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リスタート

第111章 リスタート


翌朝、里はまだ目覚めきっていなかった。


薄い灯りが通路を照らし、空気はひんやりとしている。

三人は軽めの食事を済ませると、言葉少なに立ち上がった。

昨夜のような会話はない。代わりに、同じ方向を向いているという確かな感覚だけがあった。


祈りの間へ向かう道は、静かだった。

床に刻まれた古い紋様。

壁に残る、消えかけた祈りの痕。

それらはどれも、ここが長い年月を生き延びてきた場所であることを語っている。


祈りの間に入ると、空気がわずかに変わった。

音が吸われ、足音が柔らかくなる。


サラは迷いなく、祭壇の脇を抜け、そのさらに奥へと進む。

表からは見えない裂け目のような通路――裏道だ。

裏道に足を踏み入れた瞬間、三人の歩調が自然と揃った。


 狭く、暗く、湿った通路。

 石の感触。

 空気の重さ。


それは、管理者の建物へ向かったあの日の道と、どこか重なっていた。


凛は無意識に息を整え、縛鎖刀の重みを確かめる。

溝口もまた、視線を前に固定し、記憶の奥をなぞるような感覚に身を委ねていた。


誰も口には出さない。

だが、それぞれが、あの戦いと、その終わりを思い出している。


サラは歩きながら、ふと、胸の奥に引っかかるものを感じた。


(……そういえば)


以前、ここを通ったときのこと。

凛は、この裏道に来たことはないはずだった。


それなのに――


足取りに迷いがなかった。

まるで、知っている場所のように。


サラは一瞬だけ、凛の背中を見る。

外套の裾が、静かに揺れている。


(……気のせい、だな)


サラはそう自分に言い聞かせる。


今は、余計な疑念に意味はない。

凛は凛だ。

ここにいる、それで十分だ。


三人は、さらに奥へと進む。


裏道は次第に古くなり、壁の継ぎ目が荒れていく。

空気に、微かな“違い”が混じり始める。


その先に何があるのか――

それは、まだ誰にもわからなかった。



第112章 古扉



しばらく歩くと、裏道の空気がさらに変わった。


湿り気が薄れ、代わりに張りつめた静けさが満ちてくる。

足音がやけに響き、三人は自然と歩幅を揃えた。


やがて、道の様子がはっきりと変わる。


石垣だ。

だがただの石積みではない。

ところどころに、枝を撚り合わせたようなものが渡され、しめ縄のように結ばれている。

その枝には札が下がり、風もないのに、わずかに揺れていた。


「……これは……」


凛が足を止め、低く呟く。


「巫女の術だな」


サラが即座に答える。


「結界というほど強いものじゃないが、

 “道を保つ”ためのものだ。

 侵す者を拒むというより、

 迷わせないための封じだろう」


溝口は石垣に触れそうになり、思い直して手を引っ込めた。


「札で……道そのものを固定してるのか」


「記憶と祈りを混ぜた術だ。

 この道は、ただの通路じゃない」


三人は慎重に歩を進める。

石垣は古く、崩れかけている箇所もあるが、不思議と足場は安定している。

札が、静かに効いているのだ。


凛は、無意識にその札を目で追っていた。

文字はかすれて読めない。

だが、どこか懐かしい気配がある。


(……やっぱり……)


