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12話 指輪とは


 

『LUBAN』 ─シャオの部屋にて─


 窓のない部屋で、時計の針だけが規則正しく時を刻んでいる。もう動くことのない先代店主は椅子に座らされ、膝にはアヒルのぬいぐるみが乗せられていた。


 急遽店へ戻った三人は、元先代店主の部屋、――今はシャオの部屋となった場所に集まっていた。

 

 静まり返った室内に、木片の触れ合う音が響いている。テーブルを挟み、シャオとヴィハーンがジェンガで暇をつぶしている。やけに滑らかな木片はシャオにとっては難易度が高く、ここまで連敗続きだった。

 壁際の作業台ではユゥインが指輪をライトの上に置き、じっと覗き込んでいる。作業台の脇には分解途中の機器や工具がそのまま寄せられていた。片付けは最低限にとどまっており、準備を急いで整えた様子がうかがえる。


「まいった。本物じゃないか……」


 ユゥインは頭を抱え、苦い顔をする。正体を知るからこそ、その小ささには見合わない得体の知れなさを感じていた。

 

「だから言っただろう」


 ヴィハーンは顔を上げず、淡々と答えた。ぶれの無い指先で、積みあがったタワーから一つ引き抜いては上に積みなおす。


「こんなの見なきゃ、信じられるわけがないだろう。……さて。シャオ、この指輪は楽園にあったんだね?」


 その直後、積み木が崩れ、周囲に散乱した。

 

「うん。村の図書館の戸棚の奥だよ。たぶん隠してあったんだと思う」


 シャオは両手を膝の上にそろえ、少しだけ背筋を伸ばして座っている。目の前には崩れた積み木の山。どうやらまた負けたようだった。


「そうかい。と言うことは、大体二百年前に持ち込まれたんだろうね。確認したけど、持ち主登録はシャオだけだったよ。未使用品だったんだね」


 ユゥインは一見落ち着いているが、視線は指輪から一度も離れない。「よりにもよって……」と、まるで劇物の処理を押し付けられたかのような態度だった。


 シャオは引き抜いた積み木を、丁寧に載せようとするあまり、指先が緊張からか痙攣し、一向に載せることができない。手持ち無沙汰になったヴィハーンは、ジェンガが入っていた箱に同封されていた《遊び方の説明》を繰り返し読み直す。だが何かに気が付いたのかユゥインに疑問を投げかけた。

 

「ユゥイン、俺の通信機能に不具合は起きていたか?」

「はあ? そんなの自分でわかるだろう。なんともないよ」

「そうか。なら通信機側か。……二百年以上未使用品だからだろうな。不具合があった」


 ヴィハーンは疲れたようにつぶやく。声とは別に手はてきぱきとまたジェンガをまっすぐに積みなおしていた。


「不具合だって? 何か起きたのかい?」

「ここに向かっている最中の禁止区域内でな」

 

 ユゥインの疑問に対し、昨日の出来事を話す。指輪と距離が開けば登録が無効扱いとなる事。ヴィハーンの機体の不調のいくつかは、システムの拘束時に押さえつけられた影響によるものだ。


「それがデッドラインを越えた先、その内部にまで同行が必要な理由だ。本来なら契約主は安全な場所で待機するものなんだがな」


 そこまで聞いて疑問に思ったのは、そもそも、この指輪は何のための物なのかという事だった。本の登場人物達は遠くの人とお喋りできる道具を持っていた。見た目こそ違えど、これも似たようなものなのだろうか。考え込んでいるシャオを見てユゥインが大まかに説明する。

 

「通信機は中々に便利だよ。今ではヒューマノイドが使うもんだけどね」


 ユゥインは通信機同士の会話、情報整理やスキャンなど、機能を思い出すように指折り数える。

 シャオが持っている指輪のような人間専用の通信機は骨董品である。かつては体が脆い人間の代わりにアンドロイドを危険な場所に行かせるのが主な使用目的だった。

 ゆえに、登録したアンドロイドは現地で問題なく活動できるよう、様々な規制の免除が与えられていたという。


 一瞬だけ、ユゥインの視線が指輪に落ちたのち、今度は目線をヴィハーンに向ける。

 ヴィハーンは腕を組んで椅子に座ったまま、無視するように動かない。

 

 「でもそれはアンドロイドに入ってほしくない場所にも侵入出来たってことだ。だから通信機ってのはあたしらアンドロイドにとって、信頼の証ってやつなんだよ」

「えー。通信機がなくてもヴィーの事信じてるよ? あ、そうだ。インも登録しよ!」


 楽園ではただの指輪だったものが、まさか外ではそのような意味があったとは。

 改めて眺めたが、誰かを登録したからと言って、見た目そのものには何の変化もなかった。登録できる人数はもっと増やしてもいいのだろうか?せっかくならば、ぜひユゥインも登録したい。

