第35話:魔法少女磔刑
闇に閉ざされた街の空にかけられた、十字架の飾り輪。
磔にされた魔法少女達は皆力なく項垂れ、ピクリとも動かない。
恐怖と絶望の嘆きが、街中から湧き上がっている。
「蒼! 何あれ!?」
誰もが言葉を失う中、香子が並べられた十字架のさらに上空を指さした。
「あれは……穴?」
ドーム状に形作られたダークフィールドの天井。
そこに開いた巨大な穴。
町中から沸き立つ紫や黒色の粒子が、そこへ吸い込まれていく。
不思議なことに、ウボーム魔獣も、キメラゼルロイドの姿も見当たらなかった。
「いや、今はアレが何かはどうでもいい! あの子達を助けるぞ! 新里! 響! 俺と一緒に来てくれ! 香子は下から俺たちを援護! ティナちゃんはウボーム魔獣の出現に備えて香子の傍で待機! 頼んだ!」
そう言って飛び上がる蒼。
詩織と響がそれを追って舞い上がる。
香子は「ちょ……ちょっと!」と一瞬面食らったが、すぐに上空へと意識を向け、彼らに襲い掛かる敵をいつでも攻撃できる体勢をとった。
ティナも香子の背後で角を光らせ、迫る脅威を警戒する。
「大丈夫か!?」
磔にされた魔法少女達の中でも、特に負傷が酷い天色の魔法少女に接近し、彼女に声をかける。
酷いやられようであった。
肩から胸へ貫通した傷、右腕、両足に開けられた風穴、その全てから鮮血が溢れ出し、彼女の美しく凛々しい和風のコスチュームが真っ赤に染まっていた。
「う……」
しかし、これほどの傷を受けても、彼女はまだ生きていた。
蒼の声に、弱弱しく返事をする。
よく見れば、傷口に天色の光が微かに灯り、肉体を再生させようとしていることが分かった。
「今助けるからな……!」
蒼が彼女を幾重にも縛める鎖を強く握り、エネルギーを込めると、バチンという音とともに鎖が破断した。
力なく倒れる魔法少女を抱きかかえ、蒼は緩やかに降下を始める。
体を貫通するほどの傷と、多量の出血。魔法少女でなければとっくに絶命しているレベルだ。
衝撃を極力与えないように、ゆっくり、ゆっくりと次元の裂け目へと向かう。
刹那。彼の背筋を青い奔流が掠めていった。
「蒼! みんな! 上よ!」
咄嗟に蒼が真上を見上げると、上空から巨大なコウモリが勢いよく降下してくるのが見えた。
それ目がけ、香子が次々と光線を放っている。
しかし、敵はそれを悠々と回避し、急降下を続ける。
蒼もエナジーキャノンで応戦しようとしたが、重傷者を抱きかかえたまま戦闘を行うのは危険すぎると判断し、緩降下を続ける。
「先輩! 私に任せてください!」
「そいつを早く運んでやれ!」
蒼の指示を待つまでもなく、二人が蒼と敵の間に割って入った。
「ライトニング・ミラージュ!!」
光の刃が舞い、敵めがけて飛んでいく。
が、空に舞う濃密なマイナエスエネルギーに阻まれ、バックイドラスに命中する前に光となって霧散してしまう。
その間に、敵は二人の眼前に迫っていた。
すかさず響が前面に飛び出し、敵に渾身のカウンターパンチを繰り出す。
だが、激突の瞬間、敵の姿が掻き消え、響の拳が空を切った。
「なっ! 消え……。 ぐああああ!!」
唖然とする間も無く、悲鳴を上げた響。
大振りのパンチを外し、バランスを崩した響の肩に、腹に、足に、白い槍のようなものが次々と突き刺さったのだ。
「響先輩! うわああ!!」
落下する響を受け止めようとした詩織の足に何かが絡まり、詩織はそのまま勢いよく地表目がけて振り下ろされた。
地面スレスレで体制を持ち直したが、そこへ響が投げつけられてきた。
体中を貫かれ、自由が効かない響と、彼女の下敷きになって動けない詩織に、黒い弾丸が降りそそぐ。
「ぐあああああ!!」
「うわああああ!!」
「響―! 新里―!」
天色の魔法少女をSST救護班に預け、蒼は二人の元へ急行する。
その眼前にバックイドラスが姿を現した。
あまりに突然の出来事に、蒼は反応することが出来ない。
驚愕の声を上げる間もないまま、敵から放たれた白い槍に両肩と胸を貫かれ、翼の間から伸びてきた半透明の触腕に巻き付かれ、地面へ叩きつけられる。
「がはぁっ!!」
倒れる蒼目がけて、矢継ぎ早に怪光線を放つバックイドラス。
蒼はシールドを張ろうとしたが、僅かに間に合わなかった。
