女に向かっていったからな。

 いや、そうか。今なら俺の銃でも根源を砕けるかもな。露出しているし、さっき防御に使っていた髪も上手く動かせていない様子だ。

 俺は犬から目を逸らさず銃を創って鬼に向ける。アニメで見たようなのを真似たSFチックな黒い銃だ。多分現実にはないし、内部の構造も適当だ。それでも弾を撃ち出せるのだから歪みは偉大だ。

 そんな引き金に手を掛け、狙いをつけるためにほんの一瞬鬼を視界の中心にとらえた――その時だった。隙ができるのを待っていたのだろう。視界の端に捉え続けていた犬が消えた。

 違う。消えたんじゃない。

 タンッ、とノックするような軽い音が頭上から聞こえた。


「は、はやっ」


 俺が気づいた時にはもう犬はその六本の足で壁を蹴り、牙を剝き出しにして少女に跳びつこうとしていた。

 間に合わない。歪みで強化した反射神経で反応こそできたものの、だからと言って俺の動きは奴に追いつけない。見えているからこそそれがはっきりと分かる。刀を創っても銃を創ってもそれを振るうだけの時間はない。

 くっ、少女が喰われる様をただ黙って見ているしかないのか……!?

 どっひゃー! と漫画のように両手を高く上げてどこかわざとらしく驚いた彼女は、ずっと大事そうに持っていたわたあめも放ってしまっている。

 最後まで呑気なリアクションだが今度こそ本当に死ぬぞ。

 ダメだダメだダメだ。死なせちゃいけないし殺させちゃいけない。これは絶対だ。

 だがどうする? 為す術はない。これも絶対だ。


 ――頼む。歪みの力よ、なんとかしてくれ……!



「もう、しっかりしてよね、陽太君」



 トクン、と心臓が跳ねる。

 声の主は犬と少女の前に突如として現れた。白髪の子とはまた別の少女。陽ノ下ひかりによく似た容姿の彼女が、白髪の子を突き飛ばし、犬の攻撃を回避させたのだ。

 そしてそんな彼女自身が代わりに嚙みつかれた……と思ったのだが、そこにはもう誰もいない。犬は勢いあまって床に激突し、ごろごろと数回前転した後に体勢を立て直した。


「ほのか、だったのか……?」

「何今の何今の、ねえねえ、君が出したの!?」


 興奮したような白髪の方の少女の声で、完全に思考が止まっていたことに気づかされる。

 大丈夫。状況は動いていない。すぐに思考が戻って良かった。

 ひとまず今は謎現象についてはおいておこう。おかげで犬とも距離がとれた。今はそれでいい。

 鬼は下半身の形が戻りつつあるが、まだ再生しきってはいない。損傷が激しいとさすがに再生にも時間が掛かるみたいだな。

 よし、今ならやれる。

 と、銃を構え直した――はずだったのだがその手に銃はない。


「はれ……?」


 激しい眩暈。ふらついて倒れそうになったのを壁に寄りかかってなんとか踏みとどまる。気づけば変身も解けて制服姿に戻ってしまっている。

 前に全裸になってしまったことを受けて、改善しておいた甲斐があった。力尽きる度にキャストオフしてたんじゃ健全な魔法少女を名乗れなくなるからな。

 そんなどうでもいいことを考えている場合ではない。どうやら俺の中の歪みが枯渇したらしい。新しく銃や小太刀を創り出すこともできそうにない。

 そんなに無茶な歪みの使い方はしてないはずなんだが……。

 まあ、心当たりなんて一つしかないか。さきほど現れた謎の少女。どういうわけかあの子が俺の歪みを根こそぎ持っていったらしい。


「くそ……。せっかくのチャンスが……」


 一難去ってまた一難。チャンスどころかピンチまであるぞ、この状況。

 いや、歪みが使えなくたって体張って女の子を守ることくらいはできる。それが大人としての務めだろう。ロリコンじゃなくたって普通そうするさ。

 ふらつく足でなんとか壁伝いに移動して、少女の前に立ち犬を睨みつける。


「逃げて」

「んふふ、それでもいいけど君、死んじゃうよぉ?」


 この期に及んでまだ余裕そうに笑ってやがるよ。

 犬は俺を警戒しているのか、じわじわゆっくりと距離を詰めてきている。それは不幸中の幸いだ。もう俺に戦う力なんてひとかけらも残ってないからな。


「いいから早く逃げろっ! 二人して死ぬことないだろ!」

「うーん、そういうのいいね!」


 謎のサムズアップ。


「でも残念ながらこの場は問題なく解決しそうだね」

「は?」


 タァン!!


 その音は狭い通路に乱反射し、耳を壊さんばかりの轟音として届いた。

 とっさに音の方向を見ると、鬼を取り巻く黒い靄がより激しく爆発するように噴き出していた。

 そしてそんな靄の中から人影が現れる――


「まなさん!」


 いつもの玩具のような長銃を携えたまなが来てくれた。しかも鬼を倒してくれたっぽいぞ。さすがだ。


「ひかりさん! 無事でよかった」

「俺は大丈夫。だからこの子、を……ちょっ」


 俺が背にかばったはずの白髪の少女はいつの間にか俺の前に出ていて、


「私、思い通りにならないことと、美味しく食べてたものを台無しにされることってすごく嫌いなんだよねえ」


 言葉とは裏腹ににっこにこの笑顔を浮かべた少女の白い瞳の中心には犬の歪物が映っている。この子の瞳はさっきまでこんな色だったか……?

