『最強』と噂話
「最近、強い子がいるらしいよ」
俺が高校二年の頃の、ある昼休みのこと。
屋上でパンをかじっていた時、陽色さんを挟んで向こう側から、千里の声がした。
「中学生で、高校生相手にも引けを取らないんだって」
「へえ」
「その子にぶっ飛ばされて塀にめり込んだ不良見たことあるって噂になってる」
「どんな女子だよ」
適当に相槌を打っていたら、陽色さんは真ん中で何かしら考えてから、ポツリと呟いた。
「女子力(物理)ってやつか」
「「ぶっ!」」
思わず二人そろって噴いてしまった。
当の本人は意味が分からないという顔で首をかしげている。
この人は天然なのだ、諦めろ俺。
「たぶん俺はそいつのことを知ってる」
そう言ってから、陽色さんは弁当に入っていた唐揚げを口に入れた。
もぐもぐ、咀嚼を繰り返す。
「陽色さんに中学生女子の知り合いがいるとは」
「その言い方はやめろ、変態臭く聞こえる」
千里の言葉に思わずツッコミ。
陽色さんは、ごくん、唐揚げを飲み込んでから、もう一度口を開いた。
「昔、家の近くで酷い事故が起きたことがある」
「急に過去語りっすか、どうしたんすか」
「その時に助けた女の子が、ちょうど俺の三つ下だった」
「あー」
「えっと?」
何か察したらしい千里が、納得の声を上げる。
よくわからずに首をかしげていたら、陽色さんが俺を見て目を細めた。
「今、中学三年だ」
「それが?」
「最近よく不良に絡まれると言っていたからな」
「つまり、陽色さんが昔助けた女の子が、今町で暴れている中学生女子ってことだよ、一斗」
「……へぇー……」
人の縁とは奇妙なもので、どこでどうつながっているかわからないものだ。
そんなことを思いながら陽色さんの顔を見たら、陽色さんは俺から視線をずらして、弁当を見た。
「噂になってることは本人も知らないかもな。それとなく伝えておくか」
「別にいいんじゃないっすか?」
「たぶん喜ぶから」
「……え、あ、そういうタイプの子? 名を上げたいタイプの子?」
「そうじゃないが」
そう言った後、陽色さんは顔を上げて、屋上のフェンスの向こうを見た。
今日は、えらくいい天気だ。
「あいつにとって、自分が確立していく事象は全て喜びだ」
陽色さんとその中学生女子の間に何があったのか、俺には知る由もない。
だけど一つ言えるとしたら、一つ分かるとしたら。
その中学生女子にとって、陽色さんは『ヒーロー』なのだ。
「いろいろあったんすねえ」
「ああ、いろいろあった」
千里の言葉に、何でもないような口調で答える陽色さん。
そこにはもしかすると、俺などには想像もできないような『いろいろ』があったのだろうけど。
きっと陽色さんにとっては。
……『英雄』たる陽色さんにとっては、どれも当然のことなのだろうと実感した。




