タスケル
澄み渡った青空の下、街を通り抜ける風が心地よい。マユとクレアは俺の両隣りで寄り添うように歩いている。少し離れて、フィリスも静かに歩調を合わせていた。
さて、今日はどうしようかな。ダンジョンの四十階層でも目指そうか。
軽い足取りで歩いていると、ノエルの声が聞こえてきた。
「ザッコスのパーティが深い階層を目指しているよ。マユの聖光のサポートがない彼らの実力では、十九階層で全員死亡するよ」
ふーん、無謀だなぁ。ザッコスなんてどうでもいいから放っておこうよ。
「ザッコス、モブーラ、ヨワーネの三人はマユの幼馴染だよ。喧嘩別れみたいになっていても、幼い頃は笑いあった仲だから、死ぬとマユが心を痛めるよ」
それはまずい。助けに行くか。冒険者ギルドのポータルで二十階層まで行って、十九階層へ行けばいい?
「そうだね、それなら間に合うよ」
* * *
冒険者ギルドのポータルから、ダンジョン二十階層まで転移してきた。
マユが意外そうに俺を見ている。
「てっきり三十階層まで行くんだと思ってた」
「ああ、ちょっと十九階層に用事があって」
「ふーん」
マユにザッコスを助けに行くと伝えれば、複雑だろうから伏せておく。
「少し急ごうか」
俺たちは早歩きで十九階層を目指すが、まったくモンスターに遭遇しない。
ねぇノエル、今日はモンスターはお休みなの?
「マユが神聖魔法サンクチュアリを使っているよ。マユを中心として聖域が展開されて、雑魚は神聖なオーラを嫌がって近づいてこないよ」
へー、いつの間にそんなの覚えたんだろ? 便利だな。ここらのモンスターは、倒しても得られるものが少なそうだからちょうどいい。
ほどなく十九階層に到着すると、ノエルの声が聞こえてきた。
「ザッコスたちは、既にモンスターに襲われてるよ。急いだほうがいいね」
了解。せっかく助けに来たんだ、間に合ってくれよ。
俺はみんなに「走るよ。付いてきて」と伝えて、ノエルのナビに従いダンジョン内を走る。
遠くから戦っている音が聞こえてきた。音の方に近づくと、オーク三体と戦っているザッコスのパーティーを発見した。
ザッコスは血と泥にまみれながらも辛うじて戦っている。モブーラは盾を構えてはいるものの膝をついて動けていない。ヨワーネは地に伏している。
俺はダッシュで距離を詰め、オーク三体を切り捨てた。
傷だらけのザッコスに、セイグリットヒールを使用して死なない程度に怪我を治してやった。完治もできなくはないけどなんか嫌だ。
モブーラとヨワーネは、マユが治癒してくれた。
二人は何度も目を瞬かせて、自分の体を確認したり、周囲を見回したりしている。何が起きたのか、分からなかったんだろう。
オークを倒した瞬間、ザッコスは目を見開いて驚いていたくせに、助けたのが俺だと分かると「何で助けた」と不機嫌そうな顔をした。
別にお前のためじゃない。でも「マユが悲しむから」とか言うと勘違いしそうで嫌だ。俺は返答に困りながらも口を動かした。
「コマッテイルヒトヲ、タスケルノハ、トウゼンダロ」
俺が心にもないことを無理して言うと、クレアが突っ込む。
「カイト様、棒読みになっています」
「そんなことないでしょ!?」
俺は慌てて取り繕おうとしたが、周りを見るとマユもフィリスも湿った視線で俺を見ている。ゴホンと咳払いをして、ザッコスに向いた。
「マユの能力でサポートされてないお前らの強さは、十三階層程度が適正だよ。さっさと戻りなよ」
「マユの能力だと? 明るくするだけのスキルが無くても、魔法で明るくすれば問題ねぇよ」
ザッコスのまるで分かっていない物言いに、俺はつい「はぁー」と大きく息を吐く。
「マユの能力は明るくするだけじゃない。その光を受けた仲間は強化され、敵は弱体化する。お前、本当に今まで気が付かなかったのか?」
ザッコスは俺の言葉を受けて「そんなの嘘だ!!」と語気を強めた。
「信じなくてもいいよ。ただ、あまり無理して深い階層まで潜って死なれると、俺たちが嫌な気持ちになるから、頑張ってもせいぜい十五階層くらいまでにしておけよ」
ザッコスと話し込んでいると、オークの群れに囲まれた。八体か。
「マユ、あの雑魚の群れ、任せていい?」
「うん、任せて」
それを聞いたザッコスは、何が嬉しいのか知らないが笑い声をあげる。
「バーカ、マユの攻撃能力はほぼゼロなんだよ!」
ザッコスの声など気にも留めずに、マユは魔法を発動させた。
「ホーリーレイ」
マユのともす聖光の明かりが強くなり、光球から複数の閃光がほとばしる。一瞬でオークの群れは蒸発しコアへと変わった。
ザッコスは、顎が外れたんじゃないかと思うほど大きく口を開けている。
「マユは神聖魔法に高い適性があるんだ。本気を出したらもっと強い威力の魔法を放つことだってできる」
マユの凄さを軽く説明してやった。自分のことじゃないけど、得意げになってしまうのは仕方ない。
ザッコスは顔色を変えて、マユに土下座した。
「マユ! 俺が悪かった、許してくれ! 俺のパーティに戻ってきてくれ!」
マユは冷たい視線をザッコスに向ける。
「なにをいまさら。私のことを散々無能と罵り続けていたくせに」
ザッコスは両手を地面に付いたまま、縋るように顔を上げた。
「俺たちはガキの頃から一緒だっただろ? そんな見た目がいいだけの野郎に惚れちまったのかよ!?」
マユの瞳に怒りの火が灯った。彼女は、今まで見たこともないような強い語気で、ザッコスの言葉を切り裂く。
「カイトは見た目だけの人じゃない! カイトは私のスキルが明るくするだけだと言っても、一度だって馬鹿にしたことはない!」
マユの剣幕に、ザッコスは言葉を失う。マユは普段のトーンに戻って続ける。
「それに私がこの力を得たのも全部カイトのおかげ。だから私のすべてをカイトのために使うと決めたの。何より私はカイトを愛している。カイトから離れたくない」
マユは俺に寄り添い手を握った。
……勝った。まぁ、昨日既に勝っているわけだが、胸の奥がむず痒いくらいの充足感がある。
俺が頬を緩ませてザッコスを見つめていると、彼は顔を歪めて地面に拳を打ち付けた。
あの表情こそが、苦虫を噛み潰したような顔って言うんだろうな。心中お察しするけど、俺はお前と長々と話すつもりはない。
「こんなところで野垂れ死にされても気分が悪いから、十五階層くらいまで送っていくよ」
ザッコスは「誰がお前なんかに!」と拒否したが、モブーラとヨワーネが「頼む」「お願い」と頭を下げるので、結局ダンジョン出口まで同行したのだった。




