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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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01 幼女を拾う

 私と同じ素材を延々と作る機械のメンテナンスが私の仕事。

 テペファクト地区はロボットの素材を製造する工業都市カリダの一角にある工場地区。

 ここに事務所があり、作業報告をしてからいつものように終業して帰宅する。

 ロボットと人間が入り乱れる電車に乗り、人間が多く居住しているテピタ地区を通って第四居住区のフォウェル区にある私の家へ帰る。


 テピタ地区にはヒューマノイドである私には不要な物が沢山置いてある店が幾つもある。

 人間が多く居住しているとそうなるのは当然だけれど、飲食店などその最たる物の一つ。

 私が帰路にテピタ地区を通る時間は街灯が道を照らしている時間帯。

 その飲食店の店先に丸い物があった。

 私は思案する前にその丸い物の傍へ行く。

 これは私の悪癖。

 とある人間の知能を四割も含んだ知能を実験的に入れられた個体が私になる。

 その所為で周りからは「壊れた(マンクス)」と呼ばれている。


 膝を折り、屈み込んでみるとどうやら人間のようだ。

 髪の長さから幼女であると推定されるけれど、もしかしたら長髪の幼男児かも知れない。

 大きさからすると三歳、と思わせて四歳かも知れない。

「どうかした?」

「まま、こない……」

 捨てられた幼女、もしくは幼男児と断定。

 連行先は警察。

「それではお兄さんと警察へ行こう。警察へ行けばきっと助けてくれる」

「けいさつ……」

 膝に置いていた頭を上げた幼女、もしくは幼男児は私を見た。

 縋るような目で見ている、のではないだろうか。

「お名前は言える?」

「おなまえ……。メリータ」

「メリータ。それでは渾名はメリタ」

「しってるの? メリタのこと、しってるの?」

 驚いているのか、目を丸くしている。

「知らない。メリータという名前は往々にしてメリタという渾名になる」

「どういうこと?」

 首を傾げているから分からないのだろう。

 難しかったようだ。

「メリータはずっとずっと遠い昔から、メリタと縮められる」

「ふうん……」

 納得した、ようでもなさそうだ。

「お兄さんと警察へ行こう」

「やっ。まままつ」

「お母さんを待つ? メリタはお母さんに捨てられた。もう来ない。だから警察へ行こう」

 顔を歪めている、けれども怒りではなく、悲しみに近いようだ。

「あっちいって!」

 そう言ってまた顔を膝に(うず)めた。

 困った。

 私は警察へ連行したい。

 メリータは幼女だから、直ぐに連行したい。

 変態に連れ去られる前に警察に保護して貰おう。


 無造作にメリタを抱き上げ、立ち上がった。

「なにするの! ここでまままつの!」

「お母さんは来ない。変態に見付かる前に警察に保護して貰う」

 この辺に警察は、あそこにある。

 そこへ行く。

「ままくる!」

「来ない。来ていたらメリタはあの場所にああしていなかった」

「いや、はなして! あそこでまつの!」

 メリタが私を叩いている。

「おにいさん、いたあい! はーなーしーて! まままつ! まつー!」

 痛いと言いながらも叩く。

 人間とはやはり不可解な行動を取る。

「ううっ……うううっ。……ふぇーん……。うえーん……」

 泣き出した。

 幼子は往々にして泣く物。

 泣いている内に警察へ連行する。


 警察署に到着し、説明し、メリタを預かって貰う、事にはならなかった。

「テピタ地区の保護施設が一杯で、預かるとなると留置所になる」

「理解不能」

「施設に空きが出来るまで預かっていて欲しい。ヒューマノイドなら安心だ」

「断固拒否」

「それではメリータちゃんのお母さんの捜索をして来てくれ。その間は本官が預かろう」

 人間の警察官の思考は読み切れないけれど……。

「何故私がメリタの母親の捜索をしなくてはならなくなるのか、全く以て理解不能。そうしておいて私を煙に巻き、メリタを持ち帰るようにしたいのだろうか」

「おっ、話が早くて助かるよ」

 正解だったようだけれど、迷惑でしかない。

「お前さんに懐いているようだし、頼むよ。何なら引き取ってくれても良いぞ」

「断固拒否」

 メリタが何故か私に抱き付いて眠っている。

 抱き付いて泣いていて、そのまま眠った、が正しい。

 これは困った。

「まま……ん」

 ママと寝言を言っている、と推察。

 そのままか。

 母親が良いに決まっているけれど、それに捨てられたのだからどうする事も出来ない。

「頼む。この通り預かってくれないか」

 人間はこうして情に訴え掛ける。

 私はヒューマノイド。

 そのような物は持ち合わせていない。

「一週間。隣の地区か、その辺りの地区の保護施設にも当たって欲しい」

「ありがとう! 助かるよ!」

 晴れやかな笑顔を見せられたけれど、きっと私の心は曇っているだろう。

「君みたいなヒューマノイドが多いと、この世の中も上手く回るだろうに」

 果たしてそうだろうか。

 私は「壊れた(マンクス)」だから、私が多ければ世の中が壊れて行くだろう。

 春の陽気で私以上に壊れた人間がこういう行為を仕出かすのかも知れない。


 あの警察官に必要な物を書き出され、明日は仕事を半休にしてこれ等を買い出しに行かなくてはならない。

 一週間しか預からないというのに、何故ここまで買い揃えなければならないのかが謎だ。

 人間とはこうも手が掛かる物なのかと感心してしまう。

 人間の傍で生活が出来ていたら、理解も出来るのだろうけれど、私は人間の傍にいさせてもらえなかった。

 人間により近い知能を持っている筈なのに。


 フォウェル区の我が家へ到着。

 さて、メリタをどこで寝かせるか、が問題になる。

 困った。

 柔らかい物がない。

 私はヒューマノイドで、そのような物は不要だから当然ない。

 人間には適度に柔らかく、適度に硬い物の上が望ましい。

 私に抱き付いている時点で駄目なのではないのだろうか。

 早く引き離さなくては。

 柔らかい物……。

 ない……。

 床?

