04 竜人と角。
「ディクス隊長ー、アーテルー!」
「声出すな、見付かる」
「……」
声を出すなと言われても、どうやって捜せばいいのだ。
そうこうしているうちに、陽が傾いた。
そして見付けたのは、洞窟。
「しゃーねー。野宿するぞ」
「え、洞窟で? 外で火を炊いた方が、合流出来るんじゃないの?」
「また魔物に囲まれたいのかよ。ここで火を炊いたら、先に魔物が見付けるに決まってる。合流は行くはずだった湖にすりゃいい」
そっか。わかった。と私は頷いて見せた。
元々、湖に向かって歩いていたらしい。また魔物に囲まれては、レウスも大変だろう。私を守りながら戦うのだから。
「さっきの魔法はどうやるの?」
「あ? イメージを固めて唱えるだけ」
「イメージを固めて唱えるだけで、私も出来るかな」
「知るかよ」
冷たい。でもちゃんと教えてくれるだけマシか。
イメージをして、唱える。ベンドだっけ……違うな。ヴェンドか。
「チッ! 行くぞ!!」
「!?」
洞窟に入ろうとしたら、引っ張られた。魔物が迫ってきたらしい。なら洞窟なんて危険なんじゃないか。
「”ーー震わせ風よ、集えそよ風。見えなき刃を数多尖らせ、振るえ、荒れ狂い踊れーー”!」
私の手を引きながら、唱えるレウスが、洞窟の奥へと私を放り込んだ。
そして微かに見えたのは、風が吹き荒れて黒い犬の形をした魔物、四体が引き裂かれた。
すごい魔法だと感心する間も無く、洞窟が震える。
「やっべ」
使った魔法がまずかった。洞窟は震えて、石が崩れ落ちてくる。私は危うくその大きな石に潰されかけたけれど、レウスに突き飛ばされて回避した。
それから暗転。地面に叩き付けられて、気を失った。
「キュゥ……」
そんな可愛らしい泣き声を耳にして、目を覚ます。ドラゴンが顔で小突いて、私を起こした。
暗くて何も見ない。すると、ドラゴンが火を吹いた。それで周囲が見えた。レウスが倒れている。しかも足が大きな石の下敷きになってしまっていた。
「レウス!」
どうしたらいいのだ。とりあえず辺りに散乱した小枝を集めて、そこにドラゴンの火をつけてもらった。慎重に見る。
「ううっ」
「レウス! 今退かすから!」
意識はあるみたいだ。
その石を退かせると判断して、行動した。
「うあ!」
「ごめん! でも退かしたから!」
降りかかっている石ころを振り払って、レウスの顔を覗く。痛みで歪んでいた。
「ガルル」
その唸り声を耳にして、うんざりしながら振り返る。まさかと思えば、そのまさかだった。
火の明かりで確認できただけでも、五匹はいる。犬型の魔物だ。
私は倒れているレウスの剣を取り、身構えた。
獰猛な牙が向けられる。
私達を噛みちぎるためのものだ。
「さぁかかってきなさい!」
私は背にする彼の剣を構えて、虚勢を張る。
その獰猛な牙から、彼をどころか自分を守ることもままならない。
それでも構えた。
彼は私を庇って深傷を負ったのだ。動けない今、私しかいない。私が守る。
「この世界に来て、まだ二日目で死んでたまるか! まだ楽しみ足りないのよ! チョーカーを買う予定しかないけれど、この世界で一生分笑って過ごすって決めてるの!」
私は異世界に来たという奇跡が起きたから、一生分泣いて、それから一生分笑うと決めていた。
だから笑って見せた。レウスのように、歯をむき出しにして笑ってみる。
少しは強がれた。
イメージをして、唱える。イメージして唱える。
風の球体を想像して、唱えた。
「ヴェンド!!」
想像通り、風の球体が現れて、魔物に向かう。
一匹、引き裂いた。
「ヴェンド!!」
もう一度唱えて、二匹目を裂く。三匹目が飛びかかってきたから、剣を突き立ってて息の根を止める。うう。嫌な行為。でも生きるか死ぬかの瀬戸際だ。ごめんなさい。
「ガルル!!」
「嘘でしょっ?」
笑みが引きつる。新たに三匹の魔物が、火の明かりの中に現れる。
