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01 召喚と嘘。



 夢かと思った。だって、こんな美しいものがこの世にあるわけない。私の狭い世界にあるはずなかった。私のこの目に映るなんて、夢の中だけだと思っていたのだから。

 世界が裂かれたかのように、空から割れた。

 割れた先から溶け出して、まるでミルクになって私を沈める。飲み込まれたかと思えば、落ちた。空だ。雲から落ちたのだと理解する。急落下しても、痛みは来なかった。

 どこまでも広がる草原にいた。風が走る若葉色の草は、黄金色に煌めく。その風が、私にぶつかって通り過ぎていった。

 水色の空は遥か遠く。白い雲が悠々をその広さを示すように浮かんでいる。私を中心に渦巻いていた。まるで私が落ちてきた穴のよう。目に映る全てが、圧倒するような景色。

 泣いてしまった。どこだかわからないここに辿り着けたことが嬉しくて、涙が零れ落ちる。

 いつもこんな世界に行ってしまいたいと願っていた。何不自由なく育ったのに、生きにくいと思っていた。だから見知らぬ素敵な世界に行ってしまいたかった。それが叶ったのかもしれないと、嬉しかった。大泣きした。

 一生分泣いて、それから一生分の倍は笑って生きたい。

 だから、泣いた。泣いた。泣いた。


「お前、ピーピー泣いてるけどーー…【恵の神】?」

「ふえ?」


 後ろから声をかけられて、私は後ろを振り返る。

 すると、そこには私を覗き込む、白金の髪を琥珀色の瞳を持つ青年がいた。サラサラな髪が、風で舞う。瞳は金色に縁取られた琥珀。それはもう、美しい若い男だった。日本人の顔立ちじゃない。西洋風の顔立ち。


「ピーピー泣いているとは失礼じゃない。【恵の神】だったらどうするのよ」


 もう一人、声が聞こえる。彼の後ろから、黒髪と紫の瞳を持つ長身の男がいた。こちらも西洋風の顔立ち。オネエかな、ゲイかな。どっちかな。

 あ、白金の青年も長身だ。身を屈んで私を覗き込んでいたから、身長がわからなかった。

 ちなみに、私は世間で言うチビである。身長は中学生から止まってしまい、百五十四センチしかない。二十五歳になるからもう見込みはない。彼らは百八十センチはありそうだ。恨めしい。


「【恵の神】……恵様でしょうか?」


 黒髪の男の人は膝を折って、私と視線を合わせて、微笑みかけた。

 確かに私の名前はめぐみである。でも、さっきからこの二人は”神”とつけていた。ただならぬ予感がする。

 私は神として、異世界に召喚されてしまったということだろうか。

 何それとても面倒そう!

 そう思った私は、思わずこう答えてしまった。


「いいえ違います。私は……ケイと申します」

「恵という名前ではないのですか?」

「はい、違います」


 きっぱりと嘘をつく。


「でも確かに空から降ってきたぜ」

「手違いかしら……」


 見苦しい嘘かもしれない。

 二人の視線を浴びながら、目を泳がす。

 すると、咆哮が轟いてきた。気のせいか、地面が揺れている。見てみれば、ドンドンと地を蹴る大きなゾウーーいや、マンモスが突進してきていた。大きな牙が、鋭利に光る。


「よ、避けなさい、あなた!!」

「えっ!?」


 声がして振り返ると、二人はすでにいない。離れていた。

 私は座り込んでいるのに、いくら運動神経が良くても、そんな咄嗟に逃げられない。


「えっ、ええ!? ええっ!?」


 逃げている彼らとマンモスを交互に見て、瞠目しているしかない私に、何かか先に突進してきた。

 ゴロンゴロンゴロンッ!

 草原にそれと転がってしまう。おかげで、マンモスから逃れられた。

 見れば、私に突進したのは、白いドラゴン。幼いらしく、私の上半身くらいの大きさ。瞳は、スカイブルー。頭に二つの白いツノが生えていた。翼は蝙蝠みたいだけれど、それもまた白い。しかも毛に覆われている。首には、もふもふの毛。目がクリンクリンしていて、可愛い。尻尾もフリフリ。可愛い。


「モォオ!!」

「なんでこっち来る!?」


 見惚れている場合じゃない。Uターンして、マンモスが向かってきた。私に猛突進だ。

 すると、黒い影が飛ぶ。ザンッとそれがマンモスの頭を切った。一刀両断だ。それは、さっきの白金の髪の男だった。

 とはいえ、マンモスの返り血を浴びた彼は、真っ赤な男と化している。


「空から降ったのに、まじで【恵の神】じゃないわけ?」


 にんやりと、白い歯をむき出しにして笑いかけてきた。


「ち、違います」


 私は、またもや本能的に嘘をつく。


「なーんだ、じゃあお前には用はねぇや」


 冷たい言葉を浴びせられるが、それははいそうですかとしか言いようがない。


「馬鹿言わないの! 手違いなら保護してあげるべきでしょう。ほら、あなた」


 黒髪の男の人が駆けてきて、手を差し伸べてくれた。

 あ、こっちは信頼できそう!

