第64話 参謀役の任命
組織は、強い一人がいれば回るわけじゃない。
むしろ、そういう形の方が長くは持たない。
夜更け。
保守倉庫の隣室で、玲司は一人で簡易図面を見ていた。
外縁南の旧資材置場。
搬出の更新。
高瀬の証言。
今まで拾ってきた違法採掘側の動き。
線は、きれいだった。
きれいすぎると言ってもいい。
だからこそ、今のうちに決めるべきことがある。
扉が小さく鳴る。
入ってきたのはカナデだった。
学校の制服ではない。
黒系の上着に、細い端末。
TRACE側の顔だ。
「まだ起きていたのね」
「そっちもだろ」
「私は作業が残っていたから」
いつもの返し。
無駄がない。
玲司は図面を机に置いたまま言う。
「冬月」
「何かしら」
「少し話す」
カナデは何も聞き返さず、机の向かいに立った。
座らない。
いつでも動ける距離の取り方だ。
玲司は単刀直入に言う。
「お前を参謀役に置く」
数秒だけ、沈黙が落ちた。
カナデは驚かない。
ただ、少しだけ目を細める。
「今さら確認するのね」
「今さらだからだ」
玲司は答える。
「実際にやってるのは前から分かってた」
「でも、役割として切っておかないと、次でぶれる」
「次」
「旧資材置場」
「行けるなら押さえる」
カナデはそこで初めて椅子を引いた。
静かに腰を下ろす。
「……なるほど」
「勝ち筋が見えているから、運用を固める気になったのね」
「そうだ」
玲司は否定しない。
「俺が読む。レナ先輩が前。ユラが外の目と映像。ミオが監視と導線」
「でも、その全部を繋いで、崩れない形にする役がいる」
「それが私」
「お前が一番向いてる」
カナデは少しだけ視線を落とした。
照れているわけじゃない。
評価をそのまま受け取るより先に、中身を確かめる人間の間だ。
「役職名は、別に何でもいいわよ」
「俺は参謀でいいと思ってる」
「……安直ね」
「分かりやすいだろ」
「まあ、否定はしないけれど」
その会話だけなら軽い。
だが、次にカナデが言ったことは軽くなかった。
「その代わり、条件があるわ」
「言え」
「あなた一人に情報を寄せすぎないこと」
玲司は黙る。
「今日も言ったでしょう」
「あなたの読みは強い。でも、それが強いほど、組織はあなたに依存する」
「依存は分かりやすい弱点よ」
「……」
「もしあなたが足を止めたら?」
「もし現場で切り離されたら?」
「もし読みを逆手に取られたら?」
カナデは一つずつ置く。
「今のTRACEは、その瞬間に判断が細くなる」
「それじゃ長くは戦えないわ」
玲司は図面へ視線を落とした。
反論はできない。
したところで意味がない。
「だからルールを増やす」
カナデが続ける。
「一次証拠の持ち手は分散」
「退避路は必ず第二案まで持つ」
「集合場所は一か所に固定しない」
「それから、あなたが見た“線”を、他の人間にも最低限共有できる形へ落とす」
「全部やるのか」
「やるわ」
「参謀役に置くなら、そこまで口を出す」
玲司は少しだけ笑いそうになった。
「遠慮がないな」
「今さらでしょう」
「それもそうか」
扉の向こうで、小さな物音がした。
ユラたちがまだ起きているらしい。
カナデは机上の図面へ目を落とす。
「旧資材置場の件、私は筋が通っていると思う」
「高瀬さんの証言と、搬出更新と、今までの導線の癖も重なる」
「俺もそう見てる」
「でも」
その一言で、玲司は顔を上げる。
「勝ち筋が見えている時ほど、向こうもそれを餌にしやすい」
「そこだけは忘れないで」
「忘れてない」
「ならいいわ」
カナデは端末を操作し、すでに作っていたらしい簡易運用表を玲司へ見せた。
進入班。
外周監視。
退避導線。
回収物の優先順位。
撤退基準。
全部が短く、無駄なく切られている。
「……早いな」
「任命される前から作っていたもの」
「じゃあ、やっぱり今さらだな」
「ええ。かなり」
ほんの少しだけ、空気が緩む。
その時、扉が二回鳴って、ユラが顔だけ出した。
「ねえ、二人とも真面目な話まだ終わんない?」
「ミオが更新拾ったんだけど」
玲司が振り返る。
「何だ」
「旧資材置場、今度は搬入側の番号も動いた」
「しかも一回だけじゃない。三分おきに二回」
後ろからミオの小さな声も重なる。
「……今夜じゃなくて、たぶん明日の早い時間です」
「向こう、まとめて動かすつもりかも」
レナもその後ろで壁に寄りながら言う。
「取るなら、今度が一番近いな」
玲司は図面と運用表を見比べた。
カナデが組んだ形なら、行ける。
高瀬の証言で位置も絞れた。
搬出更新も重なった。
今までで一番、先に着ける条件が揃っている。
「……行く」
玲司が言うと、カナデは静かに頷いた。
「ええ。今度は物証まで押さえる」
ユラが口元を上げる。
「いいね。ようやく“取った”って言える回になりそうじゃん」
ミオも小さく頷いた。
「順番は、もう揃ってます」
レナは短く言う。
「じゃあ、開けるだけだな」
部屋の空気が、少しだけ前へ傾く。
さっきまでの重さとは違う。
勝てるかもしれない、という手応えの方だ。
玲司は机上の図面を折りたたんだ。
向こうより先に着ける。
今度こそ、証拠ごと押さえられる。
少なくとも、この時のTRACEは本気でそう思っていた。




