アナタをカタチづくる場所
「……あの、ジャンゴさん」
「あ?なんだ」
リニアモーターカー〈エジソン〉に揺られて三時間。
ジャンゴとカグヤのふたりはイストラカンからようやくサン・ミゲルの積層都市へと帰還した。
そのときの時刻は深夜の二時近く。
普段は人でごった返している駅といえど、この時間帯では人通りはほとんどなく、ジャンゴたち以外の列車利用客を含めて数えても、ほんの十五人か二十人程度であった。
この時間帯は都心部であっても治安が悪くなるため、大半の人は家の中に隠れて出歩くことは極力しないものだ。
「今思うと……さっきの車内で、わたし……なんだかすごく失礼なことをしてしまったような気がするんですが……というか偉そうなこと言ってましたよね……」
そして、駅を離れてさらに数時間。現在時刻は早朝の四時。
しだいに夜の黒い闇は明けていき、しだいに夜空は青く染められていった。
もうじき、日が昇る。
どうやら今日はようやく、サン・ミゲルでも連日続いた春の雨は勢いを失い、太陽がその姿を露わしそうである。
「なんだおい、突然」
「いえ、その……」
「……またしおらしくなりやがって、いい加減やめろ。うざったい」
「はい……」
「さっきおれに説教したのはなんかの間違いだったのか?ったく……」
ジャンゴははぁ、とため息をついた。
こんな具合に、事務所へと帰る道すがらで、カグヤはふいに思い出したようにジャンゴに対して申し訳なさそうな態度を唐突に表したので、うんざりしてしまう。
どうやら、先程の〈エジソン〉車内で苦悩を吐露したジャンゴに対して普段とは打って変わった強い態度で諭したことを思い返してしまったようで、彼女はうぅ、と苦しげに唸る。
つい、出過ぎた真似をしてしまった……そう彼女は考えたようで、ジャンゴを静かな口調ながら力強く諭してくれた気丈なカグヤの面影はすっかり消え失せてしまっている。
今では、いつものおどおどとした控えめなカグヤに戻っていた。
「やっぱり、説教みたいでしたよね……本当にごめんなさい……。そんなつもりじゃなくて、わたし、なんだかあのときはかっとなってしまって……」
「ンなことでいちいち謝るなよ……だいたい──」
だいたい、おまえがああ言ってくれたおかげでだいぶ気も楽になったってのに。
……というのは、言わないでおいた。というよりは、言いそうになって、自制して引っ込めたというのが正しかった。
彼女には、本当に感謝している。彼女が自分に助言をしてくれたことで、ひとつの新しい道が見えたのだから。
だから、ありがとう──と。怖気づいたようにびくびくするカグヤにそう言って聞かせてやりたいところだが、そんなことを二度も、改めて口にするのは気が引けるというか自分のガラじゃない……そう思った。
我ながら、素直じゃないな、とも思いながら。
「……だいたい。おまえはなんでそうおれには特に遠慮してんだ。ベルやトニーと話すときみたく少しは気を抜いて話せないのかよ」
本音を隠しながら、別の話題に繋げてカグヤに質問を投げかける。
その問いにカグヤは「そ、それは……」と口ごもり、目線を下に向けてジャンゴから視線を逃げるように外す。
「……あなたが」
「おれが?」
「あなたが……」
だが、カグヤはその後の言葉を続けず、「……なんでもありません」と言い、そのまま口を噤んで話を強引に切った。
それに対して、ジャンゴは追及はしなかった。
元々適当に振った話題だったし、別に彼女がどう答えようが答えまいが大して気にとめなかった。
それに、自分が威圧感のある男だというのは自覚していることであるので、カグヤが自分を前にして萎縮するのは無理もない話だと思っている。
少しは愛想良くできればいいんだろうがな、とは時折思うが、そんな自分を想像すると気持ち悪くて仕方ないので、直す気もないのだが。
「……」
「……(視線が気になる)」
そんなふうに、自分の雰囲気と容姿を気にしてあれこれ考えているジャンゴに、先程からカグヤがちらちらと窺うように見てくる。
なにか言いたいのか、それとも自分の機嫌を窺っているのか……よくわからなかったが、とりあえず知らんぷりをすることにした。