 私はその手を取って、立ち上がった。でも重い。背中にあの白いドラゴンが引っ付いているからだ。……可愛い。


「ドラゴンに好かれるなんて……そんなこともあるものね」

「珍しいことなんですか?」

「珍しいもなにも、滅多にないことよ」


 右頬に手を当てて、男の人が笑った。


「私はアーテルよ。よろしく、ケイ」

「アーテルさん」

「アーテル、でいいわよ」


 オネエかな、ゲイかな。どっちかな。そう見張っていれば、白金の人が「カマ野郎が」と吐き捨てた。

 ゲイか! それならなおさら信頼できる! なんとなく!

 私はアーテルの腕にしがみついた。


「あら、やだ、可愛い」

「ここって私の世界とは異なるんですよね?」

「そうなるわ。大丈夫。私達が保護するわ」


 きっと歳が近いはずなのに、いい子いい子と頭を撫でられた。これはあれだ。身長が低すぎて、年下と勘違いされているパターンに違いない。


「あの私……こう見えても二十五歳です」

「……」

「……」


 驚愕された。二人とも身を引く。そこまでドン引きする。


「ぷっは! そんな身長でタメとかありえねー」

「いいじゃない、可愛いわよ」


 アーテルにポンポン頭を叩かれる。ええい。可愛い言うな。そんな慰めの言葉いらないのよ!


「こっちの態度悪い方は、レウスよ」

「レウス……さっきは助けてくださり、ありがとうございました」

「別にいいしー」


 同い年なら、さん付けはいらないだろう。

 血塗れなレウスは、興味なさそうにそっぽを向いた。

 おかげでマンモスに踏み殺されずにすんだ。


「行きましょう。この近くに街があるわ。隊長達もそこにいるから、保護すると伝えるわよ」

「勝手にしろよ」


 アーテルに対してそう言ってレウスは、マンモスの牙を切断して手に持った。

「これいくらかな」と漏らす様子からして、どうやら彼らはそれが目当てでこの草原に来たらしい。


「ケイ」

「あ、はい」

「……」


 手を繋いで引いてくれるアーテルが、笑いかけてくれた。私はそれに笑みで応えてついていくと、牙を持ったレウスが意味深な視線を送ってきたけれど、気に留めないようにする。白いもふもふのドラゴンは、相変わらず私の背に引っ付いたままだった。

 保護してもらってから、今後のことを考えよう。

 異世界に来てしまったけれど、自立して生活が出来るように努力をしよう。そうしよう。

 先ずは現状の把握だ。


「あの、【恵の神】って何のことですか?」

「世界を潤してくれるっていう女神のことよ。または【恵の女神】とも呼ばれているわ」

「世界を潤す……」


 それで恵みって名前か。恵む神っていうことか。なおさら面倒そうだ。

 昔、小学校の宿題で名前の由来を尋ねた時、”恵まれるの恵だけれど、本当は適当につけた名前だ”と継父に言われてトラウマになっている。だから、その恵って名乗りたくない。何が”恵まれるの恵”だ。あの時、継父を殴ってやれば、トラウマにならずにすんだんだろうか。


