第十六話 最悪の出会い
「スリー……、トゥー……、ワン――」
スリーカウント終了の瞬間を見計らい、俺は〝グルヴェイグ〟のエネルギー熱を空気中に放出させた。
一気に熱を放出させたせいなのか、〝グルヴェイグ〟の熱と冷気が反応し、白い水蒸気で格納庫内が満たされる。パキパキと空間がきしみ、次の瞬間には、爆発的に膨れ上がった白い水蒸気が視界のすべてを真っ白に塗りつぶした。
「なっ……!?」
『ソフィアちゃん! どうしよう、何も見えない! 警告アラートの音がうるさいよぉっ!』
これには〝白いヴァルキリー〟も予想していなかったのか、動揺を隠せないようだった。
『チャンスだ!』
「あぁ!」
俺は直感だけを頼りに〝白いヴァルキリー〟に向かって爪を振り下ろした。爪先に何かが引っ掛かる感触と同時に、パキンと何かが圧折する甲高い音がする。そんな中、『いっ……』と痛みに耐える女の子の悲鳴が聞こえてきた。
格納庫内の急激な温度上昇を検知したシステムが作動し、天井から激しいスプリンクラーの雨が降り注ぐ。そこら中が水浸しになって、充満していた蒸気も落ち着いてきた。
「やったか!?」
『いや、まだ動けるみたいだ! 油断するな!』
〝白いヴァルキリー〟が体勢を崩して片膝を着いたが、まだ攻撃の意思があるようだった。水浸しになった床に手のひらを着け、〝グルヴェイグ〟の両足を氷で固める。それから、空気中の水分を圧縮して氷の杭を作り始めた。
「なんだよ、あの数は!?」
『へぇ、なかなかセンスがあるな!』
「感心してる場合じゃないよ! あんな数の攻撃、いくらなんでも捌き切れない!」
『まぁ、そんなに焦んなって。〝グルヴェイグ〟の炎は全てを燃やし尽くす特別な炎だ。あんな土壇場で繰り出す攻撃が効くわけない』
父さんは余裕そうに言ったけど、俺は冷や汗しか出てこなかった。この状況からの勝ち筋が見出せず、無数に浮かんでいる氷の杭が〝グルヴェイグ〟の装甲を穿つイメージしか湧いてこない。
俺の不安を察したのか、父さんの声のトーンが変わった。
『いいか、イグニス。これから炎を身体に纏うイメージしろ。頭でごちゃごちゃ考えるな。コツはシンプルに考える、だ』
「か、身体に炎を纏う……?」
言うのは簡単だ。だけど、敵は待ってくれない。パキパキパキッと不快な音が格納庫に響き渡り、無数の刃が一斉にその先端を俺へと向けた。
(身体に炎を纏う、身体に炎を纏う……。あ〜っ、駄目だ! ホラーゲームでゾンビを火炎放射器で黒焦げに焼き尽くしてる場面しか浮かんでこねぇ……!)
俺はギリッと歯を食いしばった。
「クソッ! もう、どうにでもなっちまえ!」
ヤケクソになった俺は〝グルヴェイグ〟が丸焦げになる最悪なイメージを浮かべた。
すると、不思議な事に〝グルヴェイグ〟の関節から炎が吹き出し、あっという間に巨大な炎の柱が機体を包み込む。スプリンクラーの冷水が機体に触れた瞬間、鉄板の上で踊る水の泡みたいに蒸発していった。
『おいおい、火力が少し強すぎやしないか!?』
「今、必死にやってるから黙っててくれっ!」
父さんに余裕のなさを見透かされたような気がして、俺は声を荒らげてしまった。
宙に浮かんでいた氷の杭や両足に張り付いていた氷もすっかり溶け、後は〝白いヴァルキリー〟を無力化するだけ――そう思った次の瞬間だった。
「いやっ……いやぁぁぁぁっ!」
格納庫に響き渡ったのは、痛烈な拒絶と恐怖が入り混じった悲鳴だった。「やめてっ、こっちに来ないでっ!」と我を失ったように錯乱している。パイロットの異常な怯え方に、相棒であるはずの〝白いヴァルキリー〟ですら狼狽していた。
『ソフィアちゃん、どうしたのっ!?』
「火が私とお姉ちゃんに……! やだやだ、こっちに来ないで……! おね……が、い……」
ガクンッ! と機体が力無く前のめりに倒れ込んだ。
エネルギーラインの光が急速に衰えていくのを見るに、パイロットが操縦桿を完全に手離してしまったらしい。
『ソフィアちゃん、大丈夫!? ねぇ、ソフィアちゃん!』
〝白いヴァルキリー〟が何度も必死に呼びかけるが、返事はない。戦う気は完全に失せてしまったようで、膝を着いて涙を拭うような動作をしながら、大きな声で泣き始めてしまった。
『うわぁぁんっ! ソフィアちゃんがっ、ソフィアちゃんがぁぁ〜〜!』