女って言うのは、よくわからない生き物だ。〈ドクター〉によくそう聞かされたし、良くも悪くも、〈ドクター〉のおかげで、それは身に染みている。
兎にも角にも、あまり迂闊に踏み入るものではない。
そう考えながらジャンゴはタバコを口に運ぶ。イストラカンに出かけてからだいぶ久しぶりに吸うので、待望の一本だった。
それに火をつけようとしたところ、
「……歩きタバコはダメですよ」
ライターを持つジャンゴの腕に手を添えるように握り、じとっとした上目遣いでカグヤが諌める。
「携帯灰皿がある」
「そういう問題じゃないです」
「なら止まって吸う」
「ここではダメです。事務所に帰ってからにしましょう?」
「……急にいろいろ口を出してきたな。遠慮してたんじゃねぇのかよ」
「それとこれとは別です。あなたのこと、トニーさんにも頼まれてるんですから。わたしも皆さんと共同生活をするようになったんですし、ダメなことはダメって言わないと」
「そーかい」
なるほど、トニーの差し金か。余計なことをしたものだ。
ジャンゴはタバコをソフトパックに戻しながら、ため息をつき……呆れ顔ではなく、少しだけ嬉しそうな顔を作った。
こいつはこいつなりに、自分の指摘や注意を聞いて、陰気な性格を直そうとしているのだ。
控えめな性格ながら、勇気を出して自分の思ったことをちゃんと言えるように、努力して……。
「で、でも、どうしても吸いたくなったら言ってくださいね。そのときは、喫煙所を探しましょう」
「……」
……訂正。この様子だと思い違いかもしれない。
ジャンゴは天を仰ぎながら、こんどこそ呆れた感情を滲ませたため息を大きく吐き出した。
そうして、そんな他愛もない話をしながら歩いているうちに、愛しの我が家こと事務所に辿り着いた。
「ようやくオンボロ事務所に着いたか。長旅ご苦労さん」
「はい、ジャンゴさんもお疲れ様です」
「悪かったな。いきなり連れ出して」
「いえ。気にしないでください。……あら?」
「ん、どうした?あいつ……なにしてんだ」
事務所の入口横に人影があったのが目に入った。そこにいたのは……。
「……あ、おかえりっ」
赤毛の少女。ベルが壁に背中を預けて佇んでいた。
「ベルさん?どうしてこんな朝早くに」
「あ、うん、ちょっと……ね」
あはは、と苦笑してはぐらかそうとするベル。
その様子を見て、ジャンゴはすぐに察する。
「さてはおまえ、おれたちが帰るのをここでずっと待ってたのか?」
ジャンゴの指摘にベルは驚きを露わにして、「バレちゃった」とイタズラがバレた子供のような笑みを浮かべる。
「うん、待ってたよ。でも、ずっとって言うほどずっとじゃないよ。ちょくちょく中には戻ってるし」
「……何時からやってんだ」
「えーと……八時……夜のね?それぐらいから」
全然寝てないや。
と恥ずかしそうに照れ笑いしながら言うベルは、どこかジャンゴに対してよく懐いた普段の無邪気さはなく、どこか遠慮したような、彼の様子を探るようなものがあった。
ジャンゴはそんな彼女を見て、そばに近づく。
「……ベル」
「う、うん」
そして彼は、少しだけ怯えた様子のベルの前に立つと、
「心配かけて悪かった。待たせたな」
「あ……」
と穏やかにふっと笑いながら言って彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
すると、ベルの顔はみるみる明るくなった。彼の腕を両手で掴み、自分から頭をさらに撫でさせる。
「あっちじゃいろいろあったが……もう大丈夫だ。カグヤのおかげでな」
「いえ、そんなことは……わたしはただ」
「うるさい、このおれが珍しく感謝してやってんだからおまえは素直に受け取れ」
「えっ、それはその、ごめんなさい……」
「あはは、ジャンゴ理不尽」
ふんっ、と鼻を鳴らすジャンゴと、そんな彼を前にして相変わらずおろおろするカグヤ。
そのいつもと変わらぬぶっきらぼうな彼の様子を目にして、ベルの抱えていた不安が消え失せた。
「……あのさ」
「あん?」
「私が心配してたのはさ。ジャンゴが落ち込んでたからっていうのもあるんだけど……それだけじゃなくて。もし、イストラカンに行って、帰ってきたら……別人みたくなってたらどうしようって、思ってさ」
「……」