 

 そう伝えると、シャオの言葉にユゥインの薄ら笑いがすっと消え、眉をしかめて真面目な顔になる。

 

「……シャオ。あんたの素直さは美徳だけどね、ちっとばかしそれが過ぎるよ。信頼っていうのはホイホイ示せばあんたの価値を下げるし、そしたら権利目当てのバカがあんたを利用しようとすり寄ってくるようになる」


 ユゥインはまるで以前のヴィハーンと同じように「だから誰にも明かしちゃあいけないよ」とシャオに忠告した。


 それを受けてシャオは嬉しそうにニヨニヨ笑い出す。2人のアンドロイドはその反応に不思議そうに首をかしげた。

 

「なんだい? あたし、何か変なことでも言ったのかい?」

「いや……? おい、シャオ。何を考えている」


「んーとね、二人に会えてよかったなって。色々心配してくれて、ご飯もくれて。だからね、通信機があってよかったなって思ったの」


 シャオはつま先を両手でいじりながら、小さな声でぽつぽつと話す。先ほどヴィハーンが「一緒に連れていく」と言ってうれしかった事。ヴィハーンの修理部品以外にも、ユゥインに必要な部品があったら一緒に集めてお礼したいこと……。


「必要ない。こいつは高級機種だ。三百年経ってもなんの不調も無く動いている」


 ヴィハーンは簡潔に言い切った。シャオはショックで固まった。そのまま無言の空間が流れたがユゥインは微かに微笑んで話しかけた。


「ありがとう、シャオ。素材はあたし自身には要らない。それは本当。でもね、素材が足りなくて困っているのも事実なのさ。だから、余裕のあるときだけでいい。集めておいてくれると助かるよ」

「……本当?」


 シャオの目がぱちりと輝き、それまでの笑みとはまた違う、誇らしげで迷いのない笑顔を見せた。


「もちろんタダじゃない。あんたがこれから生きていくうえで、役に立つものと交換さ」


 そう言って、シャオの頬を両手で包み込もうと、腕を伸ばす。しかし、その腕は途中で止められた。ヴィハーンがまとめて掴んだのだ。


「シャオが怪我をする。力加減の調整が済んでからにしてくれ。調子が悪いんだろう」

「調整機能が壊れてるのはあんただよ! ポンコツが!」


 シャオは二人を見比べ、ぱちぱちと目を瞬かせる。言い合ってはいるが、どこか空気は柔らかい。


(喧嘩してるけど……仲はいいんだよね)


 ふと視線を落とすと、崩れたジェンガがそのまま残っていた。


(とりあえず今度の勝負はカードバトルがいいな───)


 先ほどの惨敗を思い出しながら、シャオはぼんやりとそう考えていた。

 



 

 話がひと段落したところで、気を取り直すようにシャオは椅子を跳ね飛ばしながら、勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、これから素材を取りに行こう!」

 

 やる気に満ち溢れたシャオがそう意気込んでいるが、それをユゥインが制止する。

 

「やめておきな、もう夕方だ。いくら危険度が低いと言ってもね、準備や知識も無いまま向かったって、何の成果も得られやしないよ」

 

 言われて初めてシャオは部屋の時計に目を向けた。

 窓のない部屋では時間の感覚がなく、すでに時計の針は午後の5時を指していた。

 

「というわけで、まずは指輪の使い方の説明だ。さ、嵌めてごらん」

 

 促されて、シャオは指輪を手に取る。

 改めて見ても、特に特徴のない指輪だ。小さい石がはめ込まれているだけの、素朴な指輪にしか見えない。付け心地は軽く、嫌な感じもない。

 シャオは親指の付け根まできゅうっと押し込むと、ユゥインに見せるが、彼女は眉をしかめた。どう見ても大きさがあっていないのだ。

 

「これは……。嵌りが悪い。緩いね」


 そういわれても、村で一度も落としたことがないシャオは、いまいちピンとこなかった。落としても何事もなく拾っていた彼女は、落とす事に危機感を感じていないのだ。

 

「落とすなよ」

 

 ヴィハーンが低く言う。

 

「お前には、文字どおり命綱そのものだ」

 

 『命綱』そう言われて指輪を見るが、とてもそうは思えなかった。こんなに小さく軽い指輪が自身の命運を握るものとの実感が中々わいてこないのだ。でもヴィハーンの助けになることは分かっているのでしっかりと頷く。

 

「うん、気を付ける。でもこれ、どうやって使うの?」

 

