表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校ではモブの俺、裏ではダンジョン救助組織の司令塔 ――《痕跡鑑定》で事故も隠蔽も見抜いてやり直す  作者: 玖城イサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/108

第62話 演技としての距離

 

 距離を取るのは簡単だ。

 でも、必要な距離を演じ続けるのは、たぶん簡単じゃない。


 一年生が通り過ぎ、足音が遠ざかってから、ようやくカナデは壁際へ寄った。


「これで少なくとも、“仲良く集まっていた”には見えないでしょう」


 ユラがすぐに口を尖らせる。


「見えないどころか、わたしたち玲司のこと嫌ってるみたいになってるけど?」


「それでいいのよ」


「よくないって」


 カナデは表情を変えない。


「よくないのは、昨日のあとで急に距離が緩むこと」

「校内の照会が増えている以上、今まで通りの方が危ないわ」


「だからって、あそこまでやる?」


 ユラの語尾が少し強くなる。

 けれど声は上げない。

 ここもまだ校内だ。


「玲司、普通に“面倒なやつ”みたいになってたし」


 玲司は壁に背を預けたまま、短く言う。


「元からそんなもんだろ」


「自分で言うなって」


 ユラが返す。

 軽口だ。

 でも、気分を逃がすための軽口だった。


 カナデはそこに容赦なく理屈を置く。


「朝比奈さん、あなたは人の目を集める」

「神谷さんは目立たないぶん、行動が重なった時に逆に線になる」

「私は風紀委員だから、あなたたちと違って“玲司に厳しい理由”を最初から持っている」


「だから嫌われ役は自分がやる、って?」


「そう」


 即答だった。


 ユラが一瞬だけ黙る。


 玲司はその横顔を見る。

 怒っているというより、引っかかっている顔だった。

 距離を取ること自体には反対していない。

 ただ、そのやり方が刺さったのだろう。


「……冬月さんってさ」

「ほんと、そういうとこあるよね」


「何が?」


「正しい方を先に選ぶとこ」


 カナデは少しだけ目を細める。


「感情で事故を防げるなら、そうするわよ」


「はいはい、出た優等生の正論」


「正論が必要な場面だからでしょう」


 二人の空気が、ほんの少しだけ噛む。


 玲司はそこで口を挟んだ。


「どっちも間違ってない」


 二人の視線が揃う。


「朝比奈の言うことも分かる」

「でも、冬月のやり方で助かってる線もある」


 ユラが小さく息を吐く。


「……分かってるって」

「分かってるけど、あんたが平気そうにしてると逆に腹立つんだよね」


「平気なわけじゃない」


「そう見えないんだって」


 その返しだけは、少しだけ本音が混じっていた。


 玲司は答えに詰まらなかった。

 詰まらないかわりに、すぐには返さなかった。


 学校では切る。

 それはもう決めたことだ。

 でも、切られる側の見え方まで、ちゃんと考えていたかと言われれば怪しい。


 カナデが静かに言う。


「だから演技なのよ」


 ユラが顔を向ける。


「演技?」


「距離を取るだけなら、誰でもできるわ」

「でも私たちは、“仲が悪いように見える距離”“無関係に見える接触”“不自然じゃない冷たさ”まで作らないといけない」

「それはただ避けるのとは違う」


 玲司はその言葉を聞きながら、少しだけ納得する。

 確かにそうだった。


 同じ教室にいる。

 同じ廊下を通る。

 同じ事故を知っている。


 その中で関係を隠すなら、何もしないだけでは足りない。

 周囲が勝手に飲み込める物語を、先に置いておく必要がある。


 地味で、風紀委員に細かく怒られている男子。

 人気者だが、特に興味もなさそうな女子。

 きっちりしていて、誰にでも厳しい優等生。


 その絵が先にあれば、裏は見えにくくなる。


「……理屈は分かった」


 ユラが小さく言う。


「でも、次はもうちょい手加減して」

「玲司、わりと本当に友だち少ないんだから」


「余計なお世話だ」


「あるんだ?」


「ない」


「どっち」


 少しだけ空気が緩む。

 その緩みを崩さないまま、上の階からまた誰かの足音がした。


 三人とも自然に距離を開く。


 先に離れたのはカナデだった。

 学校の顔に戻るのが早い。


「それと、もう一つ」


 振り返らないまま言う。


「今日の掲示板は、うまく収束したわ」


「何に?」


 玲司が聞く。


「“水城は風紀委員に嫌われているだけ”って」


 ユラが苦い顔をする。


「うわ。雑に効くやつ」


「雑でいいのよ、表は」


 カナデはそこで足を止めた。


「ただし、その代わり裏は雑にできない」


 その声色だけが少し変わる。


「証人の供述、住棟の監視復旧、違法搬出の記録」

「今のうちに全部、反論できない形へ揃える必要があるわ」


 玲司の目が細くなる。


「まとめるのか」


「ええ。今日から始める」


 ミオが階段下の影から現れたのは、その直後だった。

 いつ来たのか分からないくらい静かだ。


「……高瀬さん、少しだけ喋りました」

「搬出の日付、前より絞れます」


 ユラが表情を引き締める。


「じゃあ、いよいよ証拠の束ね直しってこと?」


 カナデが頷いた。


「感情だけで黒峰を追い詰める気はないわ」

「やるなら、言い逃れできない形にする」


 風が吹く。

 校舎の窓が小さく鳴る。


 玲司はそこでようやく、この章の役割をはっきり掴んだ気がした。


 学校で距離を演じるのは、ただ隠れるためじゃない。

 裏で積んでいるものを、余計な露見で崩さないためだ。


 カナデはもう歩き出している。

 その背中は、いつもの冷たい優等生にしか見えない。


 でも今、いちばん組織を整えようとしているのは、たぶんあいつだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