「それに、トニーから聞かされたしさ。ジャンゴ、本当に笑ってることがないんだって。いつも、目だけは笑ってないって」
「……あいつ、また余計なことを」
「でも、ね」
ベルは掴んでいた腕を手放して、朗らかににかっと笑う。
「改めてジャンゴの目を見ても……全然わかんないや。私には、笑ってるように見えるから。それに帰ってきたジャンゴは、いつも通りのジャンゴだったし」
「……そうか」
「だからね。私は私の目に映るジャンゴを信じようって思うんだ。ジャンゴがどんな風に考えてても、どんな風に生きてても。私は私の知ってるジャンゴが好きだから」
ベルは屈託のない笑顔を見せながら、思ったことを丁寧に纏めて話して聞かせる。
それは、ジャンゴに対してカグヤが聞かせた話の裏付けであり、延長のようなものだった。
カグヤだけでなく、ベルも……自分をジャンゴだから、グレイゴーストだから、ではなく……自分を自分として尊重し、信じてくれている。
それがよく、伝わった。その事実が、ジャンゴの胸に深く染み入る。
「そうか。そんなら、よかったぜ」
「うんうん、よかったよかった」
ベルは嬉しそうにジャンゴの手をとり、次にカグヤの手をとって間に挟まる形になった。
「ふふふーん」となぜか誇らしそうにすると、ふたりの手を引いて事務所へと連れていく。
ジャンゴとカグヤは顔を見合わせ、ふっと吹き出すように笑い、無邪気なベルに引っ張られながら大人しくついていく。
「トニー!ジャンゴとカグヤ帰ってきたよ!」
ベルはバターン!と勢いよく扉を開けて、声を上げて元気よく事務所の中へと入る。
「ベルさん、まだ時間が時間なのでそんなに大きな声を出しちゃダメですよ……えと、ただいま帰りましたー」
「……帰ったぞ」
事務所の中は薄暗く、まだトニーは起きていない様子だった。しかしベルはそんなことお構いなしに、「トニー!トニーーーー!」と大声で呼ぶ。
すると、まだ眠そうな、あるいは不機嫌そうな顔をしたトニーが起きてきて姿を見せた。
「あーもううっさいぞ……今、何時だと思っとるんだ」
「朝の四時!おはよ!」
「……おまえさんなぁ」
まったく悪びれないベルの態度に眉をひくつかせて、今にも剣幕が飛び出しそうなところであったが、帰ってきたジャンゴとカグヤの姿を視界に捉えて、注目が逸れる。
「……ジョン」
「よう」
「おう。おかえり。まぁ、なんだ。無事帰ってきたか」
トニーは帰ってきた友人にかける言葉を探しながら、とりあえず無難な挨拶をする。
それから、続けて……さらに別な話題を振ろうとしたが、どんな話をすれば適当なのかわからなかった。
そもそも彼がイストラカンに出向き、そこでなにがあったのかさえもわからないため、それなりに付き合いの長いトニーと言えども、出かける前にあれほど落ち込み、不機嫌そうにイラついていた彼の現状を確かめるセリフなど見つけづらいものだ。
しかし、そんなトニーの悩みもベルには知ったところではないようで、
「そーそー、帰ってきたよ、ジャンゴ!ちゃーんといつも通りのジャンゴが帰ってきました〜!わー!」
ぱちぱちー!と拍手しながら気が抜けるようなオノマトペを声に出すベル。さらに、「ほら、カグヤも」と囁くように促して、「ぱ、ぱちぱちぱちー……」と控えめにジャンゴに拍手をする。
「……なんだその安い演出。カグヤまで乗せられやがって。そもそもいつも通りのおれってなんだよ」
拍手を受けるジャンゴは呆れ果てた、といった様子ながら、その顔には意外と満更でもなさそうなものが滲んでいた。
「素直じゃなくてすっごくめんどくさい!」
そして、ジャンゴにいつも通りとはどんなものかと尋ねられたベルは、無邪気に悪気なくキッパリと答える。
ジャンゴはそのオブラートにまったく包まない純度100パーセントの答えに閉口し、カグヤに至っては「ふふっ……」と、思いっきり吹き出して笑いを零す。
「おい、カグヤおまえ……なに笑ってんだ」
「ご、ごめんなさい。でも、ふふっ……そんな、ハッキリと……めんどくさいなんて……うふふ」
「く、この……おまえやっぱりいい性格してるぜ、というか性格悪いだろ、間違いなくだ!」
「そ、そんなことありませんってば。ぷっ、ふふ、だ、ダメ……笑いが止まらなくて……うふふっ、ご、ごめんなさい……」
