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その五十

 佐藤家にお邪魔している美咲は、真理子と拓海、美月と一緒に食卓に座っている。ソファでデザートの話が盛り上がり、気づいたら昼時になっていた。

 美咲を食卓に座らせると真理子を中心に拓海と美月がテキパキ動き始めた。美咲が何かお手伝いできるものがないかと立ちあがろうとしたらキッチンからそれを見ていた真理子が声を出す。


 「美咲さんは待っていてね」


 その声に椅子に座って待つことしかできなかった。まだ客として扱われているのが美咲にとっていいことなのか、悪いことなのかわからなかった。

 気付くと食卓には自由に取り出せるように一手入れしてある野菜類と肉類、薬味が並び各々の前にはつゆが掛かった素麺が置かれた。


 「着飾っても仕方がないから、夏に食べやすいものにしましたよ。好きな具材入れて食べてね」


 拓海は思う。確かにこれは夏に家でよく食べるものではあるが、今日微妙に着飾っている母の口から聞くと違和感がある。

 一方美咲としては、懐かしい感じがした。自分が料理するようになってから兄と2人で食べることしかなかったので、いつも丁度の量を作っていた。こんなにものが並ぶことはない。もう10年以上見ていない家族の食卓だった。


 「頂きます」


 美咲の目尻が熱くなる気がしたので早くお茶を飲んみ、拓海がするように具材を自分の素麺の上に移して食べ始める。

 食事をしながら美月は気になることを遠慮なく聞いていく。


 「美咲さんは料理します?」

 「一人暮らしなので、作り置きが多いです」

 「たく兄、全くできたないから役に立たないでしょう?」

 「でも片付けは全部やってくれますよ」

 「警察って忙しいと思うのにちゃんとしてるのね」


 母としては気になることだったので、話に入る。


 「なので休みの日に1週間分とか作っておきます」

 「それ拓海が休みに遊びにいくと邪魔じゃない?」


 急に母の心配で矢印が立ったので、拓海は美咲を見る。邪魔してるつもりはなかった。彼が美咲の家にいても彼女は必要な時には拓海を待たせて何かしらをやっていた。特段料理に限ったことではない。拓海としてもそれが嫌ではなかったし、彼もまた何かしらやることを持っていた。美咲は拓海を見てから、少し笑って嘘をつく。


 「大体拓海さんがくる前には作り終わってます」

 「手際がいいのね。お勤めはこの辺って聞いたけど」

 「はい、普段は浦和警察署にいます。私も拓海さんの家がこんなに近いとは思ってませんでした」


 拓海は美咲がいい子ぶっていると思ったが、母の自然な話題変えにすこし緊張する。おそらく母は美咲の仕事をいいと思ってない。女性の現場の仕事、危険も伴う。真理子の時代ではあまり考えられない。

 

 「警察の仕事はよくわからないけど、この辺もパトロールとかするの?」

 「場合によりますけど、回る時もあります」

 「結構当番とか、緊急な対応とか多いんですよね?」


 美月が妙に警察という職業を知っているように口振であった。美咲は意外な顔をしていたが、拓海は佐久間のことを思い出し少し眉間にしわを寄せた。美月はその顔を見て、やり過ぎたと考える。


 「あります。休みは正直に不定期です」

 「一緒に住むと大変そうね」


 母親の視線が一瞬自分に向かったと拓海は思う。それは美咲も気づいていた。ここは正直に話していくしかない。


 「でも私はなりたくて警察になったので、あんまり辛いと思ってません」

 「そうなの?何かきっかけとかあったの?」


 拓海が美咲を見る。ご両親のことを言わないといけないはずだったので、彼女の要望次第では会話を変えるつもりでいる。

 美咲は一度拓海をみる。それから浅い笑みを浮かべてから、真理子に視線を戻した。


 「両親が昔交通事故で亡くなったので、そう言うのを防ぐ仕事をしたかったんです」


 淡々と話す美咲の言葉に真理子と美月は動きが止まった。真理子を箸を下ろして美咲も一度見る。彼女は視線をそらさない。後ろめたさはない、隣には拓海がいるから例え同情されたとしても平気だと信じている。


 「無神経なことを聞いたね。ごめんなさい」

 「いいえ、気にしないでください」

 「じゃ今美咲さんは1人って事?」


 同情のような、心配のような複合的な視線で真理子は美咲に聞く。


 「兄がいます。亡くなったので親の会社を引き継いてるので、実家の神奈川の秦野に住んでいます」


 その言葉に真理子は昔のことを思い出した。彼女の旦那もまた事業を営んでいた。しかし、旦那が亡くなって佐藤家には誰かが引き継ぐ余裕も、意思も生まれることはできなかった。みんな辛い時だった。

 たがら真理子は東雲家が少し羨ましい、思いが繋がっている気がして。


 「お兄さんは偉いね。急なはずだったのにちゃんと引き継いでやっていて」

 「はい、自慢の兄です。この間のこちらに来ていて拓海と、拓海さんと一緒に食事したりしました」


 拓海は平気そうに話す彼女を見ながら素麵をすする。視線も言葉にも迷いがない、手が震えることもない。大丈夫とは思っているが、どうしても無理してほしくない気持ちがある。その顔を横で見ていた美月が一言加える。


