第34話:バックイドラス 対 街の魔法少女
蒼とティナが相部屋生活を始めた頃、ウボーム前線基地では、大城市への再侵攻の準備が着々と進んでいた。
オピスにより、新たな能力を得たザルドが不敵に笑う。
度重なる失態を犯したバーザは追放され、新たな前線指揮官が彼の横に佇んでいた。
「やっとあの女に復讐ができますわ」
声の主は、ティナと同じか、僅かに年上程度の少女であった。
額からは1本の捻じれた角が伸び、背中には赤い翼、手足は鱗に覆われ、鋭い爪が指先から生えている。
そして深紅の瞳には、深い憎悪の色が宿っていた。
「ククク……。貴様の負の感情の強さ、見せてもらおう」
「はっ! 必ずやティナを捕らえ、あの地を焼き払ってまいります」
そう言うと、少女は背中の羽を広げ、転送陣の上にフワリと舞い降りた。
「キメラゼルロイド・バックイドラスよ! フェルに続くのだ!」
巨大なコウモリ型のキメラゼルロイドが彼女と共に転送陣へ入っていく。
「ティナ! 首を洗って待っていなさい!!」
フェルと呼ばれた少女の叫びと共に、二つの影は転送陣の光の中へ消えていった。
■ ■ ■ ■ ■
『大城市中心部にキメラゼルロイド出現! ダークフィールドの発生を確認!』
突然館内に響き渡る非常アナウンス。
昼食の後片付けをしていた蒼達に緊張が走る。
「行くぞみんな!」
蒼が皿を水の張られた流しに放り込み、4人もそれに従う。
ティナの投げたそれが危うく流しの外、床に落下しかけたが、間一髪、詩織がキャッチした。
「ブレイブウィング発進! ブレードホーク、レイズイーグル発進!!」
蒼が腕のデバイスに叫ぶ。
ものの数分とかからず、次々と飛来する翼たち。
「変身!合体!」
「変身装着!」
「メタモルフォーゼ・ユナイト! アクエリアス・フルーゲル!」
詩織が変身。残る二人はコンバータースーツを装着する。
蒼は響を、香子はティナをそれぞれ抱え、3つの翼が青い夏の空へ次々と舞い上がっていった。
「私たちも行くわよ!」
「ガッテン承知です!」
3階モニタールームの宮野、御崎もまた、急いでSST制服に着替え、エレベーターで地下に急行する。
地下には小さなプラットフォームがあり、光風高校の魔法少女部地下に隠された超小型リニアレールが待機していた。
二人を乗せたそれは、音を遥かに超えた速度まで加速し、5分とかからずSST本部地下格納庫に到着する。
「ガンスプリンター、バスタークロス、ブラスターイージス出撃よ!」
リニアから飛び降りながら御崎が叫ぶ。
既に3台は出撃前点検を完了し、いつでも発進できる状態になっていた。
「私が前線指揮取るから、宮野くん! あとはよろしく!」
御崎はそう言い残し、ブラスターイージスに乗り込むと、豪快にエンジンを吹かせて出撃していく。
「皆さんご無事で!」
走り去る3台のマシンを見送り、宮野はオペレーティングルームへ駆けあがっていった。
■ ■ ■ ■ ■
大城市西側の住宅街を覆うように展開されたダークフィールド。
世間では学校の夏休みや企業の夏季休業が重なる時期ということもあり、平日昼間であるにも関わらず多くの人々が在宅中であった。
空を包む漆黒の闇と、空に逆さまで浮かぶ巨大なコウモリ型の化け物。そして闊歩する異形のトカゲ人間たち。
平穏な夏の昼下がりを楽しんでいた町は大パニックに陥っていた。
ある場所ではリザリオスが親子連れを追い回し、またある場所では家屋を破壊する。至る所で火の手が上がり、人々の悲鳴が辺りを包む。
笑い声をあげながら、リザリオスは街を蹂躙していた。
そんな阿鼻叫喚の光景を、物陰から眺めている少女が一人、いや、二人……三人……。
何人もの少女がその様子を歯嚙みしながら見据えていた。
「こんな状況でも手出しするなってことなの……!!」
彼女たちは以前、カラインに捕えられ、ゼルロイドの体内に閉じ込められていた魔法少女であった。
SSTに保護され、その際に独自回線による連絡網を渡された彼女たちは、SSTが持つウボーム軍に関する情報を適宜与えられている。
その情報と共に送られてきた“警告”。それは「ダークフィールド内では決して変身し、戦ってはいけない」というものだったのだ。
SSTの専門部隊、協力関係にある魔法少女、そしてサポーターの少年が対処するので、彼らが到着するまでの間、安全な場所に避難、待機せよ。
彼女達も強い使命感をもって戦いに身を投じている手前、このような警告を受けることに若干の屈辱を感じていたが、カラインの牢獄から救ってもらった恩や、得体のしれない異次元人との戦いへの抵抗から、一応素直に従ってはいた。
だが、目の前で見知った顔の人々が傷つき、恐怖し、逃げ惑う様を見て、冷静にその警告を守ることが出来た魔法少女は決して多くはなかった。
「やめなさい! 私が相手よ!」
勇気か、蛮勇か、一人の魔法少女が絶対的不利を知りながら飛び出していく。
ダークフィールドの気に当てられ、肩で荒い息をしながらも、得意の技を敵の群れへ放った。
それに続き、次々と魔法少女が現れ、街を攻撃するリザリオスへ反撃を開始する。
「ランブルビート!」
「バーストレーザーレイン!」
「氷刃……一閃!」
黄緑の魔法少女の音撃が子供たちを襲っていたリザリオスを蹴散らし、緋色の魔法少女のレーザー網が群がる敵を絡め取る。