「あぁぁぁ!こいつ苦手だやっぱり!だから女は嫌なんだ!この根暗女が!Damn It!!」
「あはは、カグヤすごい。ジャンゴのこと翻弄してる。こんなジャンゴ初めて見たかも。ジャンゴもダメだよー。事実を言われて怒っちゃ」
「あぁ、なんだと?おいベル。今回ばかりはおれも怒るぞ!」
ぎゃあぎゃあと、賑やかに諍うジャンゴたちの様子を見せつけられて、トニーは「……ははっ」と釣られるように笑った。
「なるほどな、こりゃ、確かにいつも通りだわな」
トニーは安心して、随分と気が楽になった。
すっかり、元のジャンゴに戻っている。
思い詰めていた彼の面影はとうになく。今までと同じく、ひねくれ屋で、口とガラが悪く、不器用な男の姿がそこにあった。
そんなどうしようもない友の姿を再確認して、トニーは心底安堵した。
相変わらず感情表現は下手くそだし、愛想もなくぶっきらぼうで、過去のことを引きずって笑顔も満足に作れない男だが、人として……ジャンゴとして、トニーの友人のジョナサンとして、彼はいつも通りでそこにいる。
だが、変わりつつもある。ただし、自分やベルが懸念した悪い方ではなく、むしろ、良い方向へと。
今までは種族間の違いや過去の罪に苛まれて、周りとの距離を測りかね、他人とどう接すればいいのかわからずにおり常に心に壁を作っていたジャンゴだったが、今の彼はそうではないのが感じられた。
今はごく自然に、素の自分をさらけ出している。これも、カグヤのおかげか。
思いがけなく彼女と出会い、接したことで、凍りついていた彼の心も、時間も……少しづつ、溶け始めているのだ。
「……ったく、ベルはともかくカグヤまでもおれを弄り回しやがって。おれはいつからそんな立ち位置になったんだ?」
ようやくふたりの女性の相手をする苦労から解放され、ジャンゴは疲れた顔をして、ふーっと鼻から息を吐き出した。
カグヤとベルはふたりで仲良くジャンゴから逃げるように事務所から退室した。
カグヤはそのまま浴室へと向かい、ベルがそれについて行った。
ふたりともそれぞれ疲労が溜まっているので、そのまますぐに就寝することだろう。
「まぁまぁ、たまにはいいじゃあないか。楽しいだろ、こういうのも。女子ふたりに可愛がられるなんざ、おまえさんみたいな見た目だけの伊達男にゃ、またとない機会だったろうに」
「悪かったな、見た目だけでよ。ちっ、おまえまでバカにしやがって……あぁクソ、カグヤが来てから調子が狂うぜ、まったく」
「そう言うなよ。おまえさんがそんな楽しそうにしてるのはいいことだ」
かかかっ、と愉快そうに笑うトニー。
それに対してジャンゴはぽりぽりと首筋をかき、少し複雑そうな顔をする。
「……そんな風に見えたか?」
「あぁ、見えたね」
「……なら、そうかもな」
おっ。と、トニーは心の中で感嘆の声を上げた。
あのジャンゴがこういった話に素直に肯定するのは、なかなかに珍しいことだった。
「少し、気が楽になったというか……心に余裕が持ててな。まぁ、なんだ。今までの未練と迷いに答えを出せたんでな」
「……ほう」
「カグヤの、おかげだ。あいつは……おれの窮屈な世界を壊してくれた」
ジャンゴとトニーは特に示し合わすことはなく、自然と最初からそう打ち合わせていたようにソファの方へと流れ、隣合って座る。
「イストラカンでは……まぁ鉄血教会を仕切ってるクソガキにおれの正体がどうのでいろいろと追い詰められたんだが」
「……おまえさんがか?」
そりゃまた随分な大物だな……トニーは感心した。
鉄血教会の首魁が変わったとは小耳に挟んではいたが、まさかそれほどとは。
「それについてはまた後で話すとして……鉄血教会を出て、こっちへ帰る列車の中で、センチになってたおれに、カグヤはいろいろ助言をくれた」
ジャンゴは静かにそう語りながら、口にタバコを運ぶ。
トニーはソファの前に配置されたテーブルに置いてあるマッチを取ると、それに着火し、彼のタバコに火をつけてやる。
「まったく、情けない話だが……あいつの言葉におれは救われた。おれは……ようやく、自分が誰なのか、誰であるのかを定義できる気がした」
煙を吐き出しながら、穏やかな声色で彼は言う。
「……つまり、グレイゴーストのあんたに戻るって決めたわけか?」
