元駄女神
フォルを連れて屋敷に帰ってきた。
庭ではノエルが目を閉じて、木剣を正眼で構え、静かに立っている。
ノエルって、神界での戦いが終わってからも毎日鍛錬しているんだよなぁ……
俺が感心しつつ近づくと、ノエルは目を開けてこちらを見た。
「女神フォルトゥナ!? なぜここに!」
ノエルは聖剣ラングザードを出して、フォルに切りかかる。俺は神剣ベイルスティングを出してそれを受け止めた。
「ノエル、落ち着けって。こいつはもう女神じゃないし、なんの力もないただの人間だよ」
するとフォルが俺の陰に隠れてノエルを煽る。
「そうですよ、ノエルちゃん。あなたは無力で罪も無い一般人を殺すつもりなのですか?」
「力は失っていても、罪ならたくさんあるでしょう!」
熱くなるノエルに対して、フォルは冷静に反論する。
「人間になってから、まだ罪は犯していないと思うのですが」
「おのれ……、屁理屈を!」
ギリ、と歯噛みし、剣を構え殺気を振りまくノエル。俺は彼女を抱きしめて頭を撫でた。
「今から説明するから落ち着いてね」
「カイトがそう言うなら……」
ノエルは渋々剣をしまった。騒ぎに気付いてみんなが出てきたが、「説明するから」とリビングに集合してもらった。
* * *
リビングでお茶を飲みながら事情を一通り説明した。
一同ジト目で俺の話しを聞いている。説明中は空気が重たかったが、説明が終わるとさらに空気が悪くなった気がした。
ノエルは腕を組み、目を吊り上げている。
「よりによってフォルトゥナを連れて帰るなんて、どんな神経をしているの?」
「まぁまぁ、今は女神の力を失っているし、奴隷紋によって俺に絶対服従だから、悪さもできないって」
今度はクレアが涙目で抗議する。
「奴隷枠は私だけで十分じゃ無かったんですかー?」
「クレアのことは、奴隷じゃなくて恋人と思てるから」
マユは呆れて諦めたような顔をしている。
「でも、フォルトゥナも恋人にするつもりなんでしょ?」
「うぐっ……、それは、その……」
他にもため息交じりの声がいくつか聞こえてくる。その空気を全く気にしない様子でフォルは明るく声を張った。
「みなさん、これまでのことは水に流して、これからはよろしくお願いしますー」
「お前が言うなーーー!!」
フォルはみんなから一斉に、熱い歓迎の言葉をもらうのだった。
* * *
夜になり、俺は恋人たちとの日課をしっかりとこなした。
部屋の隅ではフォルが俺たちの行為を黙って見つめていた。みんなが満足し疲れ果てて眠ったのを見ると、フォルはベッドに近寄ってきた。
「あなた達が夢中になって交尾する様子は、天界からも何度か見ましたが、人間の体になって見ると何と言うか、体の芯が疼いてきますね」
「交尾とか言うな。フォルもしてほしいのか?」
「カイトこそ、私としたいのではありませんか? どうしてもとお願いするのなら、やらせてあげますよ」
フォルが、着ているネグリジェの肩ひもを外すと、大きな膨らみがこぼれ落ちる。俺はドキッとしてすぐに視線を逸らした。
「お、俺はもう満足したから、お前にお願いする必要なんかないけどな」
「ふっ、素直ではありませんねぇ。満足したのなら、あなたの股間で存在を主張しているそれはなんですか?」
フォルはベッドに上がってきて、這いながら俺の上に来た。そして体を俺に預けるように寄りかかる。
「おい、やめろ。俺にそんなつもりはないんだ」
するとフォルはクスクスと笑い出した。
「今の私の力は人間の中でもかなり弱いのですよ。超越者たるあなたが本当にやめて欲しいと思うのならば、私を押しのけるくらいたやすいのでは?」
フォルはそう言いながら俺の首に腕をまわして、唇が触れてしまいそうなほど顔を寄せる。さらに、俺の背中に絡みつくように腕をまわした。
「さあカイト。しても、しなくてもいいのですよ。あなたの好きなようにしてください」
* * *
翌朝、ダイニングにて恋人たちとテーブルを囲い朝食をとっている。
「やっぱりヤったのね……」
「カイトの無節操」
「まったくですぅ」
「美人だったら、なんでもいいんだね」
「私たちとするよりも激しかったよね」
「カイト様のすることに文句はありませんが……」
ノエル、マユ、クレア、フィリス、アイリ、レイナが半眼で俺に一言ずつ溢した。フォルは機嫌よさそうに座っている。
「昨夜はとても良い経験でした。人の営みが、まさかあれほど良いなどとは思ってもみませんでした。あなたたちが夢中になるのも分かります」
みんなは寝たふりをして、俺がどうするのかを窺っていたらしい。俺はそれに気づかず、欲望のままフォルを思い切り抱いてしまった。
もっとも、みんなはフォルも恋人にするだろうと読んでいたようで、呆れられたが怒られはしなかった。
「私はカイトに認めてもらえたようなので、みなさん改めてよろしくお願いいたします!」
フォルがにこやかに挨拶をすると、一斉にため息が漏れた。これまでのことを考えると、無理もないだろう。
「じゃあ、屋敷を案内するよ。フォルの部屋も決めないとな」
「私はカイトと同室で構いませんよ」
みんな、ただでさえ不満なのに、フォルだけを優遇なんてできるわけない。俺は「行くぞ」とリビングを出た。
俺がフォルと歩き出すと、ノエルも付いてきた。まだフォルのことを警戒しているのかな?
