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前作「不吉な影人は―」と同じ世界のお話です。
暗闇の中で、私は誰の手も握れずに死んだ。
顔だけはやたらと良い、口先ばかりの男だった。
甘い言葉で私を繋ぎ止め、裏では何人もの女を囲っていた男。そいつのせいで私の生活は狂わされ、失意の中で人生を終えた――。
そんな前世の記憶が、今でもうっすらと魂に染み付いている。
だから私は強く誓ったのだ。
男は絶対に見た目じゃない、誠実さと、私を守ってくれる逞しい筋肉こそが至高である、と。来世こそ一途な男と恋をするのだ、と。
マッチョは偏見だけど。
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そんな風に、うっすらとした記憶を抱えて私が目覚めたのは、
巨大な世界の中心――『世界樹』の根元だった。
自分の手を見ると、むちむちとした幼児のものになっていた。
どうやら私は本当に転生してしまったらしい。
この世界において、人間は原住民ではない。
毎年一定数が、私のように異世界から3歳前後の姿で世界樹の元へと降臨するのだという。
人間は魔素の影響を受けやすく、魔族との『契約』を結ばなければ10年程度しか生きられない。
そのため、発見された人間は国家によって非常に貴重な存在として手厚く保護されているとのことだ。
私も御半分に漏れず保護施設へと連行され、そこで2年程、この世界の常識を叩き込まれることになった。
言語、歴史、文化。
少なからず前世の記憶の名残があったせいか、この世界の常識も意外なほどすんなりと受け入れることができた。
そして5歳になると、国から「契約用卵」という魔族の卵を一つ支給され、人間がそれを育てることで、生きるための契約を結ぶのだ。
5歳になったその日、私は契約用卵が保管されているという保護院へと向かった。
広い部屋に並べられた無数の卵たち。
私は迷うことなく、一番隅っこにある、飾り気のない一番地味で目立たない卵を選んだ。
派手なやつは、中身もチャラくなるに決まっている。女なら愛嬌だけど、男なら地味で、誠実で、逞しいのが一番だ。異論は認める。
(よし、あんたに決めたわ。女の子ならとびっきり可愛く、男の子なら私の手で、毎日プロテインをプロテクトするような、強くて逞しいゴリゴリのマッチョに育ててあげるからね!)
何か、とは言わないが、齢5歳で色々と拗らせていた私は、その地味な卵を抱きしめ、毎日毎晩、誠実さの尊さと筋トレの素晴らしい未来を説教じみて語り聞かせた。
卵の成長先は、育て親である人間の価値観や関わり方で変わるという。私の熱血教育があれば、きっと最高の美少女、もしくは戦士が生まれるはずだ。
――そして、半年後。
ついに卵にヒビが入り、私の契約魔族が誕生した。
「ピギャッ……!?」
殻を破って出てきたのは、私の想定とは真逆の、ふわふわした淡い緑色の髪をした、線の細い、儚げな男の子だった。
何より目を引いたのは、その頭のてっぺんだ。
小さな緑の葉っぱの隙間から、うっすらとピンク色の小さな丸い【蕾】が、恥ずかしそうにひょっこりと顔を出していた。
「……え?」
「う、あ……あ、う……」
その子は私と目が合った瞬間、小さな手をバタバタと振った。
そして、ものすごい早さで、お辞儀をするように短い両足の間に頭をうずめて丸まってしまったのだ。
「ひゃうっ……! ご、ごめんなさい、ぼく、ぼく、う、上手くしゃべれ、なくて……っ!」
丸まった姿勢のまま、彼は蚊の鳴くような声で、なぜか謝りはじめた。
驚いた私が「大丈夫?」と顔を覗き込もうと近づくと、彼はパニックを起こしたように激しくのけぞり、今度は明後日の方向を向いたまま、驚異的な早口で何かを捲し立て始めた。
「ぼ、僕の初期孵化状態における魔素の循環効率を計算すると現段階での発声器官の最適化が追いついていなくてそもそも人間の言語体系は土魔法の分子構造式よりも複雑で僕には荷が重いというかその君の視線の熱量が僕の皮膚表面の光合成の許容量を超えていて……っ!!(ハァハァ)」
「……え、あ、うん。よくわかんないけど、息しなさい?」
酸欠で白目を剥きそうになっている彼を見て、私は察した。
オタクだ。しかも、重度のコミュ障だ。生まれたての魔族ってみんなこうなの…?
それにしても私の熱血マッチョ教育は一体どこへ消えたのだろうか。
誠実さを求めすぎた結果、一つの知識を突き詰めるタイプの「文系オタク男子(偏見)」が爆誕してしまったらしい……!!
呆然とする私のもとへ、施設の案内役である年配の女性職員がやってきて、ふふっと微笑んだ。
「おや、リノ。あなたが育てた卵は『華人』になったのね」
「はなびと……ですか?」
「ええ。植物の特性を持つ魔族よ。気持ちが昂ると無意識に身体に花が咲くの。今はまだ蕾だけど、成人すると綺麗な花が開くようになるわ。特に好きな人ができるとね、身体の花からフェロモンを出して、本人自身がキラキラと輝きだしてしまう性質もあるのよ。基本的にはのんびり屋で、土魔法が得意な種族ね」
職員の女性は、丸まったまま耳まで真っ赤にしているシエルを愛おしそうに見つめながら、こう付け足した。
「華人はね……。何の種類の花かにもよるけれど、見目麗しくなる者が多いわよ、ほほほ。将来が楽しみねぇ」
「えっ……!?」
見目麗しくなる。つまり、顔が良くなる!?
その言葉に、私の脳裏に、何人もの女性の肩を抱き寄せながら傲慢にせせら笑う男の姿がよぎった。背筋にゾクッと冷たいものが走った。
「な、なんでこんなことに! イケメンなんて絶対信じないんだから! 私はゴリゴリのマッチョに育てたかったのにぃ……!」
「う、うぅ……リノ、ごめんなさい、僕、筋肉がなくて、ごめんなさい……っ」
私が頭を抱えて叫ぶと、シエルはさらに小さく丸まって情けなく泣き出してしまった。
こうして、私の理想とは程遠い、どんくさくて不器用なシエルとの共同生活が始まったのだった。
妄想が止まらないので書きました。
ちょっとだけ長くなりそうなので初連載です。
温かい目で見守っていただけますと幸いです。
全6話の予定です。