俺は居ても立っても居られず、操縦席から立ち上がった。
『行くな、イグニス!』と父さんの静止を振り切り、俺は〝白いヴァルキリー〟の元へ向かう為に手動でハッチを開け放つ。
「あっつ……」
湿気を含んだ凄まじい熱気がコクピットの中へ流れ込んできた。制服が肌にピッタリと張り付くのを感じ、俺は首元のシャツを掴んで服の中に空気を送る。
目の前には床に座り込んで、わんわんと泣く〝白いヴァルキリー〟の姿があった。「おい、大丈夫か!?」と大きな声をかけると、〝白いヴァルキリー〟が俺に向かって指をさして睨んできた。
『お前のせいだからなっ! お前が僕達を攻撃してこなきゃ、ソフィアちゃんの意識がなくなる事はなかったんだぞ!』
「パイロットの意識がないのか!?」
『そうだよっ! どう責任取ってくれるのさ!? ソフィアちゃんに何かあったら、僕はどう生きていけばいいんだよぉぉっ!!』
俺はパイロットの救助に向かうべく、〝グルヴェイグ〟の足場から〝白いヴァルキリー〟の肩に飛び移った。
背後から『おい、危ないぞ!』と俺の行動を叱る父さんの声が聞こえてきたが、「ごめん、父さん! あの子が無事かどうか確認したいんだ!」と謝りつつ、〝白いヴァルキリー〟のハッチ開閉ボタンを探す。
開閉ボタンを見つけて強く押し込んだが、駆動音がしなかった。どうやら、〝白いヴァルキリー〟側の意思でハッチを閉ざしているらしい。
痺れを切らした俺は声を張り上げた。
「おい! ハッチを開けてくれないと、パイロットが無事かどうか確認できないだろ!? 早く開けてくれ!」
『フンッ、やなこった! ソフィアちゃんをお前達に引き渡すなんて真似、二度とするもんか――ッ!?』
〝白いヴァルキリー〟が一点を見つめながら、怯えたようにピタリと黙り込んでしまった。
その反応が気になって背後を振り返ってみると、〝グルヴェイグ〟が眼光をぎらつかせながら、ジッとこちらを見下ろしていた。何も言わずにこちらを見つめているだけなのに、ビリビリとした殺気を肌で感じる。
(父さん、マジで怒ってるじゃん……)
これが蛇に睨まれた蛙というやつだろうか。殺意を向けられているわけでもないのに、俺まで動けなくなってしまった。〝白いヴァルキリー〟は怖気付いているのか、顔や身体のパーツをカタカタと震わせている。
『おい、クソガキ。イグニスの言う通り、早くハッチを開けろ』
『や、やや、やなこったっ!! 僕はソフィアちゃんと一緒じゃないと生きていけないって言ってるだろ!?』
『お前な、もう少し冷静に考えてみろよ。ヴァルキリーと生身の人間、どっちの方が頑丈だ?』
父さんが何を言いたいのか理解した〝白いヴァルキリー〟が完全に口籠った。
『〝ナンバーズ〟に適合したパイロットは強くて頑丈だ。だが、無茶をすれば暫く寝たきりになっちまう。お前はそんな状態のパイロットを無責任に放っておくつもりなのか?』
『それは……分かってるけど……』
素直に納得できないのか、〝白いヴァルキリー〟は視線を落として指を弄り始めた。
『早く医者に診せてやれよ。お前もヴァルキリーの姿のまま葬られたくないだろ? ま、これだけ暴れちまったし、俺も含めてどうなるか分かんねぇけどな』
父さんの言葉に小さく頷くように機体が揺れた後、プシューッとハッチのロックが解除される音がした。俺は背後を振り返り、笑顔で親指を立てると〝グルヴェイグ〟の眼光が微かに明滅した。
急いでコクピットの中に入った後、操縦席でぐったりとしている女の子に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「うっ……。うぅ……」
女の子は悪夢を見ているかのように魘されていた。
苦しげな呼吸を繰り返す女の子を見て、せめて呼吸が楽になるようにと、俺は彼女の服の襟元を緩めてやろうと手を伸ばす。
――しかし、最悪のタイミングで女の子が薄らと瞼を開けた。至近距離で視線と視線が真っ正面からかち合う。
「えっと、これは――ぐおぇっ!?」
目が合った次の瞬間、問答無用で腹に強烈な蹴りを入れられてしまった。突然の衝撃に呼吸ができず、俺は無様にひっくり返ってコクピットの床に尻餅を着く。
「いっ……てぇ……」
お腹をさすりながら見上げると、そこには、底冷えするような軽蔑の眼差しで俺を見下ろす女の子の姿があった。




