『神官』、未明
生まれたときから、目だけは異常に悪かった。
焦点が合わない、とかじゃない。
目の前がいつも霞がかっているような、不明瞭な感覚。
ささやかな抵抗と言わんばかりに、度の合わない眼鏡をかけてはいるけれど。
視界はいつも、ぼんやりとしていた。
「上川?」
「えーっと、ああ、時宮」
「お前、この距離感でもちゃんと見えてねーのな。眼鏡あってんの?」
当時、中学一年。
同じクラスだった時宮仁時が、僕の目の前でブンブンと手を振った。
「どうかした?」
「ああ。なんか、ちょうどお前の帰り道の辺りかな。あの辺、最近不良がたむろしてたりいろいろ物騒らしいから、帰り道気を付けろよ」
「わざわざそれを言いに来たの」
「知らないでうろついて大怪我されてもたまったもんじゃねーしな」
ぶっきらぼうそうななりをして、意外と人を気遣う男らしい。
「わざわざありがとう」
「おう」
じゃあな、なんて言って手を振って帰っていく時宮の表情が、僕にはわからない。
焦点を合わせようとして見ても、ぼやけた視界はぼやけたまま。
「……はぁ」
いい加減この視界にも慣れてはきたけれど、さすがに一生このままだと生活に困る。
どうにか治る方法はないものか、眼科などにも通ってはいるのだけど……見込みはない。
「なんでだろうなぁ」
深くため息をついて、眼鏡を外して振ってみる。
いや、そんなことで何かが変わるはずもないのだけれど。
なんて、そんなことをしていた折に。
「ぁぁぁあああ!」
叫び声が近づいてきたと思ったら、すぐそばの塀に人らしきものがめり込んだ。
「え」
「あ」
僕の驚きの声と重なるように、しまった、というような声が聞こえた。
振り向いた先に見えたのは、小柄な女の子らしきシルエット。
たぶん、お互いに同じ顔をしていたと思う。
やがて僕が口を開いたのと、彼女が口を開いたのは、同時だった。
「「……なんかごめん」」
重なった言葉に、またぽかんと目を瞬いた。
ごとん、なんて音がして、塀にめり込んでいた不良が地面に落ちたのは、その直後のこと。
それが、その後僕の人生を大きく変える出来事との、ファーストコンタクト。