「そこまでは決めちゃいない。ただ……もし、そのときが来たときの、心構えってのは……できた」
「……」
「おれは、たとえまたグレイゴーストになろうとも……ジャンゴでいてみせる。おまえの友、ジョナサンでいてみせる」
ジャンゴはそう力強い意志を伴って告げ、口元の端を歪める。
「……これから、ベルにもいちおう打ち明けるつもりだ。おれがなんなのかを」
「そうかい。ま、あいつなら、受け入れてくれるさ。それどころか、もっとおまえさんに懐くかもだ。とびっきりに目をキラキラさせて」
「かもな。あいつは、そういうヤツだ。……なぁ、トニー」
「あん?」
ジャンゴは顔を前に向けたまま、独り言のように横に座る最大の友人に言う。
「いつも、ありがとな」
と。ただひとこと。
そう素直に、彼は言う。
その百年に一度聞けるか聞けないぐらいにレアな感謝の言葉を聞いてトニーは、
「……きもちわるっ」
そう、驚きを露わにして返した。
ジャンゴのせっかくの気まぐれによって出てきた言葉を、彼は見事に台無しにしてしまう。
その反応に当然ジャンゴはかっと怒る。
「おまえなぁ!おれがせっかく素直にありがとうって言ってやってんのに……」
「いやいや悪い!だって実際ビビるだろ!おまえさんがそんなことを口走るなんて……明日は槍が降るかもって……なんか悪いもん食ったと思うだろうが!」
「ふざけんな!そりゃカグヤのメシに対する冒涜だぞ!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないちゅうに!つーかおまえもしかしなくてもカグヤさんのことやっぱり気に入ってんだろ!」
「るせぇ!あいつの作るメシは美味い、ただそれだけだっつーの!」
こんどはトニーに対して文句をぶつけるジャンゴ。普段の飄々とした態度はどこへやら。
いつもなら、トニーを手玉にとって弄ぶジャンゴだが、今は立場が逆転しすっかり完全にペースを崩されていた。
「ちっ……柄にもないこと言うもんじゃないな」
「ははは、見事にキャラ崩壊してたなぁ。こんなおまえさん見れたのは、何十年ぶりだろうな。なぁ、今のもう一回言ってくれよ」
「はっ、二度というか」
「へそ曲げなさんな、いやぁ、いいもの見れたなぁ」
くつくつ笑うトニーにジャンゴは頬杖をつきながら不機嫌そうにふんっと鼻を鳴らして、タバコの火を揉み消す。
まったく、カグヤが事務所の一員に加わったせいでなにもかも狂わされた。
……だが、これでよかったとも思う。
──まったく、いつもいい拾い物をする男だ。
ジャンゴはトニーに聞こえない程度の小さな声で囁くようにぽつりと漏らした。
親を失ったベルを引き取ったことも、追われていたカグヤを事務所に連れてきたことも。まったく理解できないつまらないお節介ばかり焼くお人好しだが……それがいつも、結果的にジャンゴによい変化や刺激を与えてくれる。
なんだかんだと言って、トニーは……自分にとってなくてはならない存在なのだ。
彼がいなければ、人間であることに対する興味や関心もそもそも持たなかっただろう。
彼こそ、グレイゴーストではない自分を形成するきっかけを作った、原点なのだから。
故に、感謝してもしきれない……ジャンゴは友に対する感謝の念を抱きながら、それを顔や態度にはこれ以上出さないようにしながらも、ついつい顔をわずかに緩ませる。
そしてそんな彼の様子を、
「──一枚いただき」
パシャリというシャッター音とともに捉えられる。
「……まだ寝てなかったのか、おまえ」
音のした方を見ると、そこには携帯端末を横にして構えたベルがイタズラっぽい顔でニヤニヤしながら立っていた。
「まぁ、寝ようと思ったんだけど。なんだか、楽しそうな話し声が聞こえたからさ。そしたらジャンゴ、なんかすごくいい顔してたから」
「ごめんなさい、お二人共。お邪魔でしたよね……」
ベルの後ろから、ひょっこりと控えめにカグヤが顔を出す。彼女は、「水を差すつもりはなかったんですけど、ベルさんがどうしてもって聞かなくて」と申し訳なさそうに言って、ぺこぺこ謝る。
「別に構わんさ、なぁジョン」
「なにもよくない。小っ恥ずかしいとこ撮りやがって……おい、すぐにその写真消せ」
「やーだっ」
「おい……」