三人で無言のまま廊下を歩いていると、とても気まずい。いたたまれなくなって、俺はフォルに話を振った。
「結局、フォルって何がしたかったんだ? わざわざ自分に制約を付けてまで俺たちと戦って、その隙を地球の神に突かれて負けるなんて間抜けだよな」
「更に神格を高めるための条件を満たすためです」
「神格? 条件? 何だそれ」
フォルは、俺を小バカにするように軽く息を吐いて続けた。
「いくつか達成すべき条件があるのですが、『自分の創造物に勝負を挑まれ、二割以上エネルギーを削られた上で、返り討ちにする』というアチーブメントを達成しようとしていたのです」
「アチーブメントって、ますますゲームみたいだな」
フォルはもう一度、軽く息を吐いた。
「ゲームですよ。神にとって高みを目指すということは、人間のする無意味なゲームと本質的に変わりません。より上位の存在になり愉悦に浸るのですから」
「話を戻しますね。そのアチーブメントを達成するには、自分を極限まで弱体化させる必要がありました。そうしなければ、カイトがいかに人間最強でも、私の一息で粉砕してしまいますから」
まぁ、そうだろうな。弱体化していたのに、神の薬まで使っても勝てなかったんだから。
「それにしても、本当に驚きましたよ。地球の神がノエルちゃんに協力し、さらにはミラゼリアまで使って、全力で私を潰しに来るなんて……」
ノエルは記憶を辿るように、静かに語り始めた。
「ラプラスの記録の権能を通して、地球の神から連絡を貰っていたのよ。地球の魂を取り上げる、迷惑なフォルトゥナを倒すために協力して、と」
「ミラゼリアを人間が使えば、膨大なエネルギーに耐えられず、魂が崩壊してしまうらしいから、そうならないように、私たちの力が尽きてから使ったのよ」
「そのおかげで、七人がかりとはいえ、ミラゼリアの力を受けきれたんだよ。痛んだ肉体と魂を治癒して、消耗しきった魔力を満たしてもなお溢れ続けるエネルギー量には、本当に驚かされたわ。ついでに地球の神は、私とカイトの攻撃に神気を上乗せしてくれていたみたい」
「それで、戦う前に必ず勝てるって言っていたのか」
俺があの日のことを思い出して問うと、ノエルはコクリと頷いた。
「ミラゼリアをくれたことと、フォルトゥナの力を可能な限り削ったら、あとは何とかするって地球の神からは言われていたんだ」
俺とノエルが話し込んでいると、フォルが一歩前に出て振り返る。
「二人とも、もういいでしょう? 全ては過ぎたことです。それよりも、お腹がすきました。何か食べさせてください!」
「いや、さっき朝飯食べたばっかだろ……」
「でも、空いたものは空いたんです!」
頬っぺたを膨らませるフォルに、思わず脱力してしまった。
「はいはい、元駄女神様。何が食べたいんですか? レイナに言えば、美味しい料理を作ってくれるよ」
「レイナちゃんの料理はどれも美味しいので、お任せで!」
こうしていると、フォルは普通の美少女にしか見えない。
女神フォルトゥナと対峙した時の威圧感や、トラウマ級の強さは全く感じない。性格も変わっているような……。
元女神が軽い足取りで屋敷の廊下を歩いている。俺とノエルは、その背中を追いながら、ぼんやりと眺めていた。




