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文化祭で遊びました

「めずらしいな、上山はいないのか?」

「まあね、でも学校には来てるよ」


 廊下で見かけた山田の肩を後ろから叩いて、「おっす」と挨拶すると彼も「よお、陽ノ下」と答えてくれた。それから俺の後から歩いてくる今日香とまなを一瞥してそう言ったのだ。


「そう言う山田君も一人? そっちのがめずらしくない?」

「いいや、みんな校庭にいるよ。俺はちょっとトイレに来ただけ」

「ふーん、校庭って何かやってるの?」

「校庭はね、ストラックアウトとかフリースローとか外運動部の出し物みたい」


 そう教えてくれたのは俺の腕に抱きつくようにくっついてきたまなだ。なぜだか不満げな視線は山田を捉えている。ていうかフリースローってバスケ部だろう? それって外運動部なのか……?


「そういうこと。それでこれから遊ぼうってとこなんだけど陽ノ下も来るか?」


 山田はまなの視線には気づいていないらしく、いつも通りの爽やかイケメン顔だ。


「行く行く。いいよね? 面白そうだし」


 どうせあてがあるわけでもなくうろうろ歩き回っていたところだ。と二人の方を見ると、


「いいんじゃないかしら」

「ひかりさんが行きたいなら……」


 なぜそんなに頬を膨らませるのか。そんなに校庭が嫌なのか……?


「嫌なら無理しなくてもいいよ」

「行くよ。ひかりさんだけで行かせるわけにいかないし……」


 まなは頬を萎めるとわざとらしくにこっと笑った。

 何を考えてるのかまるで分からんぞ。女子小学生。



 一方男子小学生は実に分かりやすいものだ。


「一番得点とったやつにみんなでジュース一本奢りな!」


 クラスの男子九人全員がまとまって遊んでいたようなのだが、ストラックアウトの前で誰かがそう提案した。しかもみんな賛同。

 それにしてもびりが全員に奢りとかじゃないのが小学生らしくて良心的だよな。


「陽ノ下もやるだろ?」


 陽キャなノリで誘ってくる山田。


「えー、ひかり参加したらみんなジュース確定だけどいいの?」


 大人と子供の差を見せつけてくれるわ。


「そうなるといいな」

「陽ノ下の冗談は面白くていいね」


 なんかげらげら笑われたんだけど。くそう、後悔させてやる。

 そんな風に始まったストラックアウト大会。九つの的にそれぞれ数字が割り振ってあり、野球ボールを三球投げてヒットした数字の合計が得点となる。それを俺の前に男子九人がチャレンジしたのだが、現在山田の二十五点が最高得点。なかなか高いが、全部九点をとれば問題ない。


「女の子用のラインもありますよ」


 と野球部のユニフォームを着た高校生の先輩に声を掛けてもらったが、


「いえ、大丈夫です」


 なんてどや顔で大人用のラインに立つ。みんなここから投げたのに俺だけハンデをもらったら申し訳ないだろう。それに大した距離じゃない。一番非力そうな加藤でも的にボールを届かせられていたし。


「ひかりさん、がんばってー」


 参加せず見ているまなの声援に片手を上げて応えてから、野球ボールを握った右手を大きく振りかぶる。

 要は身体の使い方だ。小学生なら男子と女子に体格差なんてほとんどない。それでもスポーツをやらせれば女子の方が劣る場合が多い。結局男子は習い事でスポーツをやっていたり、外でよく遊んでいたりと身体の使い方に慣れているのだ。だが、元男子で大人な俺にはそのハンデはない。まあ野球はほとんどやったことないけど。

 ともあれ狙いは九点のみ。よーく見て狙いを定めて、えいっと渾身の力で投げたボールは一直線に飛んでいく。思った通り的に届かないなんてことはない……のだがボールはどこにも当たらず的の向こう側にいた野球部員にキャッチされてしまった。


「な、なぜ……」


 たった一球で俺の一位が潰えたんだが……。

 みんなが、「どんまいどんまい」と優しい言葉を掛けてくれるのがより悔しい。

 く、くそう。見返してやるからなあ。


「い、今のはちょっと練習だから!」


 もう勝ちの目はないが、ここから二球とも九点に当てれば汚名返上できるだろう。

 俺は再び大きく右手を振りかぶった――。




「まあ、元気だしなよ。俺と同じだし」

「加藤君……」


 俺と同じく0点の加藤だ。彼はクラスメイトの男子で、俺とはオタク仲間。


「二人とも惜しかったよ」


 それと自分は参加していなくてもなんだかんだ楽しんでストラックアウトを観戦していたまな。俺の腕を抱き寄せて基本笑顔なのだが、時々加藤に威嚇するような視線を送っている。謎だ。

 そんな三人で裏庭にあったタピオカミルクティーの出店に並ぶ。今の文化祭ってこんなおしゃれな店もあるんだなあ。裏庭には他にもカラフルなわたあめやフルーツサンドなど食べ歩きできそうなスイーツの店がたくさんある。ちょうどおやつ時と言うこともあって大盛況だ。


