第三話 「仮病で早退したら、保護者に先回りされてました」
「よぉ、ニコ! 元気にしてるか?」
中央格納庫―宇宙連邦軍の軍人達はセントラルと呼んでいる―に足を踏み入れた俺は、黒い機体の前で大きく手を振った。
その機体は学校で使用されている量産機とは違い、全長約十六メートルの黒色の機体。指先は人間のように丸く、腰にはハニカム状のスカートを装着したヴァルキリーだ。
機体名はヒルディスビー。この機体には特殊な能力が使えるらしいが、一番不思議なのは〝ニコ〟と呼ばれる男の子の人格が宿っている事だ。
普通の人間と喋ってるみたいにスムーズに話せるし、他のAIとは違ってカタコトじゃない。俺自身も小さい頃から一緒だったから、〝ニコ〟って呼ぶくらい仲が良いのだ。
ニコは俺の呼びかけに気付くと眼光が黄色に光った。関節部分に緑色のエネルギーラインが通った後、小さく首を傾げる動作を見せる。
『イグニス!? 学校はどうしたの!? まだ、お昼時だよ!?』
「仮病使って早退してきた! ニコにお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
『え? え、えーっと……。話だけなら聞くけど、マリウスに早退したって連絡入れた?』
マリウスというのは俺の保護者であり、ヴァルキリーの操縦を教えてくれた先生だ。
両親が十年前の事件で行方不明になった後、身寄りのなかった俺を引き取ってくれた金髪長身イケメン。性格も優しいし、博識でめちゃくちゃ尊敬できる人なんだけど、めちゃくちゃ厳しい。とにかく厳しい。自分にも相手にもハードルを高く求めるハイスペックイケメンなのだ。
そんな人に本当の事を話してしまったら、絶対に反対されるに決まってる! とりあえず、俺の目標を叶える為にはニコの協力が不可欠だ!
「その前に俺の話を聞いてほしいんだ! 俺、父さんが乗ってた機体を探しに立入禁止宙域に行きたいんだ!」
立入禁止宙域とは、宇宙連邦軍が定めた危険エリアの事を指す。軍が許可していない宙域に侵入し、父が使っていた赤い機体〝グルヴェイグ〟を探す――これが俺の目下の目的である。
今まで過去の記録を調べたり、父さんと仲が良かった軍人に聞き込みをしてきたけど、有力な情報は得られなかった。
だから、今度は原点に立ち返る時だと俺は感じていた。ほら、よく推理物で犯人は現場に戻るっていうだろ? もしかしたら、新しい情報を得られるかもしれない。
『立入禁止宙域は名前の通り、立入が禁止されてるエリアなんだよ? しかも制服で来ちゃうなんてさぁ……。イグニス君、また後先考えずに来たんでしょ?』
ニコが困ったように眼光を曇らせ、拘束具の内側で手を弄っている。勢いでここまで来てしまったし、困らせている事は承知の上だ。俺はキャットウォークの手すりに手をかけ、「それでも俺は行きたい!」と声を張り上げた。
「一週間後に父さんが死亡者リスト入りするんだ! 今行かないと一生後悔する! 俺、嫌なんだよ! 遺体すら埋葬されてない名前だけ刻まれた墓石に集まって、祈りを捧げる大人達の姿を見るのがさ! なんで、そう簡単に自分の家族の死を受け入れちゃってるんだよ!? もっと疑問に思わねぇのかよ!?」
『そ、それはそうかもしれないけど……。他の事は考えないの? 自分の立場が危うくなっちゃうかもー、とか。最悪、退学になっちゃうかもよ?』
ニコが言葉を濁した。多分、立入禁止宙域に入った事で今後の進路や立場が危うくなるんじゃないかと心配してくれているのだろう。
けど、俺は一歩も引かなかった。
「俺の事はどうだっていい! 俺はあの事件の真実が知りたい! ただそれだけなんだ! その為だったら、俺は何でもするよ!」
「……その言葉に嘘はないね、イグニス君?」
「えっ、あ……。マ、マリウス先生? 今は勤務中のはずじゃ……」
機体のコクピットの中から現れたのはマリウス・焔・イクシード――俺の保護者だった。
既にパイロットスーツに着替えているところを見るに、どうやら俺がここに来るのは想定していたらしい。
『アワワワ……』とニコも困ったように唸っている。
想定外の出来事に俺は頭が真っ白になってしまった。
どうして、マリウス先生がここにっ!? この時間帯は勤務中のはずだろ!? つーか、普通にヤバイ!! 俺が仮病を使って早退しちまった事も、マリウス先生の愛機を無断で使って立入禁止宙域へ向かおうとした事も、全部バレてるじゃん! どうする、俺!? どうやって、マリウス先生をどうやって説き伏せる!? トランプや模擬戦でも勝った事のない相手にどう出し抜けばいいんだっ!?
俺は冷や汗をかきながら黙り込んでいると、マリウス先生が軽く吹き出し、「君はいつも詰めが甘いんだって〜」と笑い始めた。
「最近、目に見えて口数が少なくなるし、話しかけても上の空だし、何の事で悩んでるか丸分かりだよ。それに君は高等部に進学したばかりで、自由に動かせる機体は与えられてないもんね。だから、必然的に君がどう行動に出るのか選択肢は限られてくる」
「マ、マリウス先生、仕事はどうしちゃったの? もしかして、俺の心配? 俺、もう十五歳なんだけど……」
「そりゃあ、僕は君の保護者だもの。早退したっていう連絡が学校から飛んでくるし、何かあった時の為に君のデバイスにもGPS仕込んでるからさ」
それを聞いた俺は慌ててデバイスを取り出したのだった。
ちょっと待て! 今、サラッと凄い発言をしたぞ!? 俺のデバイスにGPSを仕込んでいただなんて初耳なんですが!? 普通にプライバシーの侵害じゃねぇか!!
「はぁぁ……。俺はなんて単純なんだ……」
ガックリと項垂れていると、マリウス先生の口から意外な言葉が飛び出してきた。
「立入禁止宙域に行きたいんでしょ? 早く制服からパイロットスーツに着替えてきてくれるかな」
「えっ!? 一緒に行ってくれるの!?」
「勿論だよ。実は僕もシンラ君は死んでないと考えている人間の一人なんだ」
俺は驚きのあまり大きく目を見開いた。
「ほ、本当? 俺、マリウス先生とずっと一緒に暮らしてるけど、そういう事を聞くの初めてなんだけど……」
「変に期待を持たせるのが嫌で言わなかっただけさ。僕も個人的に探ってた結果、君と同じ目的に辿り着いたってわけ」
「やっぱり、立入禁止宙域に何かあるのか!?」
多分ね、とマリウスは頷いた。
「だって、イグニス君も思うでしょ? あの事件は謎が多すぎるって。僕が調べられてないのは、あの場所だけだし。帰ってきたら怒られるだけじゃすまないけど、それでも一緒に行くかい?」
その言葉を聞いた胸が一杯になって、涙腺が緩んでしまった。父さんが生きていると信じてたのは俺だけじゃなかったんだ! そういう安堵の気持ちでいっぱいになる。
言葉に詰まった俺は何度も頷いて応えた。ピリッとした緊張が解れるのを肌で感じる。
「ほらほら、泣いてないで早く着替えてきて。一応、巡回目的で宇宙に出るって申請してるからね。ここからは時間との戦いだよ」
「な、泣いてないっ! 泣いてないからっ!」
俺は顔を真っ赤にさせながら更衣室へ急いだ。




