『最強』、受講
「よろしくお願いします」
「ああ、うん」
夏休み初日。
頭を下げる俺の目の前に、若干困った顔をしている陽色さん。
現在地は、陽色さんのご自宅である。
「人に教えることは得意なつもりだが、分からなかったらすぐに聞け」
「ハイ」
「とりあえず、一斗の場合は基礎がすでにガタガタだと聞いたんで、ここからやるぞ」
そう言いながら陽色さんが俺の目の前に置いたのは、中一の数学の教科書。
しかも結構使い込まれている。
好奇心で裏表紙を返してみたら、『竜崎帆風』と書かれていた。
「これって、『極神』とかいう異名で噂になってる新入生じゃないっすか」
「ん? ああ、そうだ。借りた」
「そうなんすか」
「俺の中学時代の教科書がどこを探しても見つからなくてな……失くしたようだ」
「はぁ……なるほど」
教科書を表に返して、机に置く。
陽色さんはその教科書をぱらぱらとめくると、あるページで俺の前に置いた。
「ここから」
「え、初っ端?」
「ちゃんとついてこいよ。今週中に五教科の中学三年間分は完璧にしてもらうからな」
「ス、スプラッター!」
「違う、スパルタだ」
かくして陽色さんによるスプラッターかつスパルタな夏期講習が始まった。
だがしかし、そんな講習に成績下位者の俺が耐え切れるはずもなく。
「ひ、陽色さん……すみません……休憩を……糖分を……」
「もう限界か、頭が軟弱なやつだ」
いや、俺すげー頑張ったと思います。
何だかんだで五時間ぶっ続けですよ、学校ではあり得ない授業時間ですよ。
「仕方ない、休憩にするか」
「あ、ありがとうございます……」
「これを食え」
「あ、ありが……ブドウ糖!?」
「何か問題でもあるか」
「あ、いえ、ないです」
もうちょっとこう……お菓子っぽいものを期待した。
いやしかし、相手は陽色さんなのだ。逆にお菓子が出てくる方が驚く。
「ところでこの教科書、何でこんなにボロボロなんですか」
「戦いのたびにカバンごと地面に投げ捨ててたからじゃないか?」
「あ、そういう……」
竜崎帆風という人物に、俺は今のところ直接会ったことがない。
一緒に二高と三高に戦いに行ったという千里から話を聞いた程度。
あと、陽色さんと一緒にいるところを、喫茶店でたまたま一緒に見た程度か。
「竜崎帆風って、どういう人間ですか」
「どういう人間、か」
陽色さんはしばらく腕を組んで考え込み、やがて小さく笑った。
「会ってみればいい」
「へ」
「会えばわかる」
そう言って、一人納得したように満足気に笑った後で、陽色さんは再び教科書を指さした。
「さあ、続きだ」
「あ、ハイ」
この時は、はぐらかされたのかと思っていた。
だが竜崎帆風と会った後で、同じことを居上正哉に聞かれた俺は、真垣陽色と全く同じ答えを返すことになる。
……まあ、これはまだまだ先の未来の話だ。