 と、その直後だ。

 犬の身体が雑巾のように絞られ、破裂した。跡形もなく、鳴く間もなく。

 宙に唯一残ったのは紅い宝石。歪みの根源だ。

 一体何が起こった……?

 もちろん俺がやったのではない。まなの方に目をやるが、彼女も目を丸くして首を横に振って見せてくれる。


「一体、なにが……?」

「今日は面白いもの見れたよお。やっぱり君は期待に値する!」


 ぽんっ!


 俺の肩を叩いた少女は踊るようにくるくるゆらゆらと上機嫌で迷路の通路を歩いていく。そしてすぐの曲がり角を折れたところで姿が見えなくなった。


「ちょっ、待って――」


 俺がふらつく足取りで後を追おうとするも、そこは壁。曲がり角なんて存在していない。

 しかも、いつもの間にやら根源もなくなっている。代わりに女の子が倒れているようなこともない。残っているのは床に落ちた大きなわたあめだけだ。


「本当にどういうことなんだ……」

「ひかりさん、大丈夫っ!?」


 あっけにとられている俺に、まなはすぐに駆け寄ってきてくれる。


「うん、おかげで助かったよ。それより、歪物だった子は……?」

「潰れかけてた子はあそこ。犬の子は……いないかも」


 まなが指をさした方向には、二つ結びにしてもなお床につきそうな長髪の女の子。容姿から察するに中学生くらいだろう。見たことのない制服はこの辺の学校のものではないだろう。


「ここ、どこ……?」


 そら目が覚めたら迷路の中だなんて困惑しない方がおかしいだろう。ともあれすぐに立ち上がっているし大事なさそうなのは安心だ。


「ま、でもどういうわけかは分からないけど、犬の歪物も倒れてたみたいだから一件落着、かな?」

「うーん、そうかも。歪物の気配もなくなっちゃったし……」


 まなが歪物の気配がなくなったというのならそうなのだろう。腑に落ちないような顔はしているが。

 もし透明化なり瞬間移動なりそういった類の能力を持っているのなら、戦っている中で使っていたはずだ。いや、そもそも俺らと戦う必要がなかったのではないだろうか。だから逃げたりしたとも考えづらい。

 これに関しては俺が考えても分からんな。あとで桃花にでも訊いてみよう。


「邪魔だなあ、髪切ろうかな」


 鬼の歪物だった少女は自らのツインテールをいじりながらそんなことを言っているが、絶対もっと気にするべきことがあると思うのだが。


「お姉さんも迷ってるの?」


 あくまで自然に声をかける。もう普通に歩けるくらいには体力は回復した。


「迷ってる、っていうか……」

「実はひかりたちもこの迷路から全然出られなくて」


 たはは、と弱ったように笑って見せる。それとなく状況を説明しながら。そんな俺にまなは、


「ちょっと、ひかりさん、修正した子とあんまり関わっちゃダメだって……」


 なんて耳打ちしてくる。


「まあまあ、こんなところに訳も分からず放置じゃさすがにかわいそうだよ。出るまでだけね」


 本当は桃花の言いつけ通り彼女とはあまり関わらない方がいいのだろうが、少しくらいならまあいいだろう。そもそも関わることの何がいけないのかよく分からないしな。


「迷路……。その制服、隣町のお嬢様学校の……」

「お姉さん文化祭に遊びに来たんじゃなかったの?」


 てっきり文化祭で遊んでいたらなんらかの理由で歪物になってしまったものだと思っていたがそうでもないらしい。それにしても隣町から来たのなら制服を見ても分からないわけだ。


「うーん、そんなことないんだけど……。そもそもあなたたちの学校には縁もゆかりも……ってそんなことどうでもいいよね。迷路、一緒に出ようね」


 と、三人で歩き始めた。状況整理のためか少女はずっと考え事をしているようだったので、特に会話もなく歩く。意外にもゴールはすぐそばにあった。三分も歩かなかったと思う。

 体育館を出たところで「それじゃあお姉さん、またね」なんて手を振って彼女とはお別れをした。自力で歩けていたし、体調等もよさそうだったし問題ないだろう。


「もう、二人ともどこ行ってたのよ。急にはぐれるなんて……」


 彼女の背中を見送っていると、先に出ていた今日香から不満のお言葉をもらった。どうやら今日香はあの謎空間には巻き込まれなかったらしい。危険な事にならなくて本当に良かった。


「ごめんね。気づいたらはぐれちゃってて。まなさんはひかりを探しに来てくれてたんだ」

「そ、そうなの。ごめんね」


 俺の嘘に乗っかってまなは申し訳なさそうに手を合わせた。


「もう、まなもそうならそうと一言くらい言ってよね。まあ、いいわ。それより次はどこに行こうかしら」


 今日香ははあ、とため息を吐くとすぐに笑顔に戻ってそう言った。

 トラブルはあったがまだまだ文化祭を楽しむ時間はありそうだ。


もうすぐブックマークが100件にいくみたいです。すごい。

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