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ベッドがわずかに沈むのを感じて、健太は目を開けた。

ライノが足を組んで座っていた。手には茶碗を持っていて、中身をスプーンですくうと、ふぅうふぅと息を吹きかける。

そして、仰向けのままの健太の口にスプーンをねじ込んだ。


喉がごくりとするのを見て、ライノは満足げに口を歪める。


「どうだ、人間。うめえだろうが。オレ特製の粥だ。味わって食いやがれ」

「スッポンだ……」

「おっ!わかってんじゃねえか、人間。スッポン汁を入れといてやったぜ。それから、ニラ、にんにく、牡蠣、ウナギ、レーバー、あん肝、ハチノコってのもあったか?オレの知り合いから聞いたんだが、なんでも、こいつらを食うと、人間共は元気になってビンビンになるって話じゃねえか?……でもよ、元気は分かるが、ビンビンってなんだ?ま、いっか。おい、人間、もっと食えよ」


ライノが次のスプーンを口に持っていたが、健太は口を閉ざして頭を横に振った。


「不味い……食えない……」

「あぁあん?」

「この料理はスッポンだ……白泉の料理と比べたら、月とスッポンだ……」

「クッ――!オレの料理がスッポンだとッ!しかも、よりにもよって、あの下等バクテリアに劣っているだと――ッ!」


ライノはカッと赤い目を見開いた。

片手を上げて、小指から中指までを折り曲げる。


「来い――ッ!火腐死怒カプシド――ッ!」


次の瞬間、彼女の手は燃え盛る炎をつかんでいた。

いや、ただの炎ではなく、それには形があった。まるでレボルバー式のピストルのような。


「調子にのるなよ、人間。言っとくが、お前の体にはすでにオレのとびきりな弾丸を一発ぶち込んである。で、そのたった一発でお前はその有り様ってわけだ。そこに、もう一発、ぶち込んだとしたら、どうなるか分かるよなあ?ぶち殺すぞ、人間――」


炎の拳銃は健太の額に狙いを定める。


ふっとライノの目から怒りが消えると、彼女は炎を手のひらの中に鷲づかみにした。跡形もなく消滅してしまう。


「ま、今、お前に死なれたら一番困るのは、オレだ。今回だけは特別に許してやる。だがな、二度とオレを下等バクテリア共よりも下に見るんじゃねえぞ。分かったな、人間」


ライノは茶碗の中身をスプーンでぐるぐる掻き混ぜながら、言う。


「しっかし、あれだなあ、人間。ここ数日、お前の体の中にオレは文字通り潜伏していたわけだが、お前の周り、やけにうじゃうじゃいるじゃねえか。どいつもこいつも、オレと同じで、お前のそのとびっきり馬鹿げた体目当てってところだろうよ。だが、手をつけてるのがあの下等バクテリアだけで助かったぜ。そりゃあ、当然か。なんたって、あのイリスがお前に目をつけていやがるからよお。こえー、こえー、あのイリスが」


「イリス会長……」


「はっ!そういや、人間、イリスの近くにいるとヤケに脈拍が上がるが、なんだなんだ、あいつに惚れてやがるのか?やめとけ。あいつは死神だ。人間のことなんか、これっぽっちも思っちゃいねえ。そのうち、人間、あいつに食って殺されるぜ。まぁ、オレが、お前のことを守ってやらないこともないがな。その代わりに条件が――って、おい!いきなり何しやがる!」


健太は起き上がって立ち上がると、ライノを引っ張り立たせた。

そして、彼女の背中を玄関の方へ押し始めた。


「イリス会長の悪口を言うな……」

「あぁ?いや、人間、お前は騙されてんだよ。オレはお前なんかよりもあいつのことをよく知ってる。あいつの本名はイリス・イザベラ・ヴァリオラ。今はその牙を封印されたが、ほんの最近まで、何万、何十万、何千万の人を殺しやがった。史上最悪、最低のウイルス――その名は――」

「イリス、会長の、悪口、言うな……」

「おい!人間、話を聞け!だからな、あいつは――」

「イリス……会長……悪口……な……」


ライノは目を後ろへやる。

そこには必死の形相で背中を押す健太の青い顔があった。


ライノは舌打ちして自分の足で歩き始めた。


「あー、そうかよ!出ていきゃいいんだろ、出ていきゃ!」


ライノは玄関のドアを開けたところで立ち止まった。

ぽつりと。


「ぜってー、死ぬんじゃねえぞ、人間……」


健太は方向を変えてベッドの方へ行く。

ベッドの下に、洗面器が置かれてあった。水が張られていて、タオルが浮かんでいる。

その横には、茶碗とスプーン。


彼の中に罪悪感が生まれドアの方を向き直った。

今まさに、赤髪の最後のさきっぽが外へ出ようとするところだった。

健太はそれに手を伸ばし、言葉を出そうと口を開く――。


ドカッ!、と盛大な物音が響いた。

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