「そういえばさっき熊の着ぐるみと上山が歩いてるの見かけたけど一緒じゃなかったのか?」

「ああ、あの着ぐるみ安藤先生だよ。お昼まで一緒だったけど二人で食べ歩きするとかで別れた」

「なるほど。ほんと、上山は安藤先生にべったりだな」

「もしかして妬いてる?」

「そ、そんわけないだろ」

「あはは、冗談だって」


 加藤、真っ赤になっちゃって可愛いな。小学生の頃の色恋って大人になってからのそれよりずっと重大事件だったなあ。

 それにしても加藤は男子だしオタク仲間だしで話しやすいな、やっぱ。


「ひかりさん、もう順番だよっ」

「ああ、ほんとだ。タピオカなんて久しぶりだなあ」


 気付けば前にいるのは残りニ組だけだ。

 タピオカが流行ったのはもうずいぶん前だが、完全に消えることはなく、ブームで終わらずすっかり日常に溶け込んでいる。俺が最後にタピオカミルクティーを飲んだのは大学生の時だからもう七、八年前のことだ。その頃まなや加藤君はまだ赤ん坊だな。

 そう思うとなんだか微笑ましいな。


「なんか花藤さん、陽ノ下と一緒だとテンション高いよな」

「そ、そんなことないと思うけど……」


 いや、その返答がもう俺に対してよりもずっとテンション低いんだけど。

 とはいえ初めて会った時のまなはすごく大人しい印象だったし、こっちの方が素なんだろう。俺にこうなのは馴染んでくれてるからなのか、それとも気を使っているのか。前者だと嬉しいなあ。


「まあなんでもいいけど」


 加藤は本当に興味がなさそうに頭の後ろで手を組んだ。

 この二人は仲が悪いとかそういうのじゃなくてあまり関りがないんだな。教室でも男子と女子の間には壁があったしそのせいだろう。そういう時期か。異性と話すのは恥ずかしい、みたいな。まあこういうのは成長と共にが解消されていくことなのだろう。知らんけど。


「タピオカミルクティーを十二個ください」


 加藤とまなのぎこちない関係を尻目に、売り子の先輩にそう注文する。


「じゅ、十二個っ!?」

「山田の分だけでいいんじゃないか」

「そうだけどせっかくだしさ。みんなで飲もうよ」


 たしかにルール上一位の山田の分だけを買えばいい。みんなから集めたお金も一杯分しかない。それでもお祭りだからな。


「も、もしかして陽ノ下ってお金持ち……?」

「あー、いや、文化祭のためにちょっとお小遣いもらったというか、そんな感じで……」


 文化祭価格で安いとはいえこれだけ大人買いすれば小学生には高すぎる額になる。

 俺本当は大人だし、桃花から歪物退治の報酬ももらっているし、最近では配信でちょっとお小遣いもらってるし。実際小学生の感覚で言えば超お金持ちには違いないのだが、それで家庭環境とか勘繰られたりしたら厄介なので適当にごまかしておく。

 いや、まあ、まなも葉子も今日香もお嬢様でお金持ちっぽいから、俺もあんまり気にしなくていいかもだけど。

 と、それはさておき、四つずつ袋に入れてもらって三人で分けて持って校庭へと戻る。そして一人一つプラスチックのカップを配ると――


「おお、陽ノ下さんごちそうさまです!」

「陽ノ下気が利くなあ」

「一生ついてきます!」


 まるでヒーローでも迎えるかのような歓声が上がった。こんなことでそこまで大げさに喜ぶかね……。


「あなたまた女子に嫌われるわよ」

「え、俺……ひかり、やっぱり女子に嫌われてるの!?」


 一通り男子に配り終えてから、最後に今日香とまなにカップを渡す。


「やっぱり、ってことは多少の自覚はあったのね……」

「わ、わたしは嫌いにならないからね。ひかりさんのこと」

「まなさん、ありがと……」


 うーん、もしかして俺が思っていた以上に俺って嫌われてるのかも……?


「陽ノ下、次はフリースローやろう」


 早くも空になったカップを持って、山田が指さしたのは校庭の脇にあるバスケットボールコートだ。


「おうよ、今度は負けないぞ」

「え、陽ノ下が勝つところ想像できないんだけど」

「誰だ、今言ったやつ!!!」


 俺も残りのミルクティーを一気に飲み干して少し前を歩く男子集団に追いつく。

 




