『百式』と『咲乱』
「「あ」」
同じ本を取ろうとして、手が重なる。
そんなラブコメみたいな展開が、私たちの出会いだった。
「あ、すみません、先どうぞ」
「いえいえ、僕はこっちでも大丈夫なんでそっちはどうぞ」
その人は、私と同じ本を取ろうとしたその人は、そう言って別の本を取った。
とはいえその本は、表紙から察するに今の本とは全く違うもので。
「じゃあ、私が読み終わったら渡しに行きます。今日ここで読んじゃうんで」
「え、いやいや、それは悪いですよ」
「大丈夫ですよ、結構読むのは早い方なんで」
「そうですか? じゃあ、あなたの近くで読んでますね、こっちの本」
その人はにっこり笑って言うと、本当に私についてきて、斜め向かいの席について本を読み始めた。
その様子を見てから、私も本を開いた。
「読み終わりましたよ」
一時間くらいかかっただろうか。
声をかけると、その人は私の方を見て、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございますー」
「いえいえ」
「面白かったですか? これ」
「面白かったですよ」
そんな話をしていると、その人は私の顔を見て、笑った。
「あなたとは趣味が合う気がします」
「そうですか?」
「ちなみにたぶん同い年くらいだと思うんですけど、何年生です?」
「中学三年です」
「あ、一緒です。僕も中三です」
本当に同い年だった。
その人は笑みを深めると、首をかしげて言う。
「高校、どこ受けるか決めてます?」
「一応、三高かなと」
「おお、一緒です」
嬉しそうな顔をして、その人は私に向き直った。
「僕、信楽深花っていいます」
「ああ、名前」
「そう。あなたは?」
「斑鳩奈音です」
「音だけ聞くと男の子っぽい名前ですね」
「確かにそうかも」
そう言うその人は、一人称が僕の割に女の子らしい名前だ。
「あなたとは仲良くなれる気がします」
「それはどうも」
にっこり。
信楽さんの笑顔は可愛らしい。
だけど、何となく違和感を覚えるのだ。
なぜかしら、心が危機感を覚えるのだ。
「じゃあ、私は読むものも読んだので帰ります」
「そうですかー。気を付けて帰ってくださいね」
小さく手を振る信楽さんに手を振ってから、荷物を持って背を向ける。
いや、まあ、本当は見たいアニメがあるからなんだけど。
「ああ、でも斑鳩さん」
「はい?」
「嘘はよくないな」
振り返ると、信楽さんは私を見て笑っていた。
何故か、ぞわり、背筋が粟立つ感じがした。
「何の話です?」
「……まあいいです。またね、斑鳩さん」
ひらひらと手を振る信楽さんに背中を向けて、歩き出す。
図書館を出て、家路について、しばらく経ってから、私はようやく、大きく息をついた。
「何でばれたのかな……」
その後、同じ高校に入学した際に、彼女から聞いた話。
「あの日、僕から逃げたでしょう?」
信楽さんはそう言って、この間と同じようににっこりと笑った。
どうやら、私の帰りたい理由が『本を読み終えたから』ではないことが分かっていたらしい。
人心掌握術とでもいうのか、何というのか。
私はこれこそが、信楽深花の一番の強さなのではないかと、思っている次第だ。




