第三章 ③
「……?」
目の前で起きた出来事にきょとんと首を傾げるセフィア。
――何だったのかしら
自分がわざと作ったチャンスに二人が技を放ったところまでは理解できるのだけれど……。問題は、その技が自分に届く前に互いにぶつかって打ち消し合って消えてしまったということで。
「何かの策なんですかね……?」
一応疑ってみるも、
「何やってんだよエイリス!」
「そっちこそ、私の邪魔しないでよ!」
この様子を見ればそうじゃないことは明白だ。
「さっきも私に攻撃を当てそうになってるし、目ぇ見てないんじゃないの!?」
「両目とも二・〇ですが何か!? そもそもエイリスの位置取りが悪いんだよ! 最後のなんて俺がどういう技使うかわかりそんなもんなのに斜線に入ってるし」
「私が悪いって言いたいわけ? 私の位置取り以前に、そもそもあなたの戦い方が悪いんでしょ! せっかく二対一なのに自分からアドバンテージを殺すみたいに一人で突っ込んでいくし、邪魔すぎてやってられないわよ」
「なんだと!」
「なによ!」
「まぁまぁ」
額を突き合わせるくらいに食って掛かる二人の間に手をねじ込んで引き離す。
「ルーミック君も、エイリスさんも。お二人はペアなんですから、もっと仲良くしないとめっ、ですよ」
「ていうか、二人だからダメなんですよ。一人でだったらもっと戦えたのに……」
ぼやき自体はルーミックのモノだが、エイリスもうんうんと頷いて。
『こいつが足を引っ張るから』
「あはは……」
ここまで来ると逆に仲がいいんじゃないかと思えてくる。
「でも、一人でやってても私に勝てなかったでしょう?」
「…………」
ドストレートに図星を衝かれて押し黙るしかない二人。気まずげに視線を逸らして……そんな光景は年相応。セフィアが穏やかに笑みを浮かべる。
「それに、それじゃあ意味がありませんから。学園を卒業して騎士になったら集団で戦うことも多くなります。個人が強いことももちろん大切ですけど、その強さは数の暴力に押し切られがちです。あなたたちも、いくら個別では勝っていても同時に何人も相手にするのは難しくないですか? でも、そんな時に1+1を10にも100にも出来たら――」
どうにかなるかもしれませんよね、と。
授業時間の終わりを告げるチャイムの音が響いた。
セフィアの助言も虚しく、一日が経っても教壇から見上げる一角の空気は昨日にも増して悪くなっているような……。チラチラと互いを見やる仕草に可愛らしさはなくて。どう見てもケンカ中のそれだ。
今朝早く一緒にいるところを見かけたものの声はかけなかったので、何をしていたのかまでは知らない。昨日のことも合わせて十中八九そこに原因があるのだろうけれど……。
――というか、ちゃんと私の話聞いてるんでしょうか。
聞いてるはずがなかった。
ぶずっとした顔でエイリスは未だに疲れの抜けきらない脚を机の下で目一杯伸ばしていた。はしたないとは思いつつも、少しでも楽な体勢でいようと思うとこうなってしまうのだ。
昨日のセフィアの話しを受けて歩み寄ろうと思ったのはお互い様だったらしく、手始めに一緒にトレーニングをしようとなったところまでは良かったのに。
肉体を鍛えることを重視するルーミックと、魔装と技を磨くことに重点を置くエイリス。目指すものが異なる以上、当たり前だが彼らのメニューは正反対。
とりあえず今日はルーミックに合わせる決まりとなって。全てのメニューを終えることにはもう息も絶え絶え。実はこうして座っていることさえ結構しんどくて、本当は寝転がってしまいたいのをどうにか我慢しているレベル。
「いくら体を鍛えたって手も足も出ないんじゃ意味ないじゃない……」
つい漏れてしまった声は小さかったのに、耳ざとくルーミックは反応して言い返してくる。
「そっちこそ、肝心な時にスタミナ切れなんかしたらカッコ悪いだろ。いくら魔力を使ってても、最後にものを言うのは体力なんだから」
「そういうの、脳筋っていうんでしょ」
「たったあれだけでバテる方が貧弱なんだよ」
「あれだけ? 朝から二○キロも走ることがあれだけ。 あなたマラソン選手にでもなるつもりなの? むしろついて行けた私がすごいのよ、あんなの」
「途中から魔力使ってただろ」
「使うわよ。だって無駄だもの」
授業そっちのけで火花を散らし始めたペアにえいっ、と振り下ろされた分厚い教科書が頭に当たって鈍い音を立てた。
男女に公平に下された裁きに目に涙を溜めながら顔を上げると、いつからいたのか。セフィアの頭には小さな怒りマークが浮かんでいるように見える。
「先生の話はしっかり聞くように」
「は、はい……」
妙な威圧感に気圧されてこくこくと頷く生徒二人。
「こんな状態じゃあ首席から降ろされちゃうかもしれませんよ、エイリスさん。ルーミック君も。エイリスさんはこれまでに積み立ててきた信用がありますけど、君にはまだ何の実績もないことを忘れないでください。最悪、お説教じゃ済まなくなりますからね?」