タガタメニ
「──来てくれるって信じてたよ。ジャンゴ」
ベルは嬉しそうにはにかみ、ジャンゴが差し出した手をとって立ち上がる。
ジャンゴの後方には、ヘッドライトから眩しい光を放つ白いワゴン車が一台待機していた。
そのワゴン車の運転手は、もちろんトニーだった。ジャンゴがクルマの運転ができないことは、ベルもよく知っていた。朝方は酩酊して吐き、そのまま潰れるように倒れたトニーだが、どうやら復活できたようだ。
……どういうわけか、しかめっ面でひどく不機嫌そうだったが。
大方、ジャンゴがまたなにか言って怒らせたんだろうな、というのはなんとなく察しがついた。
ふたりの間にはよくあることだ。対して不思議なことではない。
「ほら、ベル」
ジャンゴはコートからベルお気に入りの棒付きキャンディーを取り出し、包みを取ってからそれを手渡した。
ベルはそれを口にくわえて、ジャンゴが普段タバコを吸う真似をしてくしゃっと顔を綻ばせた。
「ね、ね、ジャンゴも」
それからベルはちょんちょんとキャンディーの棒をつつき、ジェスチャーを示してなにかを促す。
「ん? ああ」
ジャンゴはそれに従い、持ち合わせていた棒付きキャンディーを取り出し、それを口に運ぼうとしたが、「そうじゃなくて」とベルに言われ、ジャンゴはいつものようにタバコを口にくわえ、火をつけて一服。
味わい慣れた辛みが、口の中に広がる。
「これでいいか?」
「うん。えへへ」
「なんだかずいぶん嬉しそうだな」
ジャンゴはベルの屈託のない笑顔を見てつぶやく。
ベルはさっきまでの落ち込み具合が嘘のように舞い上がっていた。
今まで昼行灯だったあのジャンゴがついに重い腰を上げてくれたのだ。
ひとりぼっちになろうとしているカグヤを助けるために。
その証拠に、彼の腰にはしっかりと年季を感じさせるガンベルトが巻かれ、その存在感をありありと主張している。
そして、背中にはギターケース。……ギターケース? 中はなんだろうか……とベルは不思議に思ったが、まぁ中身はギターではないだろう。多分。
とにかく、今のジャンゴが、することもなくくたびれていた普段の彼とは明らかに違うことはよくわかる。
「そりゃあそうだよ。だって、カグヤのこと、助けに行ってくれるんでしょ?」
「あいにくと、それは買い被りだな。おれはべつに、あいつを助けに行くつもりはない」
「そうなの?」
ジャンゴのあっさりとした否定に、ベルは不思議そうにちょこんと小首を傾げた。
「おれはただ、失くしたものを取り戻しに行くだけだ」
「ふぅん……」
ベルはしばらく唇に指を当ててジャンゴの言葉の意味を吟味し、やがて思いついたように言った。
「それって、ジャンゴ語で「助けに行く」って意味だよね」
「……」
「ジャンゴ、素直じゃないもんね」
「……まぁ、そういうことにしておこう」
短いため息を吐いて、ジャンゴはあえて否定することはせず仕方ないといった具合にそれを肯定した。
ベルの方は、すっかり早合点してさらに嬉しそうに表情を明るくして無邪気に喜ぶ。
「ふふー、ジャンゴったらツンデレなんだからー」
「つんでれ? ってなんだ」
「ジャンゴツンデレー」
「だから、なんなんだ、それ」
いつもの調子を取り戻したベルにからかわれながらも、ジャンゴは満更でもなさそうに苦笑を零す。
「で、あいつはどこに行った?」
「カグヤのこと? ついさっきあそこのリフトに乗って最下層に降りてった」
「そうか。なら、久々に〈ヨミ〉に降りてみるとするかね」
「よーし。それじゃあしゅっぱーつ」
「おまえは帰るの」
「えぇー」
「えぇーじゃない。ほら、トニーと一緒に帰った帰った」
「むー……わかったよぅ」
ベルはしぶしぶといった様子で、トニーのワゴン車の方へと向かって歩く。
そのとき、ジャンゴはふと運転席でハンドルに体を預けて突っ伏していたトニーと目が合った。彼はギロリと鋭い目付きで彼に恨めしげに睨まれ、親指を下に立てる仕草をされた。
ジャンゴも、それに対して同じ仕草をして返す。
「……ジャンゴ!」
ベルが助手席のドアを開いて乗り込もうとしながら、彼女はジャンゴに対して叫んだ。
「なんだ?」
「カグヤのこと、頼んだから! ちゃんと守ってあげて!」
「あぁ、はいはい」
「むっ、ビミョーな反応……。絶対だからね!」
「わかったから。とっとと行った」
「約束だよー!」と、ぶんぶん豪快に手を振りながら叫ぶベルを乗せてワゴン車はトニーの運転で発進した。
ジャンゴは、ベルに手を振り返してやりながらそれを見送り、帰ったら夜通し説教だろうな、と思った。
「……さて」
ジャンゴはワゴン車が見えなくなるまで見送ると、くるりと踵を返し、ふとした拍子ですぐに崩壊してしまいそうなオンボロリフトに向き合う。
「チャリティーライブと行こうか」
背中のギターケースをしっかりと背負い直し、迷いなくリフトに乗り込んだ。
哀愁を誘うほどにひどくサビ付き、あちこちに痛々しい亀裂も走るコンソールに手を触れ、行き先を最下層に設定すると、ガコン! と大きな音を立ててジャンゴを乗せたリフトが軋みながらゆっくりと下へ降り始めた。