第11話:青蒼! 腐れ縁タッグ 対 テナガゼルロイド 〈下〉
「シュトライフリヒト!」
香子の掌から放たれる光線。
ゼルロイドがキックバックで回避する。
「アームブレード!」
ブースターで加速した蒼が勢いよく切りかかる。
長大な腕に防がれる。
強力な攻撃手段こそないものの、テナガエビ型ゼルロイドは二人を完全に手玉に取っていた。
大技を幾度も放った香子はエネルギー場からの供給を受けながらも肩で荒い息をしている。
蒼は前回の反省から消耗の少ない近接武器で戦っているが、それがスペックダウンしている現状、決定打になり得ない状況だ。
「なんでだ……? あんな甲殻くらい簡単に落とせるはずなのに!」
頑丈な甲殻を持つカニ型ゼルロイドの腕をやすやすと切断したアームブレードが、この程度の細腕に防がれる。
おかしい。絶対におかしいと、蒼の意識は完全に囚われてしまっていた。
「エネルギー場との同調率に異常はない……。俺のエネルギーも十分……。何がいけないんだ……!?」
腕時計型デバイスに表示されるウィングのデータを眺め、操作し、何とか打開策を探る蒼。
しかし、それに夢中になるあまり、敵への注意はあまりに散漫になっていた。
自分はあくまでもひ弱な一般高校男子であることや、戦闘において何を最優先にすべきか。
自らの装備の一つが全く通用しないという異常事態を打破しようとするあまり、肝心なことをいくつも意識の隅へと追いやってしまったのだ。
「バカ!危ない!! きゃあああ!!」
「なっ……! 笠原!!」
蒼を庇い、香子が捕えられる瞬間まで、彼は敵に狙われていることに気付いていなかった。
「うっ……! ああっ!!」
香子の左腕を敵の左前肢が捉え、右前肢がすかさず右足を挟み込んだ。
香子の手足を引き千切らんばかりの強さで、腕を広げていくゼルロイド。
「いっ……!! ああああああ!!」
古の引き伸ばし刑の如き、拷問じみた攻撃に絶叫する香子。
「やめろ!! アームブレード!!」
香子を捕える前肢にブースター全開で突撃し、切りかかる蒼。
しかし、「ゴッ」という鈍いがするだけで、その甲殻は揺るがない。
「う……。シュトライフ……。きゃああああ!!」
光線を放とうとした香子にハサミからマイナスエネルギーの電撃を流し込み、彼女のエネルギーを分解しようとするゼルロイド。
「うわああああああ! あぐっ! ああああああ!!」
黒色の閃光に包み込まれ、全身を痙攣させ、もがき苦しむ香子。
徐々に彼女の身を守るコスチュームがばらばらと分解を始め、青い粒子が宙に消えていく。
「こいつ! やめろ! 笠原を離せ!!」
必死でブレードを前肢に幾度も幾度も叩き込む蒼。
流石に鬱陶しくなったのか、敵は香子の肩を挟む前肢を離し、それで蒼を振り払う。
「ぐっ!!」
吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる蒼。
所詮肉体は一般の人間である。
大量に吐血し、あまりの激痛に意識を失いかける。
しかし、彼の稼いだ一瞬は香子には十分すぎる時間だった。
「シュトライフ……リヒト!!」
辛うじて無傷の右手から放たれた青い光線がゼルロイドの左前肢を根元から吹き飛ばし、同時に頭部の甲殻を大きく削り取った。
甲殻が炸裂し、前肢諸共宙を舞う香子。
一気にエネルギーを消耗したためか、飛ぶこともままならず、落下していく。
「うっ……」
「笠……原……!!」
何とか意識を繋ぎとめた蒼が飛び上がり、宙に投げ出された香子を抱きかかえ、敵から大きく距離を取って着地する。
敵もまた左半身に大きなダメージを受け、警戒しているのか、距離を詰めてこようとはしない。
「大丈夫か! 笠原!」
「このバカ……。敵の目の前でフラフラしてんじゃないわよ……」
何とか意識はあるようだが、コスチュームを殆ど分解され、手足を挟み潰されかけた香子は、とても満足に戦える状態ではない。
一時撤退すべきか、蒼は敵と香子を交互に見ながら、悩む。
敵は手負いで、攻撃を強く警戒している。
しばらくはここで傷を癒そうとするだろう。
一旦香子を逃がし、スピードに優れた詩織と再び挑めば、あのカニと同じように倒せるだろう…。
「アンタ、あいつの動きを一瞬でも止められない?」
しかし、香子は未だ闘志を失ってはいなかった。
「お前……! これ以上は無茶だろ! ここは一旦引くべきだ!」
「バカ! その間に野次馬が来てゼルロイドに襲われたら大変でしょ! ここで仕留めきらなきゃ駄目!」
以前この街の守護者と名乗った香子。
彼女は蒼に名乗ったことを恥じていたが、その覚悟は間違いなく本物だった。
ボロボロで立ち上がる香子の姿に、蒼も俄然闘志を取り戻し、彼もまた覚悟を決めた。
「エナジーストームであいつの動きを止める。その間にあいつを撃ってくれ。エネルギー消費がデカくて、その間俺殆ど動けないからすぐに頼む」
蒼のブレイブウィングから円形のファンがせり出してくる。
片膝をつき、片手を敵に向ける香子。
彼女が蒼の方を向き、コクリと頷く。
「行くぞ……エナジーストーム!!」
ファンが高速回転し、周囲の青い粒子を激しく巻き込み始めた。直後。
「!? なっ!! うわあああああ!!」
猛る龍の如き青い濃密な風の塊が渦を巻き、両翼から噴射されたのだ。
その竜巻は廃墟の壁を消し飛ばし、崖の岩盤を抉り、瞬く間にゼルロイドを巻き込む。
「う……!! おおおおおおお!?」
蒼は半ばパニック状態だ。
自分の放った風に飛ばされないようブースターを全開で吹かし、必死に両足で踏ん張る。
青い竜巻は崩落してくる廃墟の天井や崖の巨岩すら、やすやすと巻き込み、バラバラに崩壊させる。
あまりの風に目が開けられず、もはやゼルロイドがどうなっているのかすら分からない。
ただ、周辺にドスンドスンと何かが落ちてきている振動と、腰に何か柔らかいものが当たっている感触は分かった。
「蒼……!! はやく風……止めて!! 早く!!」
香子の必死の声に我に返り、ファンを停止させる。上空から落ちてくる砂塵に混じり、ゼルロイドの甲殻の破片や脚がパラパラと落ちてきたが、すぐに黒い粒子になって消えていった。