 校庭は遊びが豊富で、大人げなく夢中になっているうちに陽が沈みかけていた。文化祭一日目終了のアナウンスが流れて初めてそれに気がついた。

 誰から言い出したわけでもなく解散の空気が流れ始め、家の方向ごとにぱらぱらと男子が別れていく中、


「駅まで一緒だろ、陽ノ下」


 加藤が俺にそう声をかけてくれた。加藤の顔は夕日の朱色に染められている。


「葉子さん探さないとだから先帰っていいよ。ごめんね」

「あ、ああ、そうか」

「うん、また休み明けにね」


 手を振ると加藤は手を胸の前まで上げて返してくれて、早足で校門の方へ帰って行った。


「意外とドライだよね、ひかりさんって……」

「なんていうかまなさんも大変そうね……」


 などと最後に残った今日香とまなは二人して苦笑いしている。


「何の話?」

「なんでもないわ。私が思うに葉子さんは、最後にデザートが食べたいとか言って甘いものを食べているわ」

「なるほど……。そしたら裏庭とか。さっき行ったらスイーツの店がたくさん出てたよ」

「じゃあ裏庭に行ってみようか」


 今日香が行き違いにならないようにと、スマホで葉子にメッセージを送ってから裏庭を目指して歩き出す。出店はどこも今日の片づけと明日に向けた準備で忙しそうだ。

 やっぱりこういう青春みたいなのはいいなあ。あわよくば俺も中学生までここで過ごして文化祭やりたいものである。

 キラキラな笑顔で忙しなく行き交う中高生。その邪魔にならないように裏庭の端をぐるりと一周すると――いた。

 ベンチに並んで二人。熊の頭を隣に置いた安藤と、虹色の綿あめを食べずに持っている葉子。葉子が楽しそうに話して、安藤はそれに相槌を打っている。


「葉子さー――」

「ちょっと待って」


 俺が声を掛けようとすると今日香に腕を引っ張られて止められる。なんかこれさっきも似たようなことあったな。


「ど、どうしたの?」

「ちょっとだけ、様子見ましょ?」

「そ、そうだね。雰囲気よさそうだから、少しだけ」


 今日香だけじゃなくまなまで。盗み聞きなんてなんていい趣味じゃない、なんて思いつつも多数決では勝てない俺は二人に続いてベンチに近い茂みに身を隠した。


「ありがとう。上山のおかげで今日は楽しく過ごせたよ」

「うちも楽しかったぞ」


 葉子のショートカットが彼女の動きに合わせてしおらしく揺れる。

 そんな彼女の頭に置かれようとした安藤の手はその直前で止まった。今の時代少し触れるだけでも問題になりかねないからな。そのままなでてやれば葉子は絶対喜ぶだろうけど。


「上山が楽しかったなら先生もよかった。陽ノ下たちも来ればもっと楽しかったのにな」

「……先生はひかりたちも一緒の方がよかったか?」


 後ろ姿しか見えていないが、口調も動きも落ち着いている。普段の溌剌とした雰囲気とはまるで違う。安藤の前では葉子もちゃんと恋する乙女なんだな。もっとも安藤は担任だし普段の葉子の様子も良く知っているわけだから今更猫を被ったって仕方ないのだが。いや、そういう問題ではないのかな、こういうのは。


「そりゃ、みんないれば楽しいと思うぞ。陽ノ下だけじゃなくて花藤も本田もな」

「そ、そうだよな。うちもそう思う……」


 安藤、ギャルゲーならその選択肢はハズレもハズレだぞ。教師として特定の誰かを特別扱いはできないのかもしれないが。というかそもそもやはり安藤は葉子をそういう目では見てはいないんだろうな。


「でもうちは今日は安藤先生と二人で楽しかった! 安藤先生と二人がいい時もあると思う!」

「そ、それはありがとう……」


 はっきりとした葉子の発言に、安藤はぽりぽりと頬を掻いている。きっと照れくさそうな顔をしているのだろう。

 俺の隣ではまなと今日香が「今のってほとんど告白じゃない!?」「安藤先生の鈍感っ!!」なんて小声で言いながらキャッキャと盛り上がっている。

 しかしそれとは裏腹に安藤と葉子の会話はそこで途切れてしまった。


 ……………

 ………

 ……祭り後の喧騒が二人の間の静寂をより引き立てる。


「そろそろ出ましょうか」


 そう言って最初に茂みから出て行ったのは今日香だ。まなもそれに頷き、俺もやれやれとゆっくり立ち上がる。


「――あ、いたいた。葉子さん、そろそろ帰りましょう」


 あたかもたった今葉子のことを発見したような態度だ。


「今日香。そうだな、あんまり遅くなると怒られるかもしれないしな」

「気を付けて帰るんだぞ、三人とも」


 すっかり気を取り直した安藤はいつものように快活に笑った。


「先生、またね」


 葉子が名残惜しそうに綿あめを振っている後ろから、俺たちも「さようなら」と挨拶して四人で門をくぐる。


「意外と安藤先生脈ありなんじゃない?」


 なんて言い出したのは今日香で、


「そ、そうかな?」


 と葉子が満更でもなさそうにはにかんだ。


「ちょっと鈍感すぎる気もするけどね」


 俺はその会話をただ黙って聞いていることしかできない。きっとこの恋が実らないであろうことを知ってしまっているから。

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