胸の奥が、ほんのわずかに疼く。

だが、理由まではわからない。


やがて、石垣の道は行き止まりのように見える場所へ出た。


そこに――

扉があった。

かなり大きい。


石と金属を組み合わせたような扉が、壁に“もたれかかる”ように立っている。

完全に閉じているわけでも、開いているわけでもない。

長い年月、誰にも触れられず、ただそこに在り続けてきた重みがあった。


中央には、刻まれた紋様。


砂時計。


上下が逆さになっても、どちらが上か分からなくなる、あの形。


サラは息を呑み、低く言う。


「……やはりな」


溝口は、無意識に一歩引いた。


「管理者の……」


「同じ系譜だ」


サラは頷く。


「だが、同じものとは限らない。

 これは……もっと古い」


凛は、扉をじっと見つめていた。

恐怖でも、興奮でもない。

ただ、胸の奥で何かが静かに反応している。


砂時計の紋様が、視界に焼きつく。


「……ここ、だね」


凛が、ぽつりと呟く。

誰も否定しなかった。


祈りの札に守られた道の先。

巫女の痕跡が色濃く残る場所。

そして、管理者の影を引きずる扉。


三人は、その前に立ち、しばし言葉を失っていた。


ここを越えれば、

何かが変わる。

それだけは、確かだった。



第113章 問扉



巨大な扉の前で、三人はしばらく黙り込んでいた。


砂時計の紋様は、相変わらず何も語らない。

札に守られた石垣の道も、ただ静かに背後へ続いている。


最初に口を開いたのは溝口だった。


「……さて。

 ここまで来て言うのもなんだが、

 で、どうやって開ける?」


率直すぎる問いに、凛が小さく肩をすくめる。


「うーん……」


扉を見上げながら、首を傾げる。


「初めて地下に来た時の扉は……どうだったかな…忘れちゃったけど」


「ふむ…」


サラが腕を組んだまま応じる。


凛は続ける。


「でも……感覚としては、

 “普通に開いた”気がするんです」


溝口が眉を上げる。


「普通に、って……

 取っ手があって、押したら開いた、みたいな?」


「そこまで具体的じゃないですけど。

 扉のほうが、

 “どうぞ”って感じだったというか」


「扉が迎え入れた、か」


 サラが低く呟く。


「管理者が干渉する前の地下なら、

 あり得る話だな」


凛は思い出すように、こめかみに指を当てる。


「で、二度目は――」


少しだけ、表情が変わる。


「縛鎖刀で、無理矢理こじ開けました」


「……無理矢理」


サラが乾いた声で繰り返す。


溝口も続いて答える。


「ああ。

 あれはな…無理矢理感がすごかったな。

 うん……」


凛は即答した。


「その時の事は記憶ありです。

 はっきりくっきり」


「だろうな……」


溝口はため息をつく。


サラは扉に一歩近づき、砂時計の紋様をじっと見る。


「この扉は、

 “迎え入れる”タイプでも、

 “破れば通れる”タイプでもないかもしれん」


「中間?」


「あるいは、

 条件付きだ」


サラは札で封じられた枝と石垣を振り返る。


「巫女がここを封じたということは、

 ただの力押しではなく、何かの札術があったはずだ」


凛は顎に手を当てる。


「じゃあ……

 祈りとか?」


「可能性はある」


サラが頷く。


「この道も、この扉も、

 術の系統は巫女のものだ」


溝口が腕を組み、少し考える。


「管理者の紋様もある」


「うん。

 だから、たぶん……」


凛は扉に視線を戻す。


「“どちらか一方”じゃなくて、

 “知っている者”を試してる気がする」


「知っている者?」


「地下を知っていて、

 でも、支配しようとしてない人?」


サラが凛を見る。


「……それは、

 お前のことか」


「かもしれないし、

 かもしれません」


凛は曖昧に笑う。


「正直、私も自信はないです。

 でも――」


縛鎖刀に軽く手を置く。


「まてまてっ、力で壊すのは、最後の手段にしたい」


「賛成だ」


サラが即座に言う。


「この扉を壊したら、

 何が繋がるかわからん」


溝口は二人を見比べてから、ゆっくり頷いた。


「じゃあ方針は決まりだな」


「まずは?」


「まずは、“普通に”だ」


 凛が少し驚いた顔をする。


「普通に?」


「迎え入れてもらえるかどうか、

 試してみる」


溝口はそう言って、扉から一歩引く。


「で、ダメだったら――」


凛が、にやりと笑った。


「その時は、

 記憶ありの方法で」


サラは小さく息を吐き、苦笑する。


「……頼むから、

 今回は建物ごと壊すなよ」


三人の間に、わずかな笑いが落ちた。


巨大な扉は、何も答えない。

だが、確かに――

彼らの会議は始まっていた。



第114章 開け方



「じゃあ……」


凛が一歩前に出て、扉の前に立つ。


深呼吸をひとつ。肩の力を抜き、手を伸ばした。

指先が、冷たい石と金属の境目に触れる。


 ――びくりとも、しない。


押しても、引いても、回しても、扉は沈黙したままだ。

拒む気配すらない。ただ、最初から「動くつもりがない」かのように、そこに在る。


「……むむむ?」


凛はもう一度、今度は両手で扉に触れる。


その瞬間、外套の内側が、ちくり、と微かに反応した。

羽毛のような布が、風もないのに一瞬だけ揺れる。

だが、それだけだった。

扉は、相変わらず何も語らない。


「うーん…何も起きないな」


凛が首を傾げる。


「では、私が」


サラが前に出る。

慎重に、しかし迷いなく、砂時計の紋様に手を当てた。

術を探るように、呼吸を整え、気配を流す。


 ――何も、返ってこない。


まるで、そこに“術”そのものが存在しないかのようだ。


「……だめだ」


サラは手を離し、低く言う。


「拒絶でも、試練でもない。

 ただ……沈黙している」


「うーん……」


凛は一歩下がり、少し考える素振りを見せたあと、軽く息を吐いた。


「かくなるうえは――」


その右手が、縛鎖刀へと伸びる。

鎖が、かすかに音を立てた。


だが。


「待て」


溝口の声だった。

低く、しかしはっきりと。


凛の手が止まる。


「……溝口さん?」


溝口は答えず、扉を見つめていた。

いや、正確には――扉の“向こう”を、見ようとしているようだった。


頭の奥が、ざわつく。


何かがある。

何かを、知っている。

だが、それは言葉にならない。


(……この感じ……)


思い出そうとすると、霧がかかる。

意識を向けた瞬間に、滑り落ちていく。


溝口の胸の奥に、説明のつかない違和感が広がった。


 ――あの時。


管理者との戦いの中で、

ほんの一瞬、視界の端に映ったもの。


時間そのもののようで、

存在そのもののようで、

“神”と呼ぶしかない何か。


思い出してはいけない、と本能が告げていた存在。


だが、なぜ今――

この扉の前で、それを思い出そうとしている?


(……いや……)


溝口は、こめかみに手を当てる。


思い出せない。

思い出そうとする理由すら、わからなくなっていく。


ただ一つ、はっきりしていることがあった。


「……壊しちゃいけない気がする」


溝口は、絞り出すように言った。


凛とサラが、同時に彼を見る。


「理屈は説明できない。

 でも……この扉は、

 力で開けるものじゃない」


沈黙が落ちる。

凛はゆっくりと、縛鎖刀から手を離した。


「……なるほど」


サラは溝口の表情を見つめ、静かに頷く。


「記録者の直感、か」


「……そう呼ばれると、

 余計に自信がなくなるな」


溝口は苦く笑う。

だが、胸の奥のざわめきは、まだ消えない。


砂時計の紋様は、変わらずそこにある。

だが今は、それが「管理者の印」ではなく、

もっと別の――時間や存在そのものに関わる何かの象徴のように見えた。


扉は、動かない。

けれど、

確かに“何か”を待っている。


三人は、その前で立ち止まっていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

楽しんで頂けたら幸いです。

いいね、ブクマ、コメント等も是非よろしくお願いします!




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