「ぐああ!!」
胴体が焼き切られ、壮絶な痛みに絶叫する蒼。
香子が蒼を救うべく光線を乱れ撃つが、敵もさるもの。素早く身を翻し、次々とその射線を回避する。
右へ左へと飛び回りながら、敵は蒼に再び狙いを定めた。
「させません!!」
その一撃は、竜化したティナの体当たりで阻止された。
巨大キメラゼルロイドとしては力の弱い方らしく、敵は大きく吹き飛び、燃える住宅に落下した。
「蒼! 大丈夫!?」
味方の優勢を確認しながら、香子は上半身と下半身の距離が少し伸びてしまった蒼の元へ駆け寄る。
「俺はいい……! 早く新里と響……捕まってる皆を助けてあげてくれ!」
「誰がどう見てもアンタが一番の重傷じゃない!!」
「死ぬほど痛いが大丈夫だって……! お前がみんなを助けてる間に再生するから……!」
既に蒼の体は再生を始めており、千切れ、燃え尽きた部分も白い光と共に再構成されている。
「分かった! 再生終わるまで絶対無理しないでね!!」
そう言いながら、香子は響と詩織が撃ち落された場所まで飛翔していった。
蒼はそれを見送ると、一刻も早く再生すべく、身動きを止め、傷口に感覚を集中する。
物陰から迫る者がいたが、意識が再生に向いている蒼は、それに気づく様子はなかった。
■ ■ ■ ■ ■
「新里さん! 佐山さん大丈……ふっ!」
「あー! 今笑いましたね!」
「ウチはもう動ける……動けるんだが……動けねぇ!」
敵が吐いた黒い弾丸はラバーの如き弾力を持ちながらも、恐るべき強度で固まり、二人を黒い玉に封じ込めてしまっていた。
顔だけを出した状態で、である。
大振りな黒玉には響の顔が、それに乗る小ぶりな玉には詩織の顔が出ており、さながら黒い雪だるまだ。
「ふっ……。今助けるから……ふふっ……」
「笑うなよー! ウチら今結構深刻なピンチなんだぜ!? この黒いのに力吸われて脱出が出来ねぇんだ! 長くこのままでいたら力が分解されちまう!」
「分かってるわよ! ちょっと痛いかもしれないけど……はぁっ!!」
香子の手から放たれた、ごく短い光線が黒い玉を分解し、固められていた二人を無事救出した。
「はぁ……はぁ……。ひでー目に遭った。後は捕まった奴らを助ければ万事OKだな!」
「ええ、早く助けてあげましょう」
「蒼も酷くやられちゃったしね……」
蒼はしばらく行動不能だろう。ならば一応副部長の自分がこの場を動かさなければ。
奇妙な使命感に突き動かされ、香子は先ほど落下したバックイドラスの方を振り返る。
戦況は味方の圧倒的優勢だった。
バスタークロスの強力な光線砲がバックイドラスへ確実にダメージを与えていく。
反撃を試みる敵の触腕を、ガンスプリンターの速射砲が次々と打ち抜く。
パワードディアトリマが右足に食らいつき、ブレードホークは左足に突き刺さり、飛んで逃れようとするバックイドラスを地面に釘付けにした。
そこへレイズイーグルの青い光線が次々と命中し、バックイドラスは地響きをあげながら倒れる。
「トドメです!」
すかさずティナが馬乗りになり、エネルギーブレス発射の体勢に入った。
「よっしゃー! ティナ! やっちまえ!」と、響がエールを送ると、詩織もそれに続いて、彼女に声援を送る。
今回の戦闘、もはや自分がするべきことはなさそうだ。と、香子は肩の力を抜き、その様子を見守っていた。
ティナのブレスが、バックイドラスを焼き尽くそうとしたその時。
「お待ちなさい! ティナ!」
突然、辺りに女の声が響き渡った。
「え!?」
ティナはブレスのチャージを止め、思わずその声の方へと首を向ける。
香子達も同じくその声が聞こえた方向、十字架の連なる空を見上げた。
絶望の輪飾りで彩られた黒い空に、先ほどまでとは異なる何かが浮かんでいる。
真っ先に気が付いたのは香子であった。
赤い羽根を持つ……少女のような……。
そしてその手に何か……白いものがぶら下がっている。
「え……」
香子の鼓動が跳ね上がった。
「あっはっはっは!! そこまでですわ! 魔法少女達と、この男の命が惜しいなら……ティナ! その首私に差し出しなさい!!」
ウボーム軍新幹部、最前線指揮官フェルが、蒼の上半身を鷲掴みにして叫んだ。





