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暁の太陽を抱いて  作者: 佳紘
白百合の檻
1/9

白百合の檻①

「女子は、よく父母舅姑(しゅうと)につかえ、夫を助けて一家のことをおさめ、母として子を家庭のうちで教育する義務があります。

ここにいるあなたがたは、その崇高な義務を果たさんがために、有難い教えを……」


ひらすらに、子女としての本懐とは何か、を熱弁するのは、この学院に勤める初老の女性教諭である。


女学生たちの制服にちりや埃はおろか、少しの乱れも許さないことで有名である。


目を付けられると非常に厄介だ。


休み時間に呼び出され、説教されるからだ。


教室の女学生たちは、緊張の面持ちで背筋を伸ばし、机の上に教科書を広げ、教壇で力説する教師を見つめていた。


――たった一人を除いては。


(What is now called the nature of women is an eminently artificial thing.

――女性の本性と呼ばれているものは、きわめて人工的なものである、か)


少し猫背で、机の上の教科書には目もくれず、膝の上に広げている本を熟読している女学生が一人、教室の端にいた。


皆が道徳の教科書を捲るタイミングで、彼女もその本を捲る。


指先に残るかすかなインクの香りだけが、白黒の世界に色を与えた。


その瞬間、広がるのは大海の先の世界だ。


(ページ)をめくるたびに、太平洋を横断する大型客船の汽笛が聞こえた。


窓の隙間から滑り込んできた秋風が、晶子の後れ毛を揺らす。


それは、潮騒の香りを孕んだ自由の風だ。


彼女は思い切り息を吸い込んだ。


「……こ、……きこ」


(……?)


制服の袖を何度も引っ張られて、不意に現実の世界に引き戻された。


授業中の私語は禁止である。


道徳の授業であれば、尚更。


隣の席の順子が話しかけてくるなんて、どうしたのだろうか。


お腹でも痛いのだろうか。


「……どうし……た」


顔を上げると、その女学生の顔から瞬時に血の気が引いた。


「津島晶子さん?」


時すでに遅し。


言い訳など、一つも思いつかない。


「昼休み、職員室にいらっしゃいね」


女性教師は満面の笑みを浮かべ、晶子の顔に迫っていく。


耐えられなくなって晶子が顔をそむけると、その瞬間に洋書を取り上げて、再び教壇へと戻っていった。




**********



 美しく仕立て上げられたセーラー服に赤いスカーフ姿の年若き女子たちが集まるその場所は、白百合女子学院。


ヨーロッパの宣教師たちが創設したその白亜の校舎に集まるのは、特に裕福な家柄の子女たちである。


博愛精神を説く、宣教師やマ・スールたち。


そして、出自の良い級友たちに囲まれた毎日は、平和でもあり、そして退屈でもあった。


宣教師たちが手植えした白百合が咲き誇る庭園は、外界の喧騒を遮断した温室のようであった。


朝露に濡れた白百合が咲き誇るさまは、見る者すべてを魅了する美しさである。


けれど、その完璧な純白さは、一滴の墨汁も許さない、大日本帝国の「良妻賢母」という、あるべき姿をなぞるための型のようなものでもあった


キリスト教の教義が建学精神であっても、ここは大日本帝国である。


弾圧の対象となっては、元も子もない。


天皇を神と拝み、子女が良妻賢母になることを拒むことが許されないのは、この女学院の学生も例外ではない。


「博愛の精神と、良妻賢母は矛盾しない」


学校の掲げる理念の下、女学生たちは、白百合の名に相応しい淑女、もとい良妻賢母となるべく日々を送るのであった。



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