プロローグ〈後編〉
「ソフィアは強い子だから、きっと大丈夫。私の理論が正しければ、元通りになるはずよ」
誰かが私の事を話してる。でも、目を開ける事ができなかった。もしかしたら、火傷を負ったせいで瞼が塞がってしまったのかもしれない。
「うっ……」
『あれ? ソフィアちゃん、意識が戻ってる?』
すぐ近くでアメリアの声がした。だけど、何かがおかしい。アメリアの声が通信機器を通して聞こえるみたいに反響していた。
『中止しない? こんな酷い状態だし、ソフィアちゃんが死んじゃったら、僕……』
「いいえ、続行よ。私があの子なら未知のシステムに賭ける」
声の正体がやっと分かった。
ママだ。ママとお姉ちゃんが私の治療方針について話してるんだ。でも、未知のシステムって?
「始めてちょうだい」
ママの声がした後、肘から肩へ暖かい何かが流れ込んできた。例えるなら新しい血管が身体中に根を張るような不思議な感覚だ。
なんだろう。暖かくて気持ち良い――。
その感覚が足先から頭頂部まで達した瞬間、脳天を貫くような激痛に襲われた。
「あっ……!? いやあぁぁぁぁぁっ!!」
あまりの激痛に私は絶叫した。両足をバタつかせながら失禁し、身体を弓形に反らせた。「痛い痛いっ!! もうやめてっ、許してっ!!」と懇願してしまう程に正気を失った。
涙と涎を拭う間もなく、私は短くて早い呼吸を繰り返した。
一体、何をされたのだろう? そう思って、起き上がったところである事に気付く。先程まで瞼が開かなかったのに、瞬きができていたのだ。
私は困惑したように自分の手のひらを見つめる。
何が起こったのか分からず、試しに身体をあちこち触ってみた。人工皮膚等でよく使われるゴムじゃない。ちゃんとした人間の肌だ。
「医務室じゃない……?」
私は新品の匂いがするコクピットの中にいた。
メインモニターには、『No.42 VEPHAR PILOT:SOPHIA ROSSWEISSE』と表示されている。
「ヴェパルって機体名かしら? 私の名前も登録されてあるし、何が何だかよく分からないわ……」
試しに指先でモニターに触れてみると、『WELCOME』と表示され、天井から足元まで外の景色が見えるようになった。
「うっ……」
全身に電気が走ったような痛みを感じ、私は反射的に背中を丸めてしまった。
おかしい。あの爆風を至近距離で受けたというのに、身体には傷一つ残っていない。そのうえ、ナイフで切り落としたはずの髪も背中辺りまで伸びている。これは一体、どういう事なのか――。
「ソフィア、気分はどう?」
ママの声が聞こえてきた。通信機器を使っているわけでもないのに、すぐ隣で話してくれているかのように聞こえる。
「ママ、どうしてここに!?」
「予定にない爆発を感知して駆け付けたの。酷い怪我で命を落としかけていたのよ。本当に心配したわ」
ママはそう言って優しく微笑んだ直後、『ソフィア、時間がないから聞いてちょうだい』と少し焦った様子で言われる。
「アメリアと一緒にやってもらいたい事があるの」
「お姉ちゃんと? そうだ、お姉ちゃんは!?」
「貴方のすぐ側にいるわ」
ママに言われて私は辺りをキョロキョロと見渡すも、アメリアの姿は見当たらなかった。「お姉ちゃん、どこっ!?」と声をあげる。すると、何故かコックピットから『ここだよ!』という声が聞こえてきた。
「もしかして、機体から声がしてるの?」
『大正解! とあるシステムを使って、人間から機械の姿に生まれ変わったんだ!』
「生まれ変わったって、どういう意味よ!? ファンタジーじゃあるまいし、ちゃんと分かるように説明して!」
アメリアは自慢気に言ったが、私は訳が分からず混乱してしまった。その状況を察したママが焦ったように「その話は後回しにして! 今は時間がないの!」と話に割って入ってきた。
