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夜想館  作者: 灯野 しおん
幕間

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9/22

幕間 書斎

玄関の扉が静かに閉まった。


 朝の光が差し込むロビーには、

 もう誰の姿もない。


 朔弥はしばらく扉を見つめていた。


 旅立つ背中は、

 いつ見ても少しだけ寂しい。


 けれど。


 今朝の紗希は、

 夜想館へ来た時とは違う顔をしていた。


 それで十分だった。


 黒猫が音もなく現れる。


 いつの間に来たのか、

 玄関脇で毛づくろいをしている。


「ご苦労さまでした」


 朔弥が言うと、

 黒猫はちらりと金色の瞳を向けた。


 もちろん返事はない。


 朔弥は小さく微笑む。


 そして書斎へ向かった。


 重厚な扉を開く。


 紙とインクの香り。


 古い本たちの匂い。


 朝の静かな光。


 本棚には、

 数え切れないほどの本が並んでいる。


 一冊一冊が、

 夜想館を訪れた人々の物語。


 朔弥は新しい本を手に取った。


 深い藍色の表紙。


 昨夜まで存在しなかった本。


 背表紙には、


『雨宮 紗希』


 と刻まれている。


 朔弥は静かに棚へ収めた。


 本たちの間へ、

 自然に溶け込むように。


 すると。


 ぱらり、と。


 どこからか紙の音がした。


 朔弥が振り返る。


 本棚の一番奥。


 そこには一冊だけ、

 題名のない本が置かれていた。


 古い革表紙。


 長い年月を経た本。


 誰も手に取らない本。


 いや。


 手に取れない本。


 黒猫が本棚へ飛び乗る。


 そして、

 その本の前へ座った。


 金色の瞳が、

 まっすぐ朔弥を見ている。


 朔弥は目を伏せた。


「まだですよ」


 小さく呟く。


 黒猫は瞬きひとつしない。


 まるで。


 その言葉を信じていないみたいに。


 窓の外では、

 雨上がりの風が若葉を揺らしていた。


 新月は終わった。


 次の客が来るまで、

 しばらく時間がある。


 けれど。


 朔弥は気づいていなかった。


 遠く離れた金沢の町で。


 一人の女性が、

 静かな雨の中を歩いていることを。


 そしてその足元を。


 一匹の黒猫が、

 ゆっくりと先導していることを。

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