エピローグ
それから数ヶ月。
灰原家の庭には、カボチャ色の軽トラと、誠が「通勤用」に購入したという(中身を香澄が魔改造した)四輪駆動車が並んでいる。
「誠! また玄関のセンサーライト、感度設定をいじったでしょ! 私が昨日、完璧に調整したって言ったじゃない!」
「ごめん、香澄さん。君が帰ってきた時に一番綺麗に照らしたくて、つい……」
「つい、じゃないわよ! ほら、軍手貸しなさい。あんたはそこで大人しく、私が剥いたリンゴでも食べてなさい!」
香澄の怒鳴り声に、誠は「はい!」と嬉しそうに応える。
誠は一ノ宮グループの若きトップとして多忙な日々を送っているが、帰宅すればこの家の「見習い」だ。香澄に叱られ、指示を飛ばされる時間が、彼にとっては何よりの癒やしであり、贅沢なひとときだった。
香澄は相変わらず紺ジャージを愛用しているが、足元だけはあの日誠が贈った、世界に一足の「オーダーメイド作業ブーツ」が誇らしげに輝いている。彼女は現在、一ノ宮グループ全施設のインフラ統括顧問……という大層な肩書きを持ちながらも、現場第一主義の「最強の職人」として、今日も元気にボルトを締め上げている。
*
一方、静江たち三人は、夢にまで見た代官山のタワーマンションから……わずか三ヶ月で「強制退去」を命じられていた。
実は、マンションの賃貸契約には、誠が密かに仕組んだ「ある条項」があったのだ。
それは、『公序良俗に反する行為、または近隣への著しい迷惑行為があった場合、即座に契約を解除する』というもの。
家事能力ゼロの彼女たちは、最新式の全自動キッチンを使いこなせずボヤ騒ぎを起こし、さらに管理費や光熱費をブランド品代に回して滞納。極めつけは、ゴミ出しのルールを無視してゴミ袋をエントランスに放置し続け、住民から苦情が殺到したのである。
「ちょっと! なんで私がトイレ掃除なんてしなきゃいけないのよ!爪が割れちゃうじゃない!」
「ママ、お腹空いた……。電子レンジって、どうやって使うの? 爆発しない?」
「香澄は!? 香澄を呼んでよ!」
現在、彼女たちが身を寄せているのは、都心から遠く離れた、築50年の壁が薄いボロアパートの一室だ。もちろん、そこには修理をしてくれる香澄もいなければ、追い炊き機能もない。
最新家電に囲まれてふんぞり返っていた彼女たちには、アナログな生活は地獄そのもの。働かなければ一銭も入らない。掃除をしなければゴミに埋もれる。
香澄がどれほど過酷な状況で自分たちを支えていたか、彼女たちは今、身をもって(そして涙を流して)痛感していた。
*
「……ったく。あいつらも少しは苦労して、真っ当な人間になればいいけど」
香澄は窓の外を見つめながら、ふと笑った。
「香澄さん、どうしたの?」
誠の指が、香澄の指に絡まる。
かつては泥にまみれていたその手は、今、愛する人の温もりに包まれていた。
ガラスの靴はいらない。
そんな繊細なものは、すぐに割れてしまうから。
鉄の意志と、鋼のスパナ。そして、どんな泥の中でも自分を見つけてくれた「不器用な王子様」。
人生に「メンテナンス・フリー(手入れいらず)」なんて存在しない。
ガタが来れば締め直し、サビが出れば磨けばいい。
大切な家も、自分たちの未来も。
この鉄腕で、一生かけて手を入れ続け、磨き上げ、最高に輝かせていく。
それが、香澄が選んだ、最高に愛おしい、新しいおとぎ話の結末だった。