天色の魔法少女の構える刃が、一回り巨大なゼル・リザリオスを一刀両断する。
治療の力を持つ者は負傷者の救護に向かい、消火や、修復を得意とする者は燃え広がる炎を食い止め、街の脅威へ対処していく。
これまで会ったことも、会話したことも殆どない彼女達だが、街を救うという使命感によって強力な連携を見せていた。
恐怖に支配されていた人々が見上げた空を飛び交う魔法少女と、色とりどりの閃光。
リザリオスの軍団は次々と倒され、敗走に転じている。
町の人々の目に希望が宿り、大きな歓声となって魔法少女達に力を与える。
その声に後押しされ、一部の高い飛行能力をもつ魔法少女が、宙に浮かぶバックイドラスへ攻撃を仕掛けようと上空へ舞い上がった。
「ふふふ……。思った通りですわね」
上空、ダークフィールドの天井にぶら下がるキメラゼルロイド、バックイドラス。
その翼の上で不敵に笑うフェル。
香子や詩織ならば、迫る危機に気付くことが出来たかもしれない。
以前、ウボームが使った悪趣味な罠。
バックイドラスがゆっくりと翼を広げた。
そして、それに呼応し、ダークフィールドの上空に渦のようなものが出現した。
■ ■ ■ ■ ■
「見えた! よりによって住宅密集地だぞ!?」
ダークフィールド発生から延べ20分後。
蒼達が大城市の上空へ到達する。
街には避難勧告が出され、至る所でサイレンが光っている。
「蒼。アレSSTの車じゃない?」
香子が指さす先、地下駐車場のゲートから見覚えのある車両が飛び出してくるのが見えた。
SSTの緊急通用路は街の至る所に存在するようである。
降下し、その車列の上を飛行する魔法少女部一同。
パワードディアトリマも合流し、魔法少女部、SST二つの総戦力がここに揃った。
『高瀬くん! 今度はあの壁、バッチリ破壊して見せるわ!』
御崎から通信が入る。
相変わらず前線に出てきたがる人だ。
「あの境界を壊す手段見つかったんですか?」
『君と佐山さんがやったことをヒントに、ブラスターイージスの装備を改良したの! 目にモノ見せてあげるわ!』
なるほど、ブラスターイージスをよく見ると、以前装備されていたパラボラアンテナに変わり、折りたたまれた傘のようなものがルーフに装着されている。
どうやらそれが対ダークフィールド必殺武器のようだ。
高速で走り続けていると、ダークフィールドの境界面が迫ってきた。
「御崎先生! よろしくお願いしますよ!」
『ええ! ぶち破るわよー! ボーダーブレイカードリル! 展開!』
車両の天井に畳まれていたアームが動き出し、前面へ伸びていく。
同時に、傘のように畳まれていたアームが展開し、パラボラ型に広がる。
『佐山さん! 変身お願い!』
「お……おう! 詩織! 代わるぞ!」
「はい!」
詩織と響が変身を交替し、黄色い粒子に変わって真っ赤なエネルギーが辺りを包み込む。
『エネルギー照射開始!』
御崎の声と共に、パラボラ上のアームが回転を始め、周囲の赤い粒子を巻き込み、激しい光の渦を生む。
やがてその渦はパラボラの先へ収束され、逆巻き、深紅のドリルとなった。
『アターック!!』
かつてないテンションの叫び声と共に、御崎操るブラスターイージスのドリルがダークフィールドに突き立ち、勢いよく次元の障壁を削り。掘り進んでいく。
同時に、増設された異次元レーダーが、掘削する障壁の周波数を読み取り、次元妨害波を照射、ドリルを助けつつ、障壁の再生を妨げている。
「うおおお! すげぇ!」
響が驚嘆の声を上げる。
なにせ、自分が1時間あまり殴り続けてやっと破壊の糸口が見つかったというレベルの壁。
それをバターを溶かすかのように掘り進んでいくのだから、彼女でなくとも衝撃的だろう。
『驚くのはまだ早いわよ? それ!』
御崎の掛け声。
すると、回転するドリルがゆっくりと膨張を始めた。
ビシ!ビシ!と障壁に亀裂が入り、ドリルの周辺に大穴が穿たれていく。
蒼が前回、障壁にストロングクラッシャーを突っ込み、こじ開けたのと似たことが起きている。
『次元障壁は、穴さえあけてしまえば容易に裂くことが出来る。高瀬くんのおかげで判明したのよ』
やがてその穴は、パワードディアトリマさえも通ることが出来るほど巨大な縦穴となった。
破壊に要した時間は僅か10分。
前回を遥かに上回る効率であった。
「よし! みんな行くぞ! ウチが先陣務めるぜ!」
まず、誰よりも打たれ強い響が、それに続いて蒼、香子、詩織、ティナがダークフィールド内に勢いよく飛び込んでいく。
濃密なマイナスエネルギーが魔法少女3人の力を奪うが、今回は頼もしい仲間たちが共にいるという安心感のためか、以前のように立つのがやっとという程のデバフは被っていないようだ。
「な!?」
「んぶっ!」
「うわぁ!」
「きゃっ!?」
「むうっ!」
急に響が立ち止まったので、次々と追突し、後ろに倒れ込む4人。
「痛てて……。いきなり立ち止まるなよ!」
蒼の非難の声には答えず、響は無言で空を指さしている
「え? どうかしたの……か……」
その指先に視線を移した蒼もまた、言葉を失った。
後ろに続く詩織や香子も絶句し、ただただ空を見上げている。
闇に覆いつくされた住宅街の空。
魔法少女達が、まるでパーティーの輪飾りが連なるように、十字架にかけられ、並べられていた。