 もっと駄目。

 机?

 それが良い。

 もしくは椅子?

 いずれにしても硬いから床でなければ良い。

 人間としては机より椅子が良いのか。

 それでは椅子へ。

 硬いけれど。


 ……待って。

 メリタをどうやって引き離す?

 それを考えていなかった。

 私は今、メリタを支えているだけ。

 けれど……?

 私に巻き付いているこの腕を外す時の力加減は?

 痛がって起きたらどうしよう……。

 それ以前に潰してしまったら?

 動けなくなった。

 幼女の取扱説明書を要求する。


 寝返りを打つ。

 成程。

 その時に腕をきっと下ろす。

 そうなったら椅子へ移動。

 理解。


 メリタは泣き疲れて眠っている。

 朝まで起きない確率は高い。

 その間、寝返りは何度も打つ。

 理解。


 私はその時を待った。

 私にも休息は必要だけれど待った。

 けれど、メリタは私に強く抱き着いたり、少し離れる程度だったりで腕を離さない。

 メリタは起きるまで抱き付いていた。

 この説明書は間違っていて、ただのゴミだと知った。

 人間はデータでは計り知れないのかも知れない。

 感情の波は個体差がある。

 メリタにはメリタの波がある。

 データではなく、メリタを見なくては。

 メリタがいなくなるまではそうしよう。


 メリタの頭が私から離れた。

「……まま?」

「おはよう、メリタ。お母さんはいない。私がメリタを預かっている」

「……あなた、だれ?」

「私はフェルム。皆には「マンクス」と呼ばれている。メリタもそう呼ぶと良い」

「ふぇるが? ま? ……ふぇる」

「フェルム」

「ふぇる」

「フェルム」

「ふぇる」

 諦める事にする。

「それで良い。メリタ、少しの間だけここにいる。警察の人と話し合って決まった」

「ままは?」

「来なかった。だからいない。少しの間、私と一緒に過ごそう。分かった?」

 メリタは返事をしない。

「メリタの朝食がない。食べに行こう」

「ほしくない……」

「人間はお腹が空くと碌な事をしない。お腹が空くと馬鹿な事を考える。だから食べる。分かった?」

 何故か頭にメリタの手の感触があった。

「いたぁい」

 どうやらまた叩かれたようだ。

 人間は不可解な行動を取る。


 メリタは気に食わないと私を叩くようだと思っていたが、抱き上げていると叩いて来る。

 歩きたいのだろうか?

「メリタ、歩く?」

「のってる」

「分かった」

 昨日捨てられていたあの飲食店は止めて、別の店へ入る。

 この時間から空いている貴重な店。

 人間はこのように早くから店を開け、サービスを提供する。

 これこそヒューマノイドにさせれば良いのにと思う。

 ボックス席に向かい合わせで座る。

 メリタの表情が良く見えて良い。

「メリタ、何が食べたい?」

「ぱんけーき」

 メニューにある。

「分かった。何を飲む?」

「おれんじじゅーす」

 メニューにある。

「分かった。それを頼もう」

 店員を呼んで注文する。

 私は頼める物がないから謝罪をした。

 それにしても、メリタが普通に接してくれて助かる。

 母親の事は言わなくなった。

 それも助かる。

 けれど、表情が冴えない。

 どうすれば良い?


 メリタは外を見ている。

 この街は人間が多くいるから植物もある。

 それを見ているようだ。

 緑は癒す。

 癒されたいのか。

 理解。


 癒し……癒し……。

 撫でると動物は喜ぶ。

 人間も動物。

 メリタの隣に座って、頭を撫でる。

 これ。

「なに?」

 私を見上げるメリタがポカンと口を開けた。

「撫でる」

 そう言って撫でた。

「いたっ。かみ! ひっぱった!」

「そのような事はしていない。私は撫でた」

 メリタが自分の頭を撫でている。

「加減が違う? 痛い?」

「かみひっぱった。いたい……」

「おかしい」

 メリタが頭を避けた。

「おかしい。髪の毛は引っ張っていない」

 右手を見てみると、間接に毛が三本挟まっている。

「メリタ、ごめんなさい。髪の毛を三本も抜いていた」

「いたかった」

「買い物へ行く時に手袋も買う。そうすれば次はいたくない」

 メリタの視線が冷たい。

 失敗した。

「メリタ、ごめんなさい」

「ぬいたらだめよ」

「はい」

 私の関節はメリタに良くないと分かった。

 メイドヒューマノイドのように関節を隠せば良いだけ。

 理解。

 買い物リストに手袋を入れる。

 これでメリタを癒せるかも知れない。

 間接に挟まっている毛は千切れないように丁寧に取った。


 メリタはパンケーキを食べる時、私にくれた。

 食べる事は出来ないから食べて貰った。

 それでも量が多くて残している。

 残りは持って帰った。

 メリタを一人で残して出勤……は出来ない。

 面倒をしっかりと見る。

 メリタを抱き上げ、一緒に電車に乗って職場へ向かう。

 半休が貰えなかったら、思い切って休みにして貰って買い物だ。

 メリタの買い物が最優先事項。

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