「……よしベル!もっと遠慮なく撮ってやれ。こいつのこんな緩んだ一面、金を詰んだってそうそう見れやせんぞ!」
「いえっさー!天才カメラマンベルナデット様におまかせあれ〜!」
「おいバカ、やめろ!おれは写真が嫌いなんだよ!くそ……もう油断しないからな!だから撮るな!カグヤ、おまえはさっきからあわあわしてないでとっととベルを止めろ!」
「は、はい!えーとですね、べ、ベルさん、さっきまで一緒になって彼のことをからかってしまったわたしが言うのもなんですけど、これ以上は本当にジャンゴさんを怒らせちゃいますから……やめましょう、ね?」
「やだー!撮るのー!せっかくだから額縁に飾るー!」
「それやったら二度と一緒に出かけてやらないぞ、おい、聞いてるのかベルゥゥゥゥッ!」
「わーっはっはっはっ!ベル、その調子だ、どんどんジョンのスカした態度を崩してやれ!このわしが許可する!これまでの仕返しだ!カメラを止めるな!」
「トニーてめぇ!おいバカ、やめろ!こら、だからパシャパシャ撮るな!」
「なんで焚き付けちゃうんですかトニーさんまで!前々から思ってましたけどみなさん大きな子供ですか!?」
こんどは四人全員が一緒になってわいわいとぎゃあぎゃあとはしゃぎ、やかましく騒ぐ。
そんな光景が、こんな瞬間が訪れるときが来るなど、誰が予想しただろうか。
きっと、これは……奇跡のようなもの。
今までの形だけの穏やかな日常とはちがう。常にどこか違和感のある生活とはちがう。
本当に賑やかで、愉快で、どこまでも純粋な……温かい場所がここにはあった。
「──トニー、ほらもうちょっと右。ソファもっと広く使って」
「ああはいはい」
「カグヤはもうちょっと詰めて詰めて。ほら、ジャンゴの隣。遠慮しちゃダメだよ」
「そ、そうですね。……失礼します、ジャンゴさん。ベルさん、ここら辺ですかね?」
「うん、オッケー。……ほら、いつまでそんな顔してるのジャンゴは。笑って笑って」
スタンドに取り付けた携帯端末を調整しながら、ベルがからかうように微笑んで言う。
ジャンゴはムスッとした顔で、ベルを睨む。
「……で。なんでこんなことになった?」
「なんでって。おまえさんひとりを写真に収めようとすると怒るから、そんなら四人で記念写真撮ればいいんじゃないかってカグヤさんが提案してくれたんだが?」
「どういう妥協の仕方だよ。カグヤも適当なこと言いやがって」
「ご、ごめんなさい。でも、せっかくですし。みんなで写真撮ったら、きっといい想い出になりますよ」
「……どこがどうせっかくなんだよ」
「あ!今ジャンゴニヤけた!」
「にやけてない。おい、だからここぞとばかりに撮るな!ああもう、なにが記念写真だ!おれは降りるぞ!」
「どうどう、ジョン落ち着けって」
喚くジャンゴをなだめて、撮影の準備を整える。
あまり大きくはない本来二人がけのソファに、三人がぎちぎちに収まる。
ジャンゴが中央。その右にトニー。左側にカグヤだ。
「はい、そろそろ撮るよー」とベルが言い、タイマーを仕掛ける。
ベルは素早く移動し、最前列、ジャンゴの前に立ち膝でポジションを確保し、ポーズをとる。
そして、それぞれ思い思いのベストな表情をつくり……ジャンゴは相変わらずの仏頂面だが……シャッターが切られるのを待つ。
「……おい、タイマー長すぎないか?」
「あれ?どうしたんだろ」
しばらく待ってもなかなかシャッター音が聞こえないため、ベルは不思議に思い、様子を見に行く。すると、「あっ」と声を上げた。
「ごめん、動画になってたわ」
「……そうかい。そりゃ結構。もういいな、じゃあな」
「あっ、逃げる!カグヤ抑えて!」
「は、はい!」
「おいやめろ!はなせバカ!おまえ体力ないくせして以外と力強いな!?」
「観念して座れ座れ!男らしくないぞ」
「トニーも掴むな、シャツが!伸びる!」
「はい、こんどこそスイッチオーン!チッチッチッチッ……」
──そうして。
ここにかけがえのない想い出の一瞬が一枚の写真の中に切り取られた。
逃げようと暴れるジャンゴを抑えるトニーとカグヤ。そして、その傍らで無邪気にピースサインをして満面の笑みのベル。
この事務所の愉快な面々を現す、最高の写真がここに生まれたのだった。




