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九死に一生を得た共同任務を終えて、私たちは無事に研究機関へと帰還した。



魔獣の足止めに全魔力を注ぎ込んだシエルは、あの後まる三日ほど、ひどい魔力欠乏によって高熱を出して寝込んでしまった。



契約者特権をフルに発動して付きっきりで看病し、いつもは照れてまじまじと見られないシエルの美しすぎるご尊顔を、ここぞとばかりに舐め回すように凝視してしまったのは、本人には秘密だ。



そしてようやく今日から個人研究室に復帰する。



トントン、と少しだけ緊張しながらドアをノックする。



「シエル、入るよ」


「あ、リノ……。こんにちは。あの、体調ならもう、完全に元通りというか、魔力リソースも100%まで回復して――」


「そっちじゃなくて、これ」



私はポケットから、一通の手紙を取り出した。



あの日後輩から預かったものじゃない。

あれはあの日シエルが引きこもった後、私が責任を持って本人に「シエルには断られた」ときちんと返しておいた。



いま私がシエルの目の前にすっと差し出したのは、昨日、私が一晩中悩みながら、何度も書き直して完成させた手紙だ。



「な、なんですか、これ……? また、別の人からの……?」



手紙を突き出されたシエルは、あの日を思い出してビクッと肩を揺らし、悲しそうに視線を落とした。

頭の上のオジギソウの花が、苦々しさでキュッと小さく縮こまる。



「違う。……これは、私からあんたへのラブレター」


「え……?」



シエルは色素の薄い瞳を瞬かせ、完全にフリーズした。

めずらしくオタク脳の全演算が強制終了したのが手に取るように分かる。



「あんた、あの日『なんでリノまでそんなタスクを押し付けるんだ』って怒ったよね。あれ、めちゃくちゃ大きな勘違いだから」



私は腕を組み、あの日とは違う、確信に満ちた笑みを浮かべてシエルに一歩近づいた。

うん、恥ずかしいけど、女()度胸だ。



「私はね、めちゃくちゃ嫉妬してたの。あんな可愛い子に真っ直ぐ気持ちを向けられたら、あんたがあっさり好きになっちゃうかもって、本気で怖かったんだからね。毎日机が埋まるほど手紙を貰うようなモッテモテのあんたに、プロテイン熱血マッチョ指導しかしてない私が勝てるわけないじゃんって、勝手に凹んでたの!」



一気に捲し立てると、シエルは口を半開きにしたまま、文字通り石のように固まった。



「……り、リノが……僕に、嫉妬……? え、でも、リノは、僕に他の女の子を勧めて、楽しそうに……」


「楽しいわけないでしょバカ! 強がってからかってないと、あの子の手紙をその場で破り捨てちゃいそうだったんだから! ……でも、シエルがいつも誠実だから、私も自分の嫉妬でシエルの恋路を邪魔したくなくて、頑張ってお姉さんぶって渡しただけ!」



そこまで言って、私は自分の顔が沸騰しそうに熱くなるのを感じながら、手元の手紙をシエルの胸元にぐいっと押し付けた。



「それなのに、あんたがあの日、私のために命がけで戦って……『リノに指一本触れさせない』なんて言うから。……私、もう自分の気持ちに嘘つくのやめたの。シエルのことが、家族としてじゃなくて、男の人として好き。だから、これは私の本気のラブレター。受け取りなさい!」



私の告白と手紙を受け取ったシエルは、しばらくの間、壊れた精密機械のように手紙を握りしめたまま、小さな声でブツブツと呟いていた。



「リノの、ラブレター……。僕が他の誰かを好きになるのが嫌で、嫉妬して……え、あの時僕が絶望した時間は何だったの、僕のバグ(誤解)が原因で、リノの脳内では僕への感情がすでにカンストしていて……あ、あれ? ということは……」



ぐるぐると回っていたシエルの思考が、ようやく、一生かかっても解けないと思っていた方程式の正解にたどり着く。



シエルが、ゆっくりと顔を上げた。

その顔は、これまでに見たことがないほど真っ赤に染まっている。



「リノは……僕が、好き、なんですか……男として…?」


「……何回言わせんのよ。手紙に全部書いたわよ!」



私が赤面しながらも真っ直ぐに睨み返すと――。



ペカーーッ!!!



「うわっ!?」



研究室の窓が、一瞬で真っ白な光に包まれた。



あの日、腕立て伏せの時に見せた輝きなんて比じゃない。

部屋の遮光カーテンを突き破り、まるで室内に太陽が出現したかのような、凄まじい大発光だ。

シエルの頭の上のピンクの花は、プロペラのように激しく回転しながら、限界突破の愛おしさを世界中に撒き散らしている。



「ま、眩しい! 眩しすぎるわよシエル! 発光を抑えなさい!あ、あと、いい香りね!」



「む、無理です! 制御不可能です! リノが、リノが僕を好きだというバグのない確定データが脳内にロードされた瞬間、僕の魔力回路が完全にオーバーヒートして――っ!」



眩しさに目を細める私に向かって、シエルは光り輝きながら、不安と期待がないまぜになった表情で一歩、また一歩と近づいてきた。

震える細い手。けれど、その手は私の両肩を、あの日魔獣から守ってくれた時と同じ確かな力強さで、そっと抱きしめた。



「リノ……っ。僕は、筋肉はつかなかったけど......生まれたその日から、リノ以外の人を僕の特別にしたことは一度だってありません……っ。これからも、一生、僕の最優先タスクはリノだけです……!」



相変わらずの限界早口オタクっぷり。

けれど、眩しい光の中心にいるシエルの瞳は、涙を浮かべながらも満面の笑みで、世界中の誰よりも真っ直ぐに私だけを映していた。



ゴリゴリのマッチョでもない。

強面でもないし、運動音痴で、すぐパニックになるどんくさい魔族。



だけど――。



「……知ってるわよ、シエルが格好良い男の中の男だってこと」



私は眩しさに文句を言うのをやめて、自らシエルの胸に思い切り飛び込んだ。



触れればすぐに恥ずかしがって隠れてしまう、繊細で謙虚なオジギソウ。

けれど彼は今、愛おしそうに、お辞儀をするように、その細い身体のすべてを使って私をぎゅっと優しく包み込んだ。



「……リノ。ずっとずっと、愛しています」



お読みいただきありがとうございました。


次回作も執筆中です。

またお会いできましたら幸いです。


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