第十五話 「白いヴァルキリーからの脅迫」
頼むから何もしないでくれよ……。
そう心の中で願っていたが、女の子は〝白いヴァルキリー〟のコクピットに滑り込んでいった。
それからすぐに〝白いヴァルキリー〟の関節部分にハッキリとした水色のエネルギーラインが通うのを見て、父さんが小さく溜息を吐く。
『やっぱり、そうなるよな』
「これ以上、格納庫で暴れるわけにはいかない。こっちの話が通じる相手だったらいいんだけど……」
俺は〝白いヴァルキリー〟に向けて呼び掛けてみる事にした。できれば、戦わずに話し合いだけで終わってほしい。じゃないと、今度は監獄送りになっちまう!
焦る気持ちを抑えつつ、俺は外部スピーカーを起動して〝白いヴァルキリー〟に呼びかけた。
「〝白いヴァルキリー〟のパイロット、俺の声が聞こえるか?」
反応はなかった。もしかして、こちらの出方を伺っているのだろうか? マリウス先生が通訳として駆り出されるくらいだ。話が通じていない可能性もある。
次の一手を必死に考えていると、突然、頭上から父さんの怒声が降ってきた。
『おい、クソガキ共! 抵抗はせず、そのままジッとしてろ! 動いたら即座に〝グルヴェイグ〟の爪をコクピットに突き刺す! 理解したらスリーカウント以内に返事をしろ!』
それを聞いた俺はサッと血の気が引いてしまった。
「相手を刺激するような発言は控えてくれよ、父さん!」
『あ? これくらい普通だろ?』
「言葉が通じてないかもしれないだろ!? それにこっちが動けば、反撃する理由を与えちゃうかも――」
〝白いヴァルキリー〟が壁に手を突き、軋む音をたててゆっくりと立ち上がった。
こちらを鋭く睨み付ける水色の眼光。その口元からは、獣の呼吸を思わせる冷たい蒸気が「フーッ、フーッ」と激しく噴射されている。どうやら、向こうは完全にやる気になってしまったようだ。
『おっ、いいねぇ! 血の気の多い女は嫌いじゃないぜ!』
「そんな呑気な事を言ってる場合じゃないんだけどなぁ……」
これ以上の被害を出さないため、俺は渋々ながらも〝グルヴェイグ〟の体勢を立て直した。気を引き締め、改めて敵を観察する。
骨格フレームは線の細い女性的なタイプのようだが、弱点を補うように白い鎧が装着されていた。特に腰から腿にかけてを覆うプレートが分厚く見える。あそこが邪魔で、こちらの攻撃が通りにくそうだと感じていた。
どこを狙うべきか考えていたところ、〝白いヴァルキリー〟は〝グルヴェイグ〟に向かって手を伸ばした。手の中に光を集約させ、一本の氷の長剣が形成されていく。
『へぇ! もうそこまで使いこなしてやがるのか!』
思わず、父さんが感嘆の溜息を漏らしていた。
氷の長剣で攻撃してくると予想した俺は身構えていたが、〝白いヴァルキリー〟は予想外の行動に出た。持っていた氷の長剣を格納庫の床に深々と突き刺したのだ。
そして、外部スピーカーから凛とした女の子の声が響き渡る。
「赤いヴァルキリーとパイロットに告ぐ! 私達に指一本でも触れたら船を丸ごと氷漬けにするわ! 理解したらスリーカウント以内に返事をしなさい! でないと、貴方達から氷漬けにするわよ!」
今の脅迫を聞いて、俺の顔から完全に余裕が消えた。
この宇宙船・ブラズニルは上層・中層・下層の三層構造になっている。そして中層には、俺が通っている学校や、多くの生徒たちが暮らす居住区がある。
ここは密閉された格納庫だからまだいい。
だが、もしさっきの冷却蒸気や氷の力を外で解放されたら、一般市民はひとたまりもない。
ここは抵抗せずに、大人しく要求を飲むべきか――。
一瞬、弱気な考えが頭を過った。
「……いや、駄目だろ。なんで俺達がテロリストの言う事を聞かなきゃいけないんだ?」
今度はふつふつと胸の奥から怒りが湧き上がってきた。
あの居住区には、俺の友達やお世話になってる人達が暮らしている。その人達に危害を加えると言った時点で、俺の中では完全に敵となってしまった。
「俺はまだ学生だ。軍人じゃない。これからやるのは殺しじゃない。あくまで無力化させるだけだ……」
暗示をかけるようにブツブツと呟いた後、思いっきり自分の両頬を叩いた。
『腹括ったのか?』
「アイツがやってる行為はテロリストと何ら変わらない。周りにいる軍人達は上官の命令待ちなのか動きやがらねぇし、俺が止めるしかないんだ。父さんは俺に協力してくれるよな?」
『流石、俺の息子! そうこなくっちゃな!』
俺が操縦桿を強く握りしめると、腕が一層熱くなるのを感じた。エネルギーが〝グルヴェイグ〟に送り込まれ、俺の腕の電子回路が、これまでになく鮮烈な赤色に輝き出す。
『お。〝グルヴェイグ〟の身体が暖まってきたな。今なら〝ナンバーズ〟の能力が使えるかもしれねぇぞ』
父さんがサブモニターに現在の〝グルヴェイグ〟の状況を表示してくれた。胸部コクピットから全身へ赤いエネルギーが巡っている図に加えて、同調率四十パーセントと表示されている。
「これくらいの同調率になれば使えるのか?」
『あぁ。〝グルヴェイグ〟は火を扱うのが得意な機体でな。俺も昔は戦場で大暴れしたもんだ。とはいえ、今の同調率だと使えるのが限られてるがな。アイツらが凍らせた機体を溶かしたりするのは朝飯前だぞ』
それを聞いた瞬間、俺の口角がグッと上がった。
「氷に対して、こっちは火! 相性抜群だな!」
〝白いヴァルキリー〟のパイロットがカウントし始めている中、今度はこっちからモニター越しに〝白いヴァルキリー〟を鋭く睨み付けてやる。
自分の視点が〝グルヴェイグ〟のセンサー視点へと完全に切り替わったのを見計らい、俺はスロットルを一気に押し込んだ。




