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悪食な式神は呪われている。  作者: 桐谷雪矢
鈍いのろい呪い。
12/25

5.

 和泉たちが泊まるテントは、中央にテーブル一台と、ベッドにもなるソファが三脚、出入り口付近にはバーベキューセットが一式が、あらかじめ用意してあった。

 荷物を下ろすと、和泉は防水タイプのサコッシュにスマホと札を入れて紐をしっかり締める。財布はポケットだ。ふたりには、防水スマホじゃないのかよ、と笑われたが、札は濡らすわけにいかなかったので、笑って済ませる。


「六時頃には食糧配給があるらしいで、それまでは自由行動とす」

「よぉし、いっくぞ~っ」

「あ、おい、待てってば、はしゃぐなっ」


 三人はちびっ子かっというノリで走る。

 途中に、矢印看板がいくつか出ていたが、茂みに隠れてよく見えないままに、先行している木山が、こっちだな、と判断して矢印の方へと進んでいた。ふたりはついていくだけだ。


「木山、ちびっこい分、すばしっこいのな」


 ぜえぜえと息を切らす島井は、割と文化系だ。木山もオタク系で文化系なのだが、来る途中の電車の中で、実はな、とコスプレイヤーだと知らされた。意外と脱いだらすごいらしいが、知ったこっちゃない、と笑い飛ばしたふたりだ。

 和泉はごくごく一般的な体力は持ち合わせているが、部活からも引退していて身体を動かすのは久し振りだった。

 三人の歩く速さがばらばらで、どんどん距離が開いていく。


「ちょい待て、木山。島井がおしまいになってる」

島井(しまい)がおしまい……」


 前を歩く木山が足を止めて振り向いた。


「ひねりが足りん」

「いやいや、ただの偶然の駄洒落だってば。じゃなくて、違う、木山、足速すぎ」


 和泉も深く息継ぎしながらとりあえず木山を止めさせた。

 少し、違和感があった。

 ゆっくりと周囲を見回す。

 確かにキャンプをするような山なのだから、ある程度は鬱蒼としていても当然だ。しかし、なにかおかしいと感じたのは、和泉だけのようだ。

 耳を澄まし、意識して気配を探るが、札の効果は抜群だった。


「それにしても、道、こっちでいいのか? すげぇさっさと歩いてるけど」

「矢印看板があるから、それを辿っているのだが……むう、そういえば、先に行ってたカップルはとても軽装だったな。あんなビーチサンダルではここまで来るのにもひと苦労で、もう追いついていてもいいはずだが……」

「……それ、道を間違えてるって言うんじゃないの? なぁ、いずみん……て、あ?」


 島井はなにかに感づいたらしい。渋い顔つきで和泉を見つめた。

 こくりと小さく頷いて応える。


「木山がさっきから見ていた看板って、どれ?」

「ほれ、さっきもそこにあったぞ……て、ちょっと待て、あれ?」

「なんて書いてあったんだ? 沢はこちら的な?」


 木山は腕組みをして考え込んでいる。和泉は小さく溜め息をついて、島井は木山もかっと頭を抱える。


「木山、看板を見ただけか? 他に何も気にならなかったか?」

「矢印が書かれてる古い木の看板を見つけてな、なんか、これについて行けばいいと思っていたんだが……これ、化かされてるってヤツか?」


 目をまん丸く見開いて驚いている木山は、おおっこれはすごい体験だっ、すぐに上げねばっ、と、早速SNSにネタを提供すべくスマホを弄りだした、が、アンテナ表示が立たないことに気付いた。


「圏外……? そんなはずは……」


 あああああ、と今度は和泉は頭を抱えた。

 巻き込んだ……?と、困惑して申し訳なさそうに島井を見る。

 島井もわかっていながら誘ったので、仕方ないさと肩を竦める。

 そのふたりの様子に、木山もなにか感づいたらしい。


「貴様ら、なにか知っていたのか?」


 ふたりは顔を見合わせてアイコンタクトを交わすと、まぁ、ちょっと腰掛けて話そうか、と近くの倒木に腰を下ろした。


「……んと……木山はさぁ、心霊現象とか超常現象とか、そういうの、気にする……?」


 おそるおそると、それでも割と直接的に尋ねてみる。

 木山はむむ?と口先を尖らせて、首を傾げた。


「気にするというのも変だろうが。いやそれ、美味しかろう? やっぱりコレ、そういう事案なのか?」


 オタク系はいい意味で話が早かった。ふたりはほっとして、今回の話に乗ったところから話しだした。


 ここは以前、遠足で来た時にはじめて和泉が見えるとわかったところで、それからずっといろいろ見えてしまう体質で困っていたこと。先日、助けてくれた人に出会って以来、どういうわけか一気にすごく見えるようになって日常生活にも不便だったこと。今はその助けてくれた人が札とかくれてどうにか生活はできていること。


