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103/114

#103

 転移の浮遊感が消えた瞬間、涼やかな香りが鼻をくすぐった。

 目を開けると、そこは重厚な装飾と整えられた調度品に囲まれた館の一室だった。石畳の床には深紅の絨毯が敷かれ、壁には古代語で刻まれた紋章と油絵が飾られている。


「ようこそ、ラダマー様の館へ」


 リーファが一歩前に出て恭しく礼を取った。


「主は応接室にてお待ちです。どうぞ、ご案内いたします」


 カイルたちは無言で頷き、彼女の後に続いた。

 廊下を抜け、扉が開け放たれた先に待っていたのは、闇色のローブに身を包んだ青年――吸血鬼の領主、ラダマーだった。

 相変わらずその姿は人間の若者と変わらず、白磁のような肌に冷たい美貌を浮かべている。ただ、その奥底に潜む気配はどこか冷たさを感じる。


「来てくれて感謝します。カイル殿、それにご同行者の皆様も」


 ラダマーは立ち上がると、手を胸に当てて礼を示した。

 カイルは応接用の椅子に腰を下ろし、短く返した。フィオナとマリー、そしてエリカもそれに倣う。リーファはラダマーの傍らに静かに立ち、従者の役目を果たしていた。


「さて――」カイルは視線を真っ直ぐにラダマーへ向ける。「お前の依頼、受けることにした。夜の王を討つ」

 ラダマーの目が細められ、わずかに安堵の色が差した。


「そうですか…感謝します。貴方の力ならば、この世界の均衡を保てる可能性がある。私は吸血鬼だが、無用な殺戮を望んではいない。ましてや、あの男の暴走を止められるのは、貴方しかいないと思っています」


「だが」


 カイルが静かに言葉を継ぐ。


「ひとつ確認しておく。今回の報酬――“星晶の欠片”。確かに貴重な品だろうが、俺には不要だ」


 その言葉に、ラダマーの眉がわずかに動いた。一方で、隣の席で話を聞いていたエリカがはっと顔を上げた。


「えっ……でも、それがあれば……私は元の世界に……」


 カイルはエリカに目を向けて、静かに言った。


「勘違いするな、エリカ。星晶の欠片はお前のために受け取る。だが、俺にとってはそれは報酬にならない」


「カイルさん……」


 ラダマーが椅子に深く腰を預ける。


「では、貴方は星晶の欠片の他に何を望むと?」


「リーファだ」


 カイルのその言葉に、応接室の空気が静まり返った。

 リーファ自身も瞬時に目を見開いたが、すぐに無表情へと戻った。だが、ラダマーの指先がわずかに動く。彼にとって、それは予想外の要求だったのだろう。


「リーファを……我が従者を、報酬として?」


「そうだ。転移魔法も使えるし、戦闘にも向いている。その能力が欲しい。それに……」


 カイルはリーファに一瞥をくれ、言葉を続けた。


「今のままでは“完全な主従”にはなり得ない。お前が刻んだ契約刻印の存在は知っている。あれがある限り、リーファは俺の命令より、お前の意志を優先する、そうだろう?」


「よく調べられましたね。あの刻印は、私の眷属となる者すべてに課せられる契約の印だ。謀反を防ぐための必要な、ね」


「だが俺は、そういう“首輪付き”の従者は望まない。言うならば――完全な信頼関係が築ける者が欲しい。依頼が終わったとたん後ろから刺されるなんてのは御免だしな…報酬は前払いで。その刻印を今すぐ解呪してくれ」


 エリカとマリーが驚いた顔でカイルを見た。だがカイルの表情は終始変わらない。

 一方で、リーファはまったく動揺を見せず、ただ無言でラダマーの方を見ていた。


「貴女はどう思います、リーファ?」


 ラダマーが低い声で問いかけると、リーファは静かに応えた。


「私は主の命に従います。しかし、カイル様にお仕えするのも、悪くないと思っております。なにより……」


 彼女はちらりとカイルを見て、小さく微笑んだ。


「美味しい血が吸わせていただけるなら」


「お前な……」


 カイルは額を押さえた。マリーは肩を震わせて笑いを堪えていた。

 ラダマーはしばし沈黙した後、静かに立ち上がった。


「よろしい。貴方と敵対するよりは、妥協を選びましょう。リーファの刻印、今この場で解呪しますよ」


 ラダマーが手を翳すと、リーファの胸元に浮かぶ魔法紋が一瞬だけ光を放ち、煙のように掻き消えた。


「これで、リーファは貴方の従者です。ここまでした以上、依頼は」


「当然だ」


 カイルは立ち上がり、リーファの方へと手を差し出した。

 リーファは恭しく一礼し、膝を折る。


「これよりカイル様の命に従い、忠誠を尽くします」


 こうして、吸血鬼の少女は新たな主を得た。

 


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