「今からこの座標に向かって欲しいの」
モニターに映し出されたポイントは地球から遠く離れた場所を示していた。宇宙船・ブラズニルと書かれている。
それを見た瞬間、私は嫌悪感を露わにした。
「まさか、地球を見捨てた人間の子孫に会いに行けって言うの!?」
「そうよ。貴方達は今からこの宇宙船に向かうの」
私は聞きたくないというように頭を左右に振る。
「嫌よ、絶対に嫌! どうして、私が腰抜け共に会いに行かなくちゃいけないの!? 私はママと一緒に戦う!」
「気持ちは嬉しいわ。けど、私は貴方達に――」
ママが何か言おうとした所で格納庫内にサイレンが鳴り響いた。赤いランプが回転し、機械達が通気口からゾロゾロと侵入してくる。
「二人共、私の事はいいから早く行きなさい!」
「嫌よ、ママを置いていけないっ! 早くこっちに来て!」
私は手を差し伸べ続けた。しかし、ママは足元に置いていたアサルトライフルを手に持ち、私達に背を向ける。
「アメリア、行きなさい! ソフィアの事、頼んだわ!」
ママが一際大きな声でアメリアに指示を出した。返事はなかったが、代わりにメインモニターの中心に同調率が表示される。八十パーセント程まであった数字がどんどん低くなり、一気に0まで下がっていった。
「操縦桿が固まってる!? お姉ちゃんが今、この機体のコントロールを担ってるの!?」
『そうだよ。今、この新型機のコントロールは僕が支配してる』
「なら、ママを助けて! ママが機械に殺されちゃう!」
アメリアからの返事はなかった。外からアサルトライフルの射撃音がし始めている。早くしないと本当に間に合わなくなる。
「行きなさい! 貴方達は私の希望なの!」
「お姉ちゃん、ママを助けて! 早く!」
私とママの怒号が飛び交う中、アメリアは迷った末に格納庫の天井を突き破って外へ出た。外はもう夜だった。私達は雲を突っ切って上空へ移動し、拠点として使っていた宇宙船を見下ろす。
宇宙船が炎に包まれていた。砂糖の山に群がる蟻のように機械達が船を壊しているのが見え、私は愕然としてしまう。
「私達の……拠点が……」
宇宙船は黒い煙を上げながら高度が下がり、海ど真ん中へ着水。その直後、大きな水柱と共に大爆発が起こった。
私は暫く何も考えられなくなった。
『……ソフィアちゃん、聞こえる?』
私は返事もせずに操縦席で膝を抱えていた。
アメリアは私の心情を察したのか、『そこまま聞いてね』と話し始めた。
『ママは僕達を敵から逃がす為に囮になってくれたんだ。僕は死にかけだったらしくてさ。この新型機に搭載されていたシステムで身体を入れ替えたんだ』
私は返事をしなかった。
アメリアは一呼吸おいた後、話を続けた。
『これから宇宙船・ブラズニルに向かうよ。僕達はそこにいる人間達と交流して、それから――』
「奴等をぶっ潰す為の仲間を確保するのね?」
『えっ? ソ、ソフィアちゃん……?』
それを聞いたアメリアは黙り込んでしまった。
私は海に沈んでしまった宇宙船を見下ろしながら続ける。
「ママの願いは機械を全て駆逐する事でしょ? 機械達を徹底的に叩き潰して、人間がこの世で一番強いんだって私が分からせてやる。その為に宇宙船で暮らす人間を利用して、利用して、利用し尽くしてやるの。ママの願いを叶える為なら、私はなんだってやるわ」
私の気迫に押されたのか、アメリアは何も言えなくなっていた。
私は操縦桿を握り、濁った空を見上げる。
「行きましょう。ここに留まってたら格好の的だわ」
アメリアは何か言いたそうだったが、『うん、分かった……』と返事をし、真っ暗な夜空に向かって突き進んでいった。