「あるいは【白雲の女神】とも呼ばれている。真っ白な雲から落ちてくるって言い伝えがあるの。異なる世界から、ね」

「でも名前が違うんだから、違うんだろ」


 アーテルの前を歩いていたレウスが口を挟む。

 そうそう。違うってことにしておいて。


「その前に服を買いましょう」

「え? ああ……」

「こっちよ」


 私の服装は、ウサギのキャラクターもののスエットのズボンと、薄手のシャツ一枚だった。それが気になるようで、アーテルは私の手を引く。

 街は石造りの建物が並ぶものだった。写真でしか見たことないギリシャやイタリアの街並みに似ている。中世風の世界ってところだろうか。うんうん、ますますいい。

 目を爛々と輝かせていれば、アーテルがある建物で足を止めた。そこが服屋さんらしい。私ににこりと笑みを向けてから、中に入った。


「これから任務があるから、ドレスはなしよ。ごめんなさいね」

「あ。気にしません。ただ、お金とか……」

「いいのよ、気にしないで」


 ドレスなんていらない。それよりもお金が心配だったけれど、アーテルは私の背中を叩いてウィンクして見せた。任せてもいいらしい。異世界でも頼れる、オネエ様。

 あれ、あのレウスって人はついて来てないや。


「ありがとうございます、アーテル」

「いいってば、ケイ」


 アーテルは並ぶ商品の中から、一つのズボンを取り出した。黒光りする革のズボンだ。それを私に合わせて見てから「このサイズがいいわね」と言った。シャツも一枚、黒のコルセットも一枚取って、最後には黒のブーツ。


「これ買うわ。そのまま着るから」

「かしこまりました」


 店員さんに言うと、私を試着室らしき空間に押しやった。


「ほら、ケイ。脱いで」

「え? えぇ……」


 アーテルが一緒に入ってきたものだから戸惑う。いくらオネエでも今日会ったばかりで、脱衣シーンを見せるのはどうかと思った。


「恥ずかしがらなくていいわよ! 大丈夫だから!」


 ニコニコ、としたアーテルは持っていた服を一度置くと、私の服に手をかけてくる。きゃー! ちょっと待って!

 ズボンを脱がされた。涙目。

 私はすぐさま革のズボンを穿いた。本当にサイズは合っている。

 次はシャツを脱がされた。ええい、覚悟を決めろ私。相手は私を異性とは思っていない! 恥ずかしがることなどない!

 シャツを着れば、身体にフィットした。その上にコルセットを巻くらしく、アーテルがやってくれる。


「ケイ。胸を持ち上げて寄せて」

「え。も、持ち上げて、寄せる……?」


 アーテルの指示通り、自分の胸を持って寄せた。


「違う違う。もっとグイッと持ち上げてグッと寄せるの!」

「うひゃあっ」


 アーテルからガッと私の胸を鷲掴みにしたものだから、奇声を出してしまう。彼はゲイ。彼はゲイ。彼はゲイだから。


「はい、押さえて!」

「う、うん!」


 上げて寄せられた胸を押さえる。アーテルはその隙にコルセットをキツく締め付けて、紐を結んだ。うっと息を吐き出す。


「これでいいわ。うん」


 私を頭の上から履き替えたブーツまで見て、アーテルは満足気に頷いた。うん、オネエ様の納得が得られたならオッケー。

 設置された鏡を見ても、この世界に馴染んでいるように見えた。オフホワイトのシャツは、手の甲まで長い。黒いコルセットで寄せて上げた胸は、谷間が出来ている。首元が寂しい。お金を得たら、すぐにチョーカーでも買いたいな。

 ピンクコーラル色に染めた髪は、長めのボブ。この世界に髪染めあるかしら。


「可愛いわ」

「あー……ありがとうございます」


 頭をなでなでされた。脱衣シーンを見られて、その上胸を鷲掴みにされて上げて寄せられたから、赤面ものだけれども。


「本当にありがとうございます、アーテル」

「いいのよ、経費で落とすから」

「経費で落とせるんですか?」

「事情話せば出来るわよ、きっとね。出なくてもいいけれどね。私からのプレゼントってことで」


 ウィンクをして見せた。アーテル、かっこいい。

 脱いだ服は畳んで、袋に入れてもらった。

 抱えて店から出ると、レウスが待っている。もう血塗れではない。拭いたみたいだし、手には金貨でも入っていそうな袋をカチャカチャと鳴らして持っていた。きっとマンモスの牙をお金に換えたのだろう。


「行くわよーケイ。隊長達はあっち」

「はい」


 アーテルについて行こうとしたら、ツンッと肩を突かれた。


「おい、言っとくけど」


 レウスだ。何かと首を傾げる。


「アーテルは両刀だから」

「え?」


 アーテルは両刀。両刀とは、二本の刀のこと。じゃないな。きっとそんなことを言っているわけじゃない。

 両刀、男性でも女性でも付き合えるということ。つまり、アーテルは。


「……はぁああ!?」


 私が大声を上げれば、振り返ったアーテルがウィンクした。


「ごちそうさまでしたっ!」

「あ、アーテル!!」


 驚きのあまり、一瞬詰まったけれど、口を開く。

 私は今日初めて会った男の名前を、怒鳴った。


「ぷはははっ!」


 レウスが、お腹を抱えて笑う。先に教えてくれよ、レウス!



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