女神の私がどれほどの魔力があるかはわからないが、足りない気がした。でも力尽きるまで戦うしかない。
「かかってきなさいよ! レウスには指一本触れさせないから!!」
大声を張り上げる。魔物は動じない。それでも私は戦う。
「ヴェンド!!」
唱えたが、何も起きなかった。もう魔力切れみたいだ。
膝をついてしまう。でも、剣を構え直した。
あと五匹。魔物を倒さなくちゃ。負けない。後ろには、怪我で動けないレウスがいるんだ。
一匹が飛びかかって、私は押し倒された。髪を食い千切られて、痛かったけれど、なんとか剣を突き刺して倒す。
その時、肩を掴まれた。悲鳴を上げかけたけれど、飲み込んだ。
「グァアッ!!」
吠えた。レウスが、吠えたのだ。
それだけで、魔物達は震え上がり、やがて踵を返す。尻尾を巻いて逃げたのだ。
レウスはーー違う姿をしていた。
白金。毛と鱗に覆われた白金の容姿。それは蜥蜴のような顔立ちに変身していた。いや、ドラゴンの顔立ちだ。手も毛と鱗に覆われ、鋭い爪があった。人間とドラゴンを合わせた姿。
そんなレウスが、ズルリと私の肩に凭れて倒れかけた。慌てて支える。
「れ、レウス?」
「くそ……いてぇ……」
「レウスだっ」
漏らす声は、確かにレウスのものだった。
「お前……逃げればよかったじゃねぇか……なんで……」
「なんでって、レウスには昨日も助けてもらったし……放っておけるわけないじゃない」
怪我に響かないように横にさせて、笑いかける。
「……ぶぁーかじゃねぇの……」
レウスは呟く。そうすると、レウスの鱗が一枚一枚剥がれた。毛も抜け落ちるように見えたけれど、鱗と一緒に溶けて消える。レウスが、人間の姿に戻った。白金の髪の青年だ。
「……レウスって竜人なの?」
「ああ。……どうだ、ビビったか?」
ニヤリ、と不敵に笑った。
私は首を振って見せる。
「ううん! 素敵ね!」
「……」
驚いたとか恐れたとか、それではない。素敵な姿だ。
私の垂れ下がる髪の毛が、ポロポロと見下ろすレウスに落ちる。
「髪……短くなったな……」
そう言って、私の髪に触れた。そうなのだ。噛み千切られた。
「短くても美人でしょう?」
「かもな、ははは。っいてぇ」
つられたように笑うレウスだったけれど、すぐに痛みで顔が歪んだ。
「ごめん、レウス。私、手当てとか出来なくて」
「いいんだよ。アーテルが治癒の魔法使えるから、合流したら治してもらう」
「そっか。よかった。それまで我慢だね」
アーテルが治療してくれる。それを聞いて安心した。
「それまでそばにいるから」
「……あっそ」
言葉は素っ気なかったけれど、安堵の息がつく。
そんなレウスに、膝を貸してあげる。
「おい、ドラゴン。ケイが大事なら見張りよろしくー」
「……」
レウスがドラゴンに向かって言った。通じたのかはわからない。でもドラゴンは洞窟の出口を向いた。見張りは任せよう。
レウスの頭を撫でていたけれど、私も眠くなってきた。
一度立ち上がって、小枝を掻き集めて焚き火を燃やす。
それからレウスの元に戻った。
私も横になって、レウスに並んだ。
「腕、貸してやるよ」
「え? あ、ありがとう……」
何故か腕枕をされる。レウスが近い。
にっこりと微笑んでいる。ご機嫌そうだ。
「あのドラゴンと話が出来るの?」
「あー言ってることはわかるけど、ドラゴンの方はあんま話さね」
話は出来るのか。いいな。でもそれってきっと、竜人故の特権なのだろう。私に引っ付いて離れないあのドラゴンは、口数が少ないらしい。
「お前が大事みてぇ」
「ふーん……」
私は背にしたドラゴンに目をやった。ただ洞窟の入り口を見据えるドラゴン。チラリと私を一瞥するけれど、そのまま真っ直ぐ見る。
私が【恵の神】だって理解しているのかな。
レウスに言わないといいけど。
「……昨日手を出しとけばよかった」
「え?」