 酒寄がどうやら本来は式神だったらしい、とは伏せておいた。言う必要もないだろう。


「おおお~っ、俺は今、とんでもなく興奮しておるぞっ」


 木山の瞳がきらきらと子どものように煌めいている。話してよかったんだか悪かったんだか、判断に苦しむが、否定されなかったのは幸いだった。


「そういうことだから……まずは、元のキャンプ地に戻ろう」


 島井は立ち上がって、促すように和泉の肩を叩く。それに和泉も頷いて見上げた空に、大きな鴉が飛んでいた。

 見たこともない大きさの鴉が、三人を見下ろして鋭い視線を向ける。大鷹よりも大きい、鳥として見たこともない大きさだ。


 かぁかぁあああああぁ。


 奇妙で耳障りな鳴き声に、和泉だけでなく、島井も木山も見上げて驚きの声をあげる。

 ふたりにも認識される異常に、和泉はなんだか安心してしまったが、そんな場合ではない。


「とにかく、急いで戻ろうっ」


 三人は元来た道を探りながら走り出した。


 その時。


 キャンプ地へと急ぐ三人を少し離れた岩場から見下ろしている男がいた。

 年の頃は三十代か、無精髭を生やしてミリタリー系ファッションで身を固めていた。それが似合う程度には体躯もしっかりしている。

 髪は黒いが瞳がやけに明るい色をしている。


「鴉が見えたのか……?」


 肩に届く長さのぼさぼさした髪は、数日洗ってもなさそうだ。男はその頭をわしわしと掻いて、ふぅん、と興味深そうに口角を上げた。



 とにかく下の方へと下りていけばどこかに出る、と三人は黙々と歩いていた。

 夏の日は長い。それでも四時を過ぎると空気が変わってくる。なんだかんだ言っても山なのだ。


「さっきの、あの、でっかい鴉みたいなの、アレも、見えたらダメなヤツなのか?」


 やや泣きが入った声で島井が呟く。


「そりゃあ、あんなでかい鴉がいるわけねぇし?」


 和泉は空を見上げた。すでに鴉の姿はない。それでもなにかの気配がついてくるようで、ずっと背中にぞわぞわとしたイヤな感覚がついて回る。

 島井が口を開いたことで、凝り固まった空気が少し緩んだ。


「いずみん、最初にここで見たなにかとは、どんなモノだったのだ?」

「なんか、犬かと思ったら、犬っぽいなにかって感じの……ってか、おい、木山までその呼び方すんの、やめろってっ」

「ふむ、犬……ああいうヤツか?」


 木山が指差した先に、それはいた。

 犬と言うには醜悪な、手足の先は人間のよう、犬のような体つき、顔はネコ科のような……サイズは大きめのタヌキだろうか。そんな形容し難い異形の動物がこちらを見ていた。


 ついてきた気配はこれか。


 和泉は札を取り出そうか、迷った。

 刺激してもっと大物が出て来たらどうしようもない。


「ふふふふふ、コレで俺様もついに能力者の仲間入りかな」


 思った以上にポジティブだ、と感心するやら呆れるやら、だったが、危害を加えてからでは遅い。和泉は意を決してサコッシュから札を抜いた。それを犬らしきモノにかざす。

 犬らしきモノは、きゃうっ?と鳴いて、ずずず、と後退りした。きゅんきゅん鳴いて、空を見回し、なにかを探す素振りを見せる。


 鴉を探しているのか?


 咄嗟にそう思った三人は、とりあえず他に意識を移した隙にと、再び急いで帰路を探す。

 ふたりの後ろを歩きながらも札を確認していた和泉は、例のとっておきのではない人形の札を見つけた。


 こいつなら。

 正しい帰り道に導いてくれるかも知れない。


 なぜそう思ったのかはわからない。直感だった。式神の札を抜き取り、酒寄の式神の呼び方として聞いていた方法を試す。

 息が掛かるように口元に添え、呪を唱えた。


「キャンプ地までの道を辿れ。急急如律令っ」


 果たして。式神は、ぽふんっと小さな人形となり、走り出した。意識していたのが酒寄だったせいか、やっぱりこれもちっちゃい酒寄の姿になっている。

 喋りはしないが、くんっ、と顎を上げて和泉を見上げ、大きく頷く。

 そして、歩いているのとは違う方向へと走り出した。


「島井っ、木山っ、たぶんこっちだっ」


 前を行くふたりを呼び止めて、式神の後を小走りで追いかけた。


「どうした、道を思い出しでもしたか?」


 式神を呼んだところは見られていなかったらしい。それどころか、前を行く式神まではふたりとも見えていないようだ。


「そんなところっ。説明はあとだっ」


 酒寄が用意した式神には、山のおかしな怪奇としか言い様がない現象の影響はないらしく、ほどなくして三人は人がいる道まで下りてこられた。

 少し広くなったところに、作られてそれほど経っていない綺麗な看板があった。キャンプ地と周辺の遊び場を紹介している。まばらにいる人たちが、それを見て、次はここへあそこへと期待に満ちた表情で語っている。


「戻れ……た……?」


 へにゃへにゃと島井が膝をついた。

 木山は目をぱちくりさせて周囲を見回す。

 役目を終えた式神は、いつの間にか紙切れに戻っていたが、土埃にまみれてぼろぼろだ。和泉はそっと拾い上げて、サコッシュに戻した。


「もう遊ぶ時間も少なそうだなぁ……シャワー、借りようぜ。なんか気持ち悪い」


 ふたりも和泉に賛同して、ふらふらとレンタルシャワーがある施設へと歩き出した。




「ほぉ? 何者だろなぁ、あのガキは」


 式神を呼び出して戻っていくところを、犬らしきモノを通して男は見ていた。

 にやにやと口端に笑みを浮かべ、面白そうにしている。


「ま、そのうちどこかで出会うだろうさ……商売敵になんねえといいがなぁ」


 呑気に呟いて、男は再び山の奥へと戻っていった。



 そして、和泉が式神を召喚した時、酒寄はぎりぎりと全身を締め付けられるような苦しさを感じていた。

 今までに感じたことがなかった。

 頭の中に手を入れて掻き回されているようで、痛いというより気持ちが悪かった。

 そして、ばらばらに並んでいたモノをきちんと並べ直されていくおかしな感覚。


「……あたしゃ……探さないと……呪いを……かけた人の……」


 拝殿の中、酒寄はそのまま気を失って倒れ込んだ。



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