 「何か、たく兄とは出来が違いそうですね」


 その言葉に真理子は我慢していたため息を、美咲は微笑む顔で拓海を見る。2人だから大丈夫だと言われてるいる気がした。




 「母さん、緊張してた?」


 美月がまた遠慮なく真理子に聞いていく。

 食事を終え、美咲が買ってきたデザートを頂く前に、一応拓海の部屋を見たいとの事で拓海と美咲は2階の拓海の部屋に向かった。母と娘だけがリビングの食卓で話をしている。


 「これは難しいね。由佳の時とはまた違うわ」


 母が緊張が解けたかのように美月に話した。美月がコーヒーを入れる準備をするために食卓から立ち上がり、キッチンに向かいながらまた話す。


 「朝からすごい言ってくるからもっと厳しくするのかと思ったよ。普段しない格好までして」

 「それはね、いくら息子の大事な人とは言え、なめられたくないわよ」

 「でも、会ってみたら?」 

 「想像したより柔らかい子だね。警察だし、なりそめを聞くともっとがつがつしている子かと思っていたのに、拍子抜けな気もするわ」


 そのことを聞くと美月としては笑みを浮かべるしかない。彼女は美咲のことが兄とは関係なく個人的に好きであった。見た目も、性格も、自分好みであったのが大きい。全自動のコーヒーマシンのボタンを押してからまた話す。


 「やっぱり警察ってことは引っかかる?」

 「危ない仕事だからね。あんなに女の子って感じなのに本当にやっていけてるのかな?」

 「この間BBQの時に聞いたけど、美咲さん結構現場でも活躍するらしいよ」

 「でもね、車とか、変質者とかいろいろあるじゃない?」


 真理子の心配が止まらなかった。それでも美月は笑みが消えない。母の話し方が少し身内として心配しているように感じれたからだ。このままいけば、あの上から目線の姉とは異なる、優しくて自分好みのお義姉さんができるのに違いないと彼女は思った。


 


 「頑張りましたね」


 拓海の一言に美咲は倒れるかのように拓海のベッドの前で座り込み、ベッドに顔を埋めた。ベッドに言葉にならない叫びを少し漏らしている。


 「何回も拓海って呼んでしまいました。あたし、しっかりするつもりだったのに!」


 それは別にいいのではないかと拓海は思う。家に入る前の緊張感から考えると美咲は完璧にこなしてくれた。自己紹介しかり、生活しかり、仕事への考え方しかり、実家の家族のことまでしっかり話をしていた。


 「俺は良かったと思う。ご両親のことも話してくれたし」

 「あれは…ちょっと同情されるかなと思いましたけど、そんな感じもなかったから安心しました」


 拓海に振り向きながら話す美咲の顔に作り物はない。素直に安心しているように見えた。そこでやっと拓海も胸に溜め込んでいた息を吐き出すことができる。


 「俺も不思議だったよ。母と美咲が話してるし、この家にいるし」

 「…いやだった?」

 「そんなこと言ってない。ただ、美咲がいるんだと思ったよ」


 振り向いてから彼女を拓海は愛しく見つめる。その視線が美咲は照れ臭い。誤魔化すように姿勢を正して声を出す。


 「この後も頑張らないと!」

 「無理しないでね」


 美咲は意を込めて言い出したが、水を差すように拓海は話した。彼は自分のベッドに座り、美咲の髪を少し撫でてから話す。


 「長く付き合っていくから、無理してほしくないんだ」

 

 美咲は少し考えてから言葉の意味を理解した。ちょっと照れるけど笑みが浮かぶことは止められない。拓海はそう言う彼女を愛しく見つめる。

 しばらく静寂が走る。


 「なんかずるいです」


 彼女はそう言って立ち上がる。せっかく彼の部屋に入ったと思い出したので、周りを見渡す。

 入れ口の近くに鉄と木でできている大き目な机にモニタとノートPCの置き場がある。つながっている本棚には英語と日本の医薬品に関する本がずらりと並んでおり、机の隣にはA4用紙が束ねられて小さい山をいくつか作っていた。反対側の部屋の奥にはクローゼットがあり、妙に三等分されていた。美咲の感覚では、会社用、付き合う前、付き合った後の服とみている。そして今彼女が立っている真中くらいに大き目なベッドが置かれていた。他の飾りはない。


 「思ったよりは散らかってませんね」


 拓海はその言葉に実はいつもより綺麗な状態とは言えなかった。普段はもっとこう、生活感が出ているはずだ。それからどうしても机の隣に転がっている海外の論文らがあるので仕方がなく諦めていることもある。


 「でもものが少ないのは拓海らしい」


 雑貨や飾りはない。必要なものしかない部屋に美咲がいる。彼女はもう一度机を見てみる。知らない本、読めないものがいっぱい並んでいる。机に手を置いたら足りないものを見つけた。


 「あたしの写真がないですね」


 拓海は言葉に詰まる。

 美咲の部屋には、枕元に二つの写真立てがある。美咲の昔の家族の写真と、いつのまにか追加された拓海と美咲が写っている写真である。

 彼女は少し意地悪な顔をして拓海をみる。


 「この後、写真立て買いに行こう」

 「考えておきます」


 言い訳もせず、反省する拓海に美咲はわざと冷たい態度をとってみるが、彼女の口元は緩んでいた。

 彼は自分のために変わってくれる。彼女もまた拓海のために変わっていく。それぞれが敷いた線を越えて、2人で決めた線で生きていく。

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