ボソリと言われた言葉に、目を瞬く。手を出すとか言わなかったか、今。
「なんでもね。寝とけ」
そう言って、レウスは私の頭を包み込むように腕を回した。
えっと、これはなんだろう。恥ずかしかった。
地面はゴツゴツして痛いから、決して寝心地が良いものではない。でもそれどころじゃなかった。逃げたいんだけれど、この態勢。
けれども、レウスから離れるわけにもいかなくて、眠気にも襲われて眠ることにする。
明日に備えて。
翌朝、レウスに肩を貸して、洞窟から出た。
「ケイ、本当に髪が切れちまってるな」
「ああ、うん、そうだね」
もう片方の手で、私の髪を触るレウス。今や髪はジグザグだ。右側が肩につくくらい。左側は顎までの長さ。あとで髪を切り揃えよう。
「あ」
「あ」
目の前に、それが現れたものだから、二人して間の抜けた声を漏らして固まる。
木漏れ日の中に、佇むユニコーンがいた。
白い毛並みは桃色に艶めいて、馬に似た姿。額には、螺旋状の角が一本伸びてある。翼は背中にはない。とても美しい生き物だ。
「やべーな……ケイ」
「あっ……」
ユニコーンが獰猛だってこと忘れていた。
一瞬、焦りと恐怖が走る。でもユニコーンは佇んだままで、私達を見つめていた。その一メートルはありそうな長い角で、グサリと刺してこようとはしない。いや実際は四十センチくらいだろう。
「ゆっくり退がれ」
「あ、あの、ユニコーンさん。角をください」
「おい」
「ダメ元で……」
言葉が通じるかはわからないけれど、ダメ元でお願いした。
レウスは止めようとする。でもユニコーンは別に怒らなかった。
ユニコーンが一歩、近付く。一歩、また一歩と近付くと、レウスが身構えた。私は剣を抜かないように手で制した。
「くれるの?」
ユニコーンの角が、差し出してくれる。
コクリ、と頷く。そんなユニコーンの角を手にすれば、一瞬にしてレウスが叩き切った。
身構えたけれど、ユニコーンはやっぱり怒らない。
そのまま、頭を下げる。そんなユニコーンが、背を向けて歩き去った。
「……これで、ユニコーンと戦わずにすんだね!」
「……ああ」
私が笑いかけると、レウスもニコッと笑って見せる。
次に爆弾発言を落とす。
「お前、処女だろ」
「!?」
激しい動揺を覚えた。危うく怪我人のレウスを投げ出そうとしてしまう。
「違うし!」
「ユニコーンは処女にしか優しくしねぇんだよ」
「ち、違うから!」
「顔、真っ赤だぜ」
投げ出してやろうか!?
顔がこれでもかと熱くなってしまっている。
放り投げ出したい。今すぐにでもレウスを放り投げたい。
この歳まで操を守っていることをバレた。恥ずかしい。
だからこそ、神として召喚されたのかもしれないが。
「やっぱり食べとけりゃよかったな」
ペロリ、と私の頬を舐め上げた。放り投げたい。
「た、食べ!?」
「ケイ! いた!!」
私が瞠目していれば、名前を呼ばれた。本名じゃないけれど。
アーテルが駆け寄って、私に詰め寄った。
「怪我ない!? その髪どうしたの!?」
「いや、私はないよ。髪より、レウスの足に怪我があるの」
「レウス? あんた怪我は治ってるでしょう」
「え?」
アーテルの呆れた声を聞くと、肩が軽くなる。レウスが何事もなかったかのように、平然と立っていた。
「竜人は怪我の治りが早いんだよ」
悪びれることもなく、レウスはにんやり笑って見せる。
じゃあなんで肩借りた!?
「ていうかそれ、ユニコーンの角?」
「あ、うん、もらっ」
「拾った」
もらったと言いかけたけれど、レウスに口を塞がれた。
拾ったと嘘をついたのは、きっと私が処女だということを隠すため。その方がいいかと、うんうんと頷く。
「無事でよかった」
ディクス隊長達も皆無事のようだ。よかった。
「任務も完了だな。東支部に戻ろう」
「はい」
ディクス隊長にユニコーンの角を渡す。そして次の目的地は、ギルド東支部だ。
20170908