04 少年と竜。
また馬に乗って、深い森をあとにした。
同じ宿屋に泊まる。髪はアーテルに切り揃えてもらった。ハイスペックオネエ。
ベッドで休めると、ルンルンと歩く。
すると、その宿屋の廊下で壁ドンをされた。
レウスにだ。
「今夜も一緒に過ごそうぜ、ケイ」
お誘い。
「お断りし……」
「これやるよ」
絶対にお断りだと言おうとしたら、目の前に黒いものが差し出された。それは帯のようなチョーカーだ。
「オレを守ってくれたお礼。お前、買う予定だって言ってたじゃん」
「え? いいのに……結局助かったのは、レウスのおかげだし」
「いいし」
そう言ってレウスは、私の首にチョーカーをつけた。
壁ドンよりも近くて、ちょっとドキドキしてしまう。前からチョーカーをつけられると、妙な気分になる。視線をレウスの胸に落としていたら、急にレウスの顔が近付いた。
唇が重なる。口付けをされたと理解して、私は真っ赤になった。その瞬間、バチッと何かがレウスを弾く。魔力だろうか。
次の瞬間には、そばにいた小さなドラゴンが飛び付いた。
「キィーキィー!!」
「んだよ! キスしただけだろ!」
バタバタと翼をバタつかせて、手を引っ付かせてレウスに攻撃する。レウスは腕で防御しながら下がっていく。
騒ぎを聞き付けて、アーテル達が「何事?」と部屋から出てきた。
「な、なななんでもないよ!! ちょっと外の空気吸ってくる!!」
レウスに唇を奪われたなんて知られたくないから、私はなんでもないと言ってドラゴンに「行くよ!」と声をかける。レウスに攻撃することをやめたドラゴンは、私についてきた。
宿屋を出て、すぐにある噴水前に腰を下ろす。
「はぁ……」
唇を奪われたなんて。奪われたなんて。なんて。
あああー恥ずかしい。悔しい。頭を抱えた。
「……!」
ドラゴンが座っていると思った横には、見知らぬ少年がいた。肌も髪も真っ白な小さな少年。もふもふのローブを着ている。あれ、ドラゴンはどこに行ったのだ。
「何故、自分が【恵の神】と名乗らない?」
ギクリとした。目を瞬いていれば、少年は立ち上がる。
「我がお前を召喚した」
「な、なんですと!?」
「だからあの場にいた」
少年は言う。だから、あの場にいた。
「も、もしかして、ドラゴン?」
あの白くてもふもふのドラゴンが、少年になったの?
「名はドラアズだ」
肯定。白いドラゴンの名前は、ドラアズ。
私も立ち上がって、目を覗き込んだ。月明かりしかないけれど、同じスカイブルーの瞳に見えた。
「召喚? なんで召喚したの?」
「この世界に必要だったからだ。【白雲の女神】を守る、我の使命だ。守り抜いてやるから、正体を明かし、世界に恵みをもたらせ」
「恵みをもたらせと言われても……」
面倒この上ない。
響きからして嫌である。
「存在しているだけで、世界は潤う。人々を癒し、生物を癒す。守られるべき神だ。王都に行き、城で保護されろ」
「とても面倒だから嫌」
「……」
私は正直にはっきり答えてしまった。
「……わかった」
「いいの? 王都に行かなくても、お城に行かなくてもいいの?」
「そうだ。嫌なら無理強いはしない。城の方が安全を保証出来るが、我が守り抜く。存在するだけで世界を潤いを与える。この世界に留まるなら、それでいい」
「留まるよ! だって異世界にいたいもの」
あまりにもあっさりと受け入れられたものだから、驚きつつも私はコクコクと頷く。
「この世界を楽しんで、一生分笑ってやるって決めてるの! ドラアズ……だっけ? その願いを叶えてくれる?」
ドラアズに詰め寄って、尋ねてみる。
「……それを望むのならば、叶えよう」
うん、とドラアズが頷く。
「笑わせてくれる?」
「自分で笑え」
「ドラアズも笑ってよ」
「必要ない」
「笑って」
ドラアズは、登場してからずっと無表情だ。頬を持ち上げて笑顔を作ろうとしたけれど、ドラアズが避けてしまう。
ドラアズって結構な美少年だから、笑えば破壊力あるはず。
「それじゃ命令」
「そんな命令には従わない」
「そう言えば昨日は助けてくれなかった」
「自分の力で助かろうとしていたし、レウスがいたからな」
信じてもいいのだろうか。まぁいい。
自分で助かろうとしたのは事実だし、確かにレウスに助けられた。
「本当に危険な時は、守ろう。誓う。【恵の神】」
ドラアズは傅く。私はそんな行動よりも。
「そう呼ばないで。名前にトラウマがあって……ケイって呼んで」
「わかった。ケイ」
ドラアズが頭を垂れた。ありがとう。
「ケーイ」
宿屋から、レウスが出てくる。
「そのドラゴンと話し終わった?」
レウスは別に少年の姿のドラアズに驚きもせずに、私に話し掛ける。
「今夜も一緒に過ごそうぜ」
「操は守れ」
「あい!?」
ボソッと、ドラアズに後ろから言われた。その後に、背中に重みを感じる。見ればドラゴンになったドラアズが、私の背中にしがみ付いていた。
操は守らないと、支障が出るらしい。
「私は部屋に行くわ。自分の部屋でドラゴンを抱き枕にして寝るから」
「オレを抱き枕にしたら?」
「結構です。ドラアズに噛み付かれるわよ」
「……ちぇ」
断るけれど、キスされたことを思い出して赤面してしまう。
うう。この男に唇を奪われた。その事実が恨めしい。
「じゃあおやすみのキス」
「嫌っ!」
レウスを大きく避けて、宿屋に戻った。
「あ。でも、チョーカーはありがとう。レウス」
「……うん」
振り返って礼を伝えると、レウスは嬉しそうにはにかんで笑って見せる。ちょっとそんな笑顔にドキッとしてしまうのは、どうしてだろう。
当分この人から操を守ることが、課題になりそうだ。
この世界を、エンジョイしてやる。
この異世界で、一生分笑ってやると決めた。
笑ってやるわ。
とりあえず終わり。
20170915