 使い方をヴィハーンに聞いたが「使おうと思えばいい」と、あまりにざっくりとした説明にシャオは首をかしげた。

 だがそれきり、ヴィハーンは何も言わなかった。よく分からないまま、言われた通り指輪に意識を向けてみる。

 どうすればいいのか悩んでいたが、昨日、楽園から出た直後に指輪が突然喋ったことを思い出す。


(そういえば、昨日この指輪、喋ってたっけ。……よし)


「指輪さん! こんにちは! 今日も一日よろしくね!」


 突然の挨拶にヴィハーンは「は?」とシャオのほうを見た。

 一方ユゥインは笑いをこらえようと震えていたが、ついに耐えきれず、ひきつるような声を出していた。


「シャオ……。思う、だけで、ッ、いいんだよ……!」

 

 どうやら間違えたらしい。シャオは気を取りなおしてもう一度挑戦する。今度は挨拶抜きだ。何とか踏ん張って目の前の指輪を見つめながら頭の中で必死になって念じてみる。

 

 次の瞬間、シャオの目の前に光が浮かび上がる。小さな文字や記号がいくつも並んでおり、まるで宙に描かれた絵のようだった。触ろうと手を伸ばすも指先は空を切るばかりでなにも触れない。それどころか視界いっぱいに絵が広がり、周囲が何も見えなくなってしまった。


 「絵がいっぱいで何も見えなくなっちゃた! ウワァー!」

 「大声を出すな。見えてるのはお前だけだ」


 はしゃぐシャオの声が思ったより響いたのか、ヴィハーンは頭をのけぞらせて遠ざかる。

 

「それはね、その指輪に何ができるのかが書いてあるのさ。あんたの健康状態とかも閲覧できる。未使用だったからデータはないが、自分で周辺の地図や動植物の図鑑を作ったりもできる。……けどあたしからは教えられないよ」

 

 色々教えてもらうつもりだったシャオは、頼みの綱が切れたかのように微妙な顔をする。だがユゥインは苦笑して肩をすくめた。

 

「その指輪はね、肌に触れると反応するんだよ。詳しい仕組みは覚えてないけど、電気信号を介してアンタの脳に干渉しているんだとさ。シャオだけに見える幻みたいなもんだよ。教えようにもあたしには分からないのさ。でも周りに見せびらかすのはやめな。あんたしか使えないからこそ、厄介ごとは来る。だから見えないように……。そうだ、手袋だよ」


 そこまで言ってから一息つくと、思いついたように提案した。


「布の素材を見つけたら持っておいで。材料さえあれば作ってやるよ。手袋だって、服だってね」

 

 そう締めくくって、ちらりとヴィハーンに目をやる。心なしか複雑そうな、ジトっとした目をしている。

 

「肝心の素材集めに関しては、こいつから聞きな。三十六年間、うちに一度も顔を出す必要がなかったんだ。素材集めや応急処置も完璧に覚えてるはずさ」

 

「三十六年!?私が十歳だから……私が三人分でも足りないよ!」

 

 まさか、三十六年ぶりの再会だったとは。

 昨日のユゥインは少し怖かったが、今日一日で彼女は面倒見がよく、いわゆる姉御肌だとわかった。心配したし、言いたいことも沢山あるのだろう。

 だが軽い恨み言を交える程度で切り上げ、話の続きをヴィハーンにバトンタッチする。

 

 急に話を振られたヴィハーンは体が揺れた。説明はすべて任せるつもりだったらしい。ユゥインはそれに勘付いていたようで、半目で見下ろしていた。

 無言の圧に根負けし、しぶしぶ、といった感じで説明を始める。

 

「お前は逃げ隠れることを優先しろ」

「うん!……え、他には?」

「ない。お前の役割はセキュリティ関連だけだ」

 

 余りにも直球な言い方。だがヴィハーンは訂正しない。ユゥインも任せた手前言わない。それに事実として、それ以上の言葉を加える必要がなかった。

 

 シャオは少しだけ肩を落とし、指輪を見つめる。そのショボショボとした情けない表情に、ユゥインはついそっと声をかける。

 

「あー、シャオ。その指輪でスキャンしたものは図鑑に登録される。工房のもので試してみるかい?」

「うん……」

 

 それからの数時間、シャオは工房の中をあちこち歩き回り、工具や部品、油の缶、ユゥインの作業台までもスキャンしては、嬉しそうに声を上げた。


「登録したよ!」

「はいはい、これはレンチ。工具だね」

「次!」

「これは空き缶。素材さ」

「缶って色々あるんだね。中に何が入ってたのかな」



 他にもユゥインは「そりゃボルトだよ」「ゴミ箱だね」と一つ一つ返事をする。

 やがて灯りの光が弱まり、夜が工房を包みはじめた。就寝の時間が近づいてもシャオは最後まで指輪の操作を確かめている。

 

 シャオにしか見えない、シャオだけの光が、静かな部屋の中で淡く瞬いていた。



 

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