私の砂が落ちるまで ④
ルームサービスのディナーを下げてもらって、私は用意して置いた二つの紙袋を冴の目の前に持って来て中身を出して尋ねた。
「色違いのバスローブ、備え付けのは嫌だから、下のショップで買って届けておいてもらったの。どっちの色?」
冴の選んだ色が私の見立て通りだったのが嬉しくて、でも思わず緩んでしまう顔を見られるのがちょっと恥ずかしくて
「じゃあ、先にお風呂入るね」
とバスルームへ逃げた。
。。。。。。。。。。
部屋の電気は消していても、窓の外を眺めて居ても、部屋に戻って来た冴の気配は分かった。
「外は満月だよ」
外を眺めたまま声を掛けると冴も
「きれい……」
と、月を眺めた。
「満月、きれいだよね」と振り返って見た冴は月明りをその顔に写してとても美しかった。
だから私は誘わずにはいられなかった。
「せっかくの月明りなんだから…… 静かに踊らない?」
「私はダンスなんて知らないよ」
「私も知らない。でも……こうすれば」
と私はスリッパから足を抜いて裸足になり、昼間より少しだけ遠くになった冴の肩につま先立ちして手を掛けた。
「うん、大丈夫」
「曲はどうするの?」
って冴が訊くので私は左手に隠し持ったスマホを見せた。
「今はスマホですぐ曲が買えるんです。やっぱり“ムーンライトセレナーデ”かな… 冴さんのリクエストは?」
「何だろう……月だからロケット、“ロケットマン”かな……」と冴はリクエストしてくれた。
「オッケー!」
私は音楽を奏で出したスマホをベッドに放り出して、冴の背中に手を回してピッタリと体を寄せた。
そして、二人して曲に身を任せて静かに揺れた。
今度は私自身が“オジギソウ”になってゆっくりと冴の胸元に顔を埋めた。
「今は二人同じ匂いだね」と、胸元にキスしてから冴を見上げると
「?」と目で尋ねて来たので
私は瞳を閉じ、唇をとがらせてキスをせがんだ。
冴が触れるくらいのキスしかしてくれないので私は冴の首に両腕で抱き付き引き寄せて顎の辺りから舌を這わせて下唇との際を舐めた。
冴が叫び声を上げた。
それは私が相手を“溶かす”時の“いつものやり口”。
甘い香りに誘われた“いいひと”を“舌”という“消化液”で絡めとって私の腕の中で溶かしてゆく。
私の舌は叫び声をあげたまま半開きになっている冴の唇を割って入り、少しばかり痙攣している冴の舌に触れ、弄びながら冴の“鍵穴”を探した。
そうやって探り当てた鍵穴から“消化液”を流し込んでカノジョの神経を揺さぶり、その奥の奥に眠るカノジョの“心の胡桃”を割った。
ああ、これできっと!!
この子は
この先の未来に
私で無い誰かと
愛で繋がって
心を通わせる事が出来る……
だけど、今この瞬間だけは
ただ私の為だけに
心を通わせて欲しい!!
そうしてくれたら私はあなたの“業”を受け継ぎ、
私のジクソーパズルは完成する。
そして、完成したジクソーパズルはアスファルトの上でバラバラになって四散するんだ。
二人の“業”と共に……
。。。。。。。。。。
二人一緒にお風呂に入った時
私は自分で付けた傷痕を冴の目の前に晒した。
刃物で付けた傷だらけの下腹部を……
私自身を真っ二つにしたかった傷跡を……
その残骸はその後の私の人生そのもので、みっともなく縫合が引きつれていた。
そして私の傷跡に茫然と目を落としている冴に言った。
「全部、自分でやったの」と
パタパタパタ
私の傷口に
まるで降り始めた夕立のような大粒の涙を
冴は降らせくれた。
その傷のひとつひとつをキスで辿ってくれて
私は呻くように泣き、泣くように呻いた。
そしてお互いが一つの渦巻いた液体になりたいと願いながら長く長く深いキスをした。
。。。。。。。。。。
たくさんじゃれ合って
たくさんお話しして
またじゃれ合って
クタクタになって
ようやく二人抱き合ってベッドに入った。
冴の腕に抱かれて
久しぶりにまどろむ事ができた私だけれど
見る夢はやはり
私を許してはくれなかった。
バスルームに置いているであろうT字カミソリの刃を抜いて
この“私”を刻みたいという狂おしい衝動を
今は冴が居るから、冴の腕の中なのだから
明日になれば
すべてアスファルトの上で粉々にできるのだからと
ようやく抑え込んだ。
やはりだ!!
遠くない未来
私は完全に壊れる。
そうなってしまったら
冴も無事では済まない。
だからこそ
必ず明日決行しなければいけない!!
でも、こんなにも冴と別れるのが辛くなるなんて!!
私、恋らしきものは何度もしたけれど
人を愛したのは初めてだったんだ!!
想像した様には
簡単にはいかないんだ!
辛い!
辛いよぉ!!!
メソメソしながら冴の腕を抜けて
昼間買った写真の裏に
油性のペンで書き始めた。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
ずっと眠れなかった私が、少しの間だったけど、あなたの腕の中でまどろむことができました。
目が覚めて、あなたの顔が見られたのがとても幸せで、キスをしました。
あなたの寝顔、とてもかわいいんだよ。あなたの腕からそっと抜け出して、今、これを書いています。
たった1日のお付き合いだったけど
心からあなたを愛しています。
≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁≁
ここまで書いて
冴が眠りの中で私を抱こうとするのが見えたから
もう一行書き足した。
『あなたが寒そうにしているので、腕の中に戻りますね。』
あとは明日
冴と別れてから
続きを書